拾われ子のスイ

蒼居 夜燈

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第三章 北大陸

拾われ子とフローレス家 前編

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 スノウホースの馬車がシーバシュタットの頂上を目指して走っている。その馬車の中で、スイは左手に持っている手紙に視線を落とした。

 特殊個体トロールを討伐した翌朝、ギルド職員が宿を訪ねて来てスイに一通の手紙を渡した。わざわざ宿まで来たと言う事は、緊急性が高い事を表す。
 スイはペーパーナイフを借りて封筒を裏返したところでぴたりと動きを止めた。
 封蝋にある紋章は、フローレス家のものだった。

「心配しなくても大丈夫ですよ。ハンタースイの立場が悪くなるような事ではありません。内容を先に言ってしまえば、フローレス家からの正式な招待状ですので」

 ギルド職員の言葉に安心したが、新たな疑問と気苦労が生まれた。
 何故招待される事になったのか。
 封を切って一枚の紙を取り出して見ると、特殊個体トロール討伐の礼を直接したく、ぜひ屋敷に招待したいと言う文面が現当主イェルク・フローレスの直筆サインと共に書かれていた。
 何故自分だけなのか。
 その事を職員に問えば、スイだけ招待される理由は不明だが、他のメンバーにもギルドで受け取った討伐報酬とは別にフローレス家から多額の報酬が出るとの答えが返ってきて、隣にいたアレックスが驚きと歓喜の声が上げた。

『……アレックスさんも一緒は駄目ですか?』

「同伴の許可が記されていれば可能ですが……」

 手紙には、従魔も一緒にとは書かれているが、討伐隊の他のメンバーに関しては書かれていない。

「いや、スイ。アタシはサポートしただけだからさ。スイ達だけで行ってきなよ」

『アレックスさん、薄情です……!』

 眼を逸らしながらそう言ったアレックスに、スイがショックを受けた顔で本音を漏らした。

「だってフローレス家って! この町を治める人で! 北大陸の代理統治も任されてる人じゃん! そんな人の屋敷に行くとかスイには悪いけど無理無理無理無理、絶対無理。アタシ礼儀作法とか全っ然知らないもん! 一回貴族と喧嘩になったくらいだし!」

『え、アレックスさん、そういうの気にするんですか?』

「スイってたまに悪意なく人の心ぶっ刺す時あるよね?」

『え?』

 きょとんとした顔に癒されながらも、アレックスの胸が見えない刃に刺されて抉られて痛む。

『これ、どうやってお返事すれば良いですか?』

「ハンタースイは旅人ですし、この場合はギルドが間に入ります。返事を聞かせていただければ、その旨をハンターズギルドからフローレス家へお伝えします」

 返事と言っても、大陸の代理統治を行う辺境伯からの招待を庶民が断る事は出来ない。スイは招待の礼と、屋敷に伺う事を職員に伝える。
 するとその日の昼頃、ギルドを介して二日後の午後にとの知らせを受けた。貴族は何故いつも急なのかと思いながら、スイは了承した。

 そして二日後の今日、迎えに来た馬車に乗ってスイは二度目となるフローレス家の屋敷を訪れた。馬車が停って到着を知らせると、スイ達はキャビンから降り、屋敷の扉の前にいる二人の見張り番に招待状を見せた。

「話は伺っている。ようこそ、フローレス家の屋敷へ」

「我々は貴女達を歓迎する」

 一度目とは違う好意的な対応に、少々戸惑いながらスイは礼を述べる。扉が開かれ、中に入るとウィンフレッドが立っており、スイ達を出迎えた。

「ようこそ、おいでくださいました。フローレス家の皆様が心待ちにしております。どうぞ、此方へ」

 ウィンフレッドに案内されて、スイ達は屋敷の中を歩く。とある部屋の前で足を止めたウィンフレッドは、スイが来た事を伝えると扉を開けた。
 広い室内にはイェルクの他にテオバルドやアリアだけでなく、年嵩の使用人も数人いる。スイが不思議に思いながら中に入ると、ウィンフレッドが壁に並ぶ使用人の列に加わった。
 招待の礼を述べようとしたスイよりも先に、イェルクがソファーから立ち、テオバルドとアリアがそれに続いた。

「ハンタースイ。この度の特殊個体トロールの討伐は、君を含む討伐隊の功績と聞いている。パムフロム山の生態系と、シーバシュタット、そしてそこに住む人々の平和を守る為に戦った事……そして、私事ではあるがフローレス家の悲願を叶えてくれた事に、心からの感謝を申し上げる」

 使用人達が、アリアとテオバルドが、そして当主のイェルクまでもが深く頭を下げた事に、スイは驚きで言葉を失くす。
 養祖父母の二人に拾われた時からスイは癖がついていたが、西・中央・北のいずれの大陸でも人々が頭を下げる事はあまり無い。あるとすれば深い謝意を伝える時だが、高位の貴族が庶民に頭を下げるなど、スイは見た事も聞いた事も無い。
 止まっていた思考が動き出すと、スイは慌て出した。

『あ、頭を上げてください……! いちハンターにそのような……!』

 スイの慌てた声に、イェルクと子ども達は頭を上げたが使用人達はまだ下げたままだ。

「トロールを討伐してくれた事に頭を下げずに、何に下げると言うのか。フローレス家にとって、あのトロールは絶対に許せない存在だった。この程度では表せられない程、君には感謝している。テオだけでなく、アリアも世話になったようだしな」

 スイと眼が合ったアリアは、笑顔を見せた。

「その分も含め、君には礼がしたくて今日招待したのだ。当家自慢の料理長が作った菓子を、紅茶と一緒に堪能してくれ。そのついでで良いから、君の話を聞かせてくれると嬉しい。子ども達に自慢されて気になっていた」 

「スイ、お父様にも話してあげてくれ!」

「アリアも、もういっかいききたい……!」

『(これに関しては、きっとおじいさまも断れないだろうなぁ)』

 きらきらと輝く二対の幼い眼にそんな予感を覚えた。
 アリアの体調を心配したが、本人から「きょうはすごくげんきだからだいじょうぶ」と返ってきた。
 イェルクの指示で使用人達が顔を上げ、準備に取り掛かる。
 部屋を移動して席に着くと、香り高い紅茶とケーキが運ばれてきてそれぞれの前に置かれた。

「ウィンフレッドから、君がケーキを大層気に入っていたと聞いた。遠慮せずに召し上がってくれ」

『っ、あ、ありがとうございます……』

 気恥ずかしさを覚えながら、イェルク達が紅茶に口をつけたのを確認してスイも一口含む。味も香りも一級品であり、飲み込むと思わず溜息が零れた。
 斜め後ろから、用意された従魔用のおやつを食べる音が聞こえてきた。心做しか、いつもより大人しく食べている。

「スイ、トロール討伐戦の話を聞かせてくれ」

 そわそわしていたテオバルドがそう切り出し、スイも話そうとしたが思い留まって口を噤んだ。

「スイ?」

『……えぇっと……』

 その眼がアリアを見て、次にイェルクを見た。迷うような視線と口振りに、イェルクが察する。

「あぁ、ハンターには依頼に関して守秘義務があったな。テオ、トロールの事は今は諦めなさい。後でベルゲから聞いておく」

「……解りました」

 九歳のアリアには刺激が強いと思われる討伐戦の事を話して良いのか迷ったが、イェルクの機転で回避出来た。

「じゃあスイ、この間聞いたのとは別の旅の話を聞かせてくれ」

「それは私もぜひ聞きたいな」

「アリアも!」

『(あ、そっくり)』

 同じ眼を向けられて、三人の血の繋がりを感じる。

『(……私、は……)』

 ふと、スイは家族の事を思う。たまに夢で見るだけで、起きると記憶はすぐに薄れてしまい、顔は薄らとしか覚えていない。

『(……私も家族の誰かと似ているのかな。似ていたら、いいな……)』

 寂しさと、少しの羨ましさを覚えながらスイは何を話そうか考えた。
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