ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴

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56話 想定外(side富井健吾)

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「お前のとこの豚肉、評価いいぜ? 一時はどうなることかと思ったが、また巻き返して来てる。この調子で頼むぞ」

「ウス、葛野さんに引き立てて貰ってウチがあるようなもんす。それで、役員の方ですが」

「ああ、幹部に上げてくれってアレか。今打診してる、待っとけ」

「そろそろ親父には引退してもらいたんでね」

「ああ、過去はどうか知らんが、今の時代はステータスこそが全て。親というだけで威張ってるあいつらに目にモノ見せてやれ」

 そう言って、葛野洪海は店を後にした。

 散々ウチの店の肉を安く手に入れておきながら、それでいて報酬の出し渋りをするロートル。

 それが俺の見解だ。

「健吾さん、叔父貴が呼んでます」

「今行く」

 ダンジョン美食会。

 今から60年前に祖父ジジイが設立したダンジョンモンスター肉協会。今じゃ真っ当な職にあぶれた探索者のなり損ないが集まる半グレ集団の一つとなっている。

 ジジイの後を物理的についでから好き放題して来た結果、宇都宮を裏から支配している規模になった。

 表向きは気のいい肉屋の親父だが、その裏では多くの犯罪の企画を提案し、全国に悪事のバーゲンセールをしている。

「只今参りました」

「健吾か、よく来た。まずは座れ」

 促され、腰掛けた先でノートパソコンを回されて、二人組が映された。年は俺よりも上、総合ステータスもまた上。

「こいつが次のターゲットですかい?」

「最近この界隈で活動し始めたダンジョン美食倶楽部という組織だ。表面上は二人だけの零細企業っぽいが、とにかく規模が大きい。こいつを奪う、またはいうことを聞かせて乗っ取ってこい」

「人数は何人まわせて貰えるんです?」

「あまり派手には動くな。配信者というだけあって常にカメラを回してる。先にそいつを潰せ、表に回されたらやばい代物だ。人数はそうだな、凄腕を10人まわす。それでなんとかしろ」

「それで、成功報酬は?」

「前金で3,000。成功で7,000」

 桁は言わないがガキの使いじゃないんだ。
 万で間違いない、そうなるとトータル1億の大仕事!

 それがようやく回してもらえるようになった。

「しかし相手はSに片足突っ込んでる奴でしょう? 俺達なんかで勝負になるでしょうか?」

「その為に、これを用意した」

 テーブルの上に用意されたのは相手の意識を乗っ取り、命令する隷属の首輪。
 現代風にチョーカーにアレンジされてるが、表に流せば現行犯逮捕まっしぐらなブラックなアイテム。

 ダンジョン美食会はこれの生産、販売で半グレ集団から一目置かれている。
 そしてこれがミッションのうちに含まれる時点で、それなりに難度も跳ね上がっていた。

「こいつさえ使わせてもらえるんなら、楽勝ですぜ! 残りの報酬を用意して待っててください!」

「くれぐれも足は付けるなよ?」

「分かってますって」

 そう思って居た俺たちは、張り込んだダンジョン内で内心ほくそ笑んで居た。

 楽な仕事だ。腕は確かだが、隙は多い。

 ここで箔をつけて、あとは葛野洪海に取り入って幹部に昇進さえしちまえば、叔父貴を排除できる。

 富井ミートは俺のシマになる。
 思い描いた通りの絵図に、口角が釣り上がるのを抑えきれなかった。

「健吾さん、ターゲットがオークの集落に誘い込まれました」

「よし、仕掛けるタイミングはこちらから指示を出す。相手は凄腕だ、隙を見逃すな?」

「了解」「イエッサ」「OK」「ラジャー」

 少しして、オークと接触する報告が入ってくる。

 おおよその戦闘時間は五分以内。
 向かう所敵なしという感じか。

 持つべきものの余裕というか、周囲は払ってるが、払う対象はモンスターのみに限られた。

「こちらオーク集落西側、異常なし。奴らは呑気に食事中、つついてやればいつでも暴動を起こせます。どうぞ」

「こちら集落南口、ターゲットが調理に入りました。めちゃくちゃ美味そうな匂いがここまで来てます、どうぞ」

 は?
 おい、今の報告はどういうことだ?

「集落南口、今の報告はなんだ? 昼飯の報告なら後にしろ」

「こちら集落中央! 大変です! オークの殆どが憤怒状態です。どうやらターゲットが集落前で食事したのが問題のようです。暴動に巻き込まれるのはごめんなので撤退します、どうぞ」

「こちら集落北口! 群れのボスがフル装備で出陣しました。どうやら雌雄を決する時だと覚悟が完了したようです、どうぞ?」

 なんだ?
 何が起きている。

 ターゲットをオークの集落に誘い込んで暴動を起こして、偶然を装って救出。その後隷属の首輪による支配の手筈がどうして俺たちの方が巻き込まれている?!

「こちらターゲット側、めっちゃ美味そうな匂いが周囲に漂ってます。信じられないことに少量のアルコールを摂取してるように思います! くそ、俺もビール飲みたい。どうぞ!」

「こちら集落中央。南口に戻ってターゲット班と合流、空腹でやる気が起きません、どうぞ」

 くそ、叔父貴の手下はこういう時役に立たない。

 楽な仕事と割り切って、安く済ませようとした皮算用が仇になったか。凄腕を10人回してくれたのはいいが、どいつもこいつも癖が強い。

 腕っぷし以前におつむの方に問題があった。後で文句言ってやる!

「各自に通達! 向こうが暴れ出す前に不意をついて暴動を起こせ。後に撤退せよ」

「了解」「イエッサ」「OK」「ラジャー」

 返事くらい統一しろ! 
 叫び出したくなるが、自分で蒔いた種だ。
 安い人員にお行儀の良さなんか期待しちゃいない。

「こちら南口。ターゲットはどうやらボスと接触、圧勝しながら周囲のオーク達を駆逐して回ってます! 恐ろしいスピードです。正直、奇襲しても勝ちの目が見えません! どうぞ」

「こちら東口、一部のオークが負けを認めて逃走を図ってます。どうやら近くの集落に助けを求めるようです、始末しますか? どうぞ」

 ボスが死んだ!?
 俺がまだ一度も討伐したことのないボスだぞ?

 それに圧勝するだって?
 数だっているのに、これじゃあ計画がパーだ。

「逃げた奴は捨ておけ、計画の変更を伝える」

 俺は各員にプランBを伝えた。

 ここのプラントは叔父貴の表向きの商売の重要器官。
 そこを見出したと言うことがバレたら、俺の首なんか簡単に飛ぶ。
 だからターゲットに二度と近づかないように促すことにしたんだ。

「なぁ、あんたら。ここのルールも知らないお上りさんか?」

「ああ、こっちでの活動は初めてで。身内ルールがあったなんて知らなかったんだ」

「知らなかったです済めば警察は要らねーんだよ! あんたみたいな田舎者が、俺たちの持ち場を荒らすのは黙って見てられない。悪いが、もう二度とこないでくれるか?」

「え、いや。俺たちにとってここは拠点から近くてぜひ通いたいと思ってるんだが……」

「あんたらの都合なんて聞いてないんだよ。ほら、迷惑だから出てけよ」

「悪かったよ」

 俺以外にも、仲間も迷惑そうな顔で迫害する。
 半グレ連中は集団行動でこそ輝く。

 他者を悪く言うことにかけたら一級品。
 口だけ野郎と言われようが、そこに正当性さえあれば勝ちなのだ。




 今回のミッションこそ失敗に終わったが、次こそは上手くやる。そんな気持ちでいた俺だったが……会社の裏口で居ないはずの人物と出会って驚愕する。

「ワシの留守に随分と好き勝手やってくれたようだな、クソガキ」

「ジジイ! どうしてここに?」

 病院で植物人間になってたって話じゃ無かったのかよ!
 叔父貴が病院に縛り付けてたのに、どうやって抜け出してきやがった?!

「それが偉大なる祖父に対しての言葉使いか! クソ孫!」

 見えない速度で繰り出された剛腕が脳天に突き刺さる。
 俺の意識はそこで途絶えた。

「悪いな、ハッちゃん。もう少し付き合ってくんな」

「相変わらず手が早いなぁ、シゲちゃんは」

「こればっかりは性分よ」

 30年以上、留守にして居た実家に、一人の男が帰還する。
 元SSSランク探索者、富井茂雄。

 その人が全ての過去に引導を渡しにきたのだ。
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