拾われ子のスイ

蒼居 夜燈

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第四章 南大陸

拾われ子の苦悩

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 暗い部屋の中、スイはベッドで横になっていた。身体を丸めて、壁の方を向いている。その背中は小さく、頼りない。

『………………』

 シュウとの類似点を聞かされて茫然自失となったスイは、アレックスとギルバートによってそのまま家に泊まる事を強いられた。
 静かな部屋で、スイはぎゅっと瞼を閉じている。答えの出ない思考を続けた末に、何度目かの自問が無意識に声に出た。

『……ハンターシュウは、知ってて、黙ってたのかな……』

 小さい呟きだが、旅の苦楽を共にしてきた相棒には助けを求める声に聞こえた。頭を寝床代わりにしているザクロに気を遣いながら、身体を起こしたコハクはスイの小さい背中を見る。

『……私の事を知ってるなら、何で……』

 教えてくれなかったのか。
 スイの叫びは最後まで言葉として吐き出されなかった。
 スイは薄らとだが父親の顔と声を覚えている。覚えている、つもりだった。

『(……あの人は、本当に私の父様ちちさまなのかな……)』

 薄い記憶は、確信どころか新たな疑問を生んだ。夢は所詮夢だ。確かな判断材料が無い。

『(ハンターシュウがもし父様なら、今まで父様と思っていた人は……紅い眼の男って事になる……)』

 以前夢で、父親の眼の色が変わった事がスイにはずっと引っ掛かっていた。
 燐灰石色の眼を持つ父親。父親と同じ顔の紅い眼の男。
 もし、二人が「二人」ではなく同一人物であったならば。
 厳しくも優しいシュウが本当の父親で、今まで父親と思っていた男が、記憶の中で冷たく見下し、怨み言を吐いた紅い眼の男ならば。

『(辻褄が、合う)』

 先程とは別の疑問が生まれる。

『(……なら、尚更、どうして……!)』

 仮にシュウとスイが親子であるならば、何故娘であるスイに何も話さなかったのか。
 スイが両親に会いたい事も、故郷を見つけようとしている事もシュウは知っている。最大の手掛かりをシュウ自身が持っている事を、シュウは知っていた筈だ。
 それなのに、それらについて何ひとつ話してくれなかった。悲しさとつらさで心が痛みに悲鳴をあげる。

《……教えなかったんじゃなくて、教えられなかったんじゃないか?》

『……どうして……』

 コハクに背を向けたまま訊ねるスイの声は震えていた。
 深夜である事と、寝ているザクロに配慮して抑えてはいるが、静かな部屋に響く声でコハクが答える。

《シュウがスイに悪意を持って教えなかったなんて、オレには思えない。前も言っただろ、シュウがスイを見る眼は優しいって》

『…………』

《シュウは、いつもスイの為に動いてたと思う》

 西大陸での日々を思い出す。
 シュウから聞いた話は、特に旅の知識は今でも役に立っている。特訓は厳しかったし、叱られた事も何度かあったが、それらは確かにスイの成長の糧になった。

『じゃあ、どうして……!』

《理由があったんだと思う。今はどうか解らないけど、少なくともあの時のスイには話せない理由が」

『……!』

 思い当たる節があって、スイは瞼を開けた。
 西大陸でDランクへの昇格試験を受けた後、どの大陸に向かうか迷っていた時。
 ――今は東大陸に行くな――
 有無を言わせない強い声でシュウはそう言った。今のスイには危険過ぎるからと。

『……私が弱かったから……?』

《そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。本当の理由は……》

 スイが寝返りを打った。真っ暗な部屋だが、コハクは夜目がきく。琥珀色の眼が、涙に濡れる翡翠と燐灰石を見る。

『……ハンターシュウに、聞くしかない』

《うん》

 次にシュウに会うのは、スイが十五歳になった時。もしくは――。

『あと二年半近くも待っていられない。Bランクに上がらないと』

 上掛けを握る手に力が入る。

《スイ、焦るなよ》

『……そうだね。また同じ過ちを繰り返しちゃ駄目だ。焦らず落ち着いて、でも急ぐ。おじいさまとおばあさまにも教わったし』

《シュウも言ってたな》

『うん』

 難しいけれど、必要な事だ。そう続けた三人を思い出して、スイは両目に浮かんでいた涙を手の甲で拭った。
 そして、少しだけ心が軽くなったスイはある事を思い出す。

『……違う。ハンターシュウは、私の父様じゃない……』

 夢で見た、姉とも兄とも別の人である「しゅーとさん」。
 その声は誰のものだったか。

『父様とは違うぬくもりを、優しい声を、ずっとずっと小さい時から知っている。ハンターシュウが私の父様な訳がない』

 つい先程立てた仮説が崩れる。結局、自分とシュウとの関係性は解らず、父親と紅い眼の男についても解らないままだが、ほんの半歩だけでもスイの中では進展があった。

『……親子じゃないけど、同じ眼を持って、顔立ちも似ているのなら血の繋がりはあるのかもしれない。やっぱり、ハンターシュウ本人に会って訊かないと』

 旅の目的を再確認したスイの眼に、失くしていた強い意志が戻る。何にしても、Bランクに上がらなければ答えに辿り着く事は出来ない。

『リーディンシャウフは南大陸の政令指定都市のひとつだし、場所柄難度の高い依頼もある。ひとつひとつ、確実に遂行すれば昇格試験の受験資格に到達すると思う』

《オレも手伝う。どんな奴にも負けないぞ》

『うん。……あ、でもその前に……』

 薄い上掛けを身体に乗せながら、スイが起き上がる。布擦れの音で起きたのか、ザクロが寝ぼけながら、コハクの頭からベッドへと跳び移った。
 ザクロの頭を撫で、寝付かせながらスイは声を小さくする。

『……闘技大会コロセウムがあったね』

 未だに気が乗らないスイだが、苦くとも笑みを浮かべられるくらいには心が回復したらしい。その様子に、コハクは安心しながらふんすと鼻息を吐いた。

《それもオレに任せろ。どんな奴でもオレが――》

『え、駄目だよコハク』

《え?》

 駄目と言われてコハクの尻尾が下がる。叱られた時のように、悲しげな顔と声でベッドに頭を乗せたコハクを撫でながらスイは不思議そうに首を傾げた。

『あれ、運営本部のテントで話された事聞いてなかった? 闘技大会は参加者本人の実力を競い、魅せるものだから従魔の参戦は禁止って』

《何だって!?》

 大きく低い声にザクロがびくりと跳ねた。
 どうにか慰めようと、落ち込むコハクの頭をスイは何度も撫でる。

『か、観客席には居てもいいって言ってたから応援して欲しいな。それで、試合が終わったら良かった所と悪かった所を教えてくれると次の試合に活かせると思う』

《……観客席って、誰かと一緒じゃないと駄目だよな?》

『うん。試合が無い時はもしかしたらアレックスさんが居てくれるかも』

《アレックスが試合で居ない時は?》

『……参加はしないけど観戦はするってニコさんが』

《オレあいつヤダ!》

 駄々を捏ねるコハクを、スイがどうにか宥めようと慌てる。その頃、部屋の外には三つの影があった。

「……スイって落ち込んでるんじゃなかったっけ?」

「その筈だが……何て言ってるかは解らんがコハクの方が取り乱してないか?」

「ス、スイに何かあったのかな……!? これ開けるべき? それとも部外者のアタシらはそっとしとくべき? どっち……!?」

 コハクの声で目覚めた家主一家が、深刻な顔でドア越しに自分達の様子を伺っている気配にスイ達が気付くのは、コハクが落ち着いてからになる。
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