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病葉の庭
しおりを挟むーーーーーーここは、どこ。
何も感じなかった感覚が戻ってきたのは良いけれど。
「…何なの…どこなのよ…」
真っ暗闇の中で遠くに薄く漏れる光を目指し歩いてきたというのに。
わたくしの視界に広がるのは枯れ木と葉が散らばる灰色の世界だった。
不快感に湯浴みをしたくて仕方ないけれど見渡す限り続く灰色に人の気配も建物らしきものも見当たらない。
「…チッ」
…ティリスの仕業ね。そういえば何か言っていたような気がするわ。
襤褸を纏わせ履き物も寄越さず一人放り込んだのね。わたくしの身体に傷などついたらどうするつもりかしら。それに一体誰がわたくしの世話をするというの。
かろうじて魔力がある感覚はするけれど発動しやしない。
ーーこのわたくしに、騙し討ちなんて。
手入れのされたうつくしい爪のかたちがギリギリと歪むほど噛み締める。
…ここから出たらきちんと躾直さなければ。
甘い顔をするのはお終いよ、ティリス。
そう簡単にゆるしてなんてあげないわ。
ーー夜も朝もないことに、気づいたのはいつだったか。
喉も乾かず、空腹感も、眠気もない。
最初に感じていた怒りすら時間の感覚とともに薄れてゆく。
変わらない濁った景色。枯れた木。朽ちた葉。
悪態をつくのもとうに飽きてしまってもうずっと言葉を発していない。
話し相手もいないから忘れてしまいそうになる。
……ティリスはわたくしに、何をしたのかしら。何と、言っていたかしら。
わたくしはどうして、ここにいるの。
わたくしが一体、何をしたというの。
今回は一人も殺していないのに。
前回はたしかに少しばかりオイタをしたのは認めるわ。
そうよ、認めてあげるわよ。わたくしは自分のした事を認められる聡明さがある。
わたくしはたしかに少しばかり人を殺した。
あなたが怒っているのはそれが理由なんでしょう?
でもそれがなんだというの。大望に犠牲はつきものだわ。人民は国家のために命を捧げる必要があるのよ。
差し出せと言われたらすべて差し出さなければいけないの。
本来なら自らそうしなければいけないものなのよ。
そして。
それもこれもあなたのせいなのよ、ティリス。
あなたがわたくしの意に反する生意気ばかりするせいで、犠牲が増えたのよ。
あなたがいつまでも子どものような我儘な態度でいるから悪戯に犠牲が増えたの。
だからわたくしはちっとも悪くない。
悪いのはわたくしじゃあないわ。
自分のせいなのよ。
それを認める勇気があなたにないのが残念ね。
ーー歩き続けてどれくらい経ったのか。
どこかに誰かいるんじゃないかと進んできたけれど、変化のない景色に方向感覚は曖昧になり、戻る道もわからなくなった。
…まったく退屈だわ。疲労も感じないから足を止める気にもならないのが癪だし。
一体いつになったら出られるのかしら。
まったくティリス、ぜったいゆるさないわ。
……あら、あの木ーー。
変わり映えしない景色の中に見覚えのある木があった。葉もついてないからわかるはずもないのに。
どこかで見た気がするわ…どこだったかしら…。でも思い出せない。
どうでもいいわ。
踏み潰す葉の悍ましい不快感だけなくならず苛々しながら進んで行った。
ーーそれから何度かそういう事があった。
どこかで、いつか、見た気がする木々が立っている。
そうして思い出したのは、前回の景色。
王城から。他国の貴賓室から。人形を飼っていた離宮から。子飼いたちの邸から。馬車から。市井から。
あらゆる場所から見えていた景色。
意にそぐわない貴族の娘を攫い婚約者の目の前で犯させた。その婚約者も。
市井の娘も男も暇つぶしに何度も遊んだ。
年端もいかない者は興味がなかったから程々にね、と子飼いに与えた。
二本足で立つ人間が一本足になり、やがて這いつくばる姿が面白くて酒肴にした。
生きる価値もない下賤の奴隷の希望を無理矢理引き出して、突き落とすのが快感だった。
懐かしい思い出に浸りながら高揚感に溢れ辿り着いた場所では、特大のそれが待っていた。
わたくしの魅力にいちばん虜になっていた隣国の王弟。
その邸の庭にあった記念樹のスカーレットオーク。
灰色の中であるわけもないのに、その時とおなじ真っ赤な葉が色づくのが見えるよう。
そこで、あの糞忌々しい売女を甚振った。
変身魔法で連れ出し、侍女の命を脅しにティリスの魔石を外させた。
ティリスが追って来るのはわかっていたから時間稼ぎにあらゆる阻害魔法で埋め尽くした部屋で侍女から始め、わたくしの人形の中でも特にお気に入りとの情事を見せつけてやった。
あの売女には幻覚魔法でティリスにしか見えていない。
それがたまらなく興奮を煽り、絶望した表情が絶頂を誘った。
そして王弟、奴隷、子飼いたちに蹂躙させた。
もっともっと遊んでやりたかったのにーー。
馬鹿な王弟があまりにも興奮していたせいで、加減を忘れた首絞めで呆気なく死んだ。
だからね、ティリス。
勘違いしているようだけれど、あの女を殺したのはわたくしじゃないのよ。
興が削がれたわたくしはすぐ城へ戻ったけれどその後にあなたが屠った王弟、そいつがやったのだからあなたの復讐はそこで終わりだったの。
……白濁塗れの姿を見て、興奮しちゃったのかしらね。
その後のあなたは言わずもがな、ね。
だからわたくしは何一つ悪く、ーー
「…ッ、!?」
その時ぞわりとした感覚が足もとから這い上がってきた。恐る恐る目をやれば、
「…っ、…いゃあああっ…なんなの…っやめなさい…ッ!!」
朽ちた葉から夥しい数の手が伸び、わたくしの足を掴んでいた。
久しく発していないのに反射で出た叫びが辺りに響き渡る。
「やめてッ…やめなさい!…この…ッッ、…きゃあっっ」
抜け出して、走り出しても葉だらけのそこにすぐ囚われ足は縺れる。逃げ場所もないのに逃げなければ捕まってしまう。
…なんなの…っ何なのよこれは…ッ
…ティリス…ッッゆるさないわ…ッ!!
わたくしは悪くないと言っているのに…!!
恐怖に追い立てられわたくしは逃げ続けた。
ーー逃げ続けなければいけない。
何故逃げなければならないのかわからないのに、逃げ続けなければならない事だけはわかった。
何かが、どこまでも追ってくる。
蠢く無数の手に吐瀉物を撒き散らしながら誰よりも不様な姿を晒し、わたくしは逃げ続けた。
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