230 / 291
第四章 南大陸
拾われ子と惨禍 二十二 ―君の元へ―
しおりを挟む
《(……まずいな。さっきの奴等よりもかなり強い。オニ以上だ)》
「……に、人間の言葉を喋っただと……!? 何だコイツは!?」
魔狼フローズヴィトニルは、生息域が北大陸の北部端と考えられている。人間には過酷な環境なのもあって遭遇例が少なく、討伐例は更に少ない。生態研究が進んでいない為、生息域含め、現時点での情報は殆ど仮説だ。
ただでさえ不確か且つ乏しい情報量なのに、それを知るのも研究員か、ギルド関係者上層部、上位にいる者の何れかだけ。
何よりコハク達にとって最悪だったのは、フローズヴィトニルを知る者がこの場に居ない事ではなく、魔法陣が生み出したのが通常種では無かったという事だ。
通常種のフローズヴィトニルの属性は闇と水のみ。
つまり、風属性も持つこのフローズヴィトニルはAランクモンスターの特殊個体となる。
最早、現行の危険度ランクの基準では計り知れない。
《…………》
息を整えたコハクはハンター達を見る。
《(……ここまでか)》
スイと違い、コハクは人間全体に対して助けなければならないと言う義務感は無い。
この惨禍の中でもスイの意思に従っているだけで、コハク自身はスイ以外の人間を無理をしてまで助ける考えは無い。
《(スイを護る為に、オレも生き延びなきゃならない。例え、他を身代わりにしてでも)》
何よりも大切な者の為に、コハクはその他全てを切り捨てる覚悟だ。
後にその事を知ったスイに怒られる事になっても、これだけは譲れない。
《(魔力は残り少ない。岩礫を二発撃てるかどうか……っ!?)》
「っ!!」
フローズヴィトニルに、上空から火矢が降り注ぐ。
その場から飛び退いたフローズヴィトニルは、発動者の方を睨んだ。そこには火魔法使いのハンターと、その前に盾を構えたハンターがいる。どちらも満身創痍だ。
《(死ぬ気か……ん?)》
血の匂いを嗅ぎ取ったコハクは隣を見る。気配を消して来た初老のハンターと眼が合った。
「力及ばずで無念だが、俺達はここまでだ。コハク、後はお前に託す」
初老のハンターから差し出された物を、コハクは受け取る。
「頭の良いお前なら、きっと上手く使える筈だ」
《…………》
黙って頷いたコハクに、初老のハンターも頷いてコハクの頭を一無ですると手を離した。
「悪いが長くは保たない。得られる情報は少ないかもしれんが、どうか勝利への糧にしてくれ」
スイ達によろしくな。
最後にそう言い遺して、初老のハンターはフローズヴィトニルへと向かっていった。
《…………》
凍てつく暴風に消されかけた火が、フローズヴィトニルの毛を僅かに焼く。強烈な前足の一撃を受けた盾が凹んだ。グレイブが振り抜かれる前に、その身体は風魔法で切り裂かれた。
《…………》
スイと旅をしてきて、ハンターというものをよく見てきたからコハクは知っている。
例外はいるが、ハンターは他の人間の為に自らを犠牲にする生き物だと。
だが、ハンターというものをよく見てきたコハクでも、未だに解らない事がある。
何故大勢の為に命を投げうって戦うのか。
何が、ハンターにそうさせるのか。
今の状況は尚更理解出来なかった。荒れ果てた町の中で、誰が生き残ってて誰が死んだのかを、誰が把握していると言うのか。
命を懸けて戦って、生き残っても死んでも、賛辞や感謝が向けられるのは「戦った者達」だ。個人にでは無い。
例え向けられたとしても、それが何になると言うのか。
敵前逃亡を許さないと言うハンターズギルドの規則は、この惨禍に限ってはブライアント公爵であるユーグの許可があるから適用されない。
それにも関わらず、死を覚悟して残って戦う理由は何なのか。
戦う理由の全てが一人の人間の為であるコハクには、ハンターとしての矜恃や生まれ育った町への愛着等は理解し難いものだった。
《(スイもそうだけど、全員を守るなんて無茶過ぎるし無理だ。自分自身すら守れないのに)》
コハクの眼には、血溜まりに沈んだ肉塊が映っている。
ハンター三人の決死の戦いは、直ぐに終わった。フローズヴィトニルに与えた傷は殆ど無い。
《(……お前達の最期の戦いが、生命を懸ける必要があったのかオレには解らない。その生命の使い方が正しいとも思えない。でも)》
コハクは、気付かない内に力を込めていた。地面に深く爪痕が残る。心の内に激しく渦巻く怒りが、痛みと疲労を麻痺させていく。
《(オレはお前達の事を憶えていく。顔と声と、戦っていた時のお前達の姿を)》
短い時間ではあったが、共に戦った名も知らぬハンター達へ。
手向けの言葉と自身への宣誓を心で呟いて、コハクはフローズヴィトニルに顔を向けた。
「どうした? 大人しいな。怖気付いたか?」
《…………》
ゆっくりと歩き出したコハクは、助走を経て一気に駆け出した。
コハクを貫こうと、 突如襲ってきた猛吹雪の中で氷槍が放たれる。それらを全て避けてフローズヴィトニルの側面に回ったコハクは、横腹を狙って跳んだ。
素早く躱したフローズヴィトニルは、逆にコハクの横腹を殴りつける。
《っっ!!》
飛ばされた身体が地面に落下して跳ねた。体勢を整えて立ったコハクだが、荒い呼吸を繰り返している。
《……ッ、ッ、ッ……》
「もう力は残っていないんだろう? 諦めろ」
《……ッ、ッ、……フッ……ッ!》
嵩じた痛みと疲労で、よたよたとふらつきながら走る様は上位の狼系モンスターとしてはあまりにも無様だ。今のコハクは、Dランクのバンディットウルフにもやられてしまうだろう。
ただ、眼光だけは微塵も曇らないでいる。冥府の暗殺者は、屠るべき敵から眼を逸らさない。
「苦しみを望むか。なら、新しい力を試させてもらう」
《…………!?》
二匹を囲む様に紫の霧が立ち込め、フローズヴィトニルが複数匹現れた。
《(増えた? いや……偽物か?)》
コハクは一番手前にいる一匹に飛びかかる。
《!?》
前足ごと貫通したのに、肉に爪が刺さった感触が無い。
《(何だ、これ!?)》
フローズヴィトニルの使う闇魔法のひとつ、幻覚。
極狭い範囲内に限り、使用者の姿を被使用者に複数見せる魔法であり、当然被使用者が見ている幻覚それぞれに実体は無い。
触れれば虚実の見分けはつくが、幻覚は消えない。数が多ければ多い程本物を叩きにくくなり、被使用者には隙が生まれる厄介な魔法だ。
《っ! っっ!》
どれかは本物の筈だと、眼に見える全てに爪を立てていくが、一向に本物に当たらない。
《ぐっ!?》
腹部に衝撃を受け、地面に転がった。毛皮の下を血が伝う感覚と鋭い痛みに、もどかしさと苛立ちが募る。
《(使いたくなかったけど仕方無い……!)》
立ち上がったコハクは、震える脚で踏ん張って地魔法の岩礫を放つ。
フローズヴィトニル全てに岩礫が命中したが、何れも無反応だった。
《(全部偽物!?)》
予想外の事態にコハクは愕然とする。迫って来るフローズヴィトニルの幻像達に、コハクは一旦距離を取るべく下がった。
《(どうする…………っ?)》
一瞬だ。ほんの一瞬、コハクの反応が遅れた。
連日の長時間の連戦による疲労、怪我と失血、枯渇しかけている魔力。様々な原因が重なった故の思考力の低下が齎した、その一瞬。
自身の周りを囲う様に走ってきたフローズヴィトニル達の中に、僅かにコハクは違和感を覚えた。
《(な、に!?)》
追い掛けてきて側面を並走している幻像達を突き抜けて、一匹のフローズヴィトニルが飛び出してきた。
大きく開いた口に並ぶ牙が、コハクに迫る。
《(本物はコイツか!!)》
牙が腹に食込み、皮膚が破れて、肉へ突き立った。激痛が全身に走り、コハクは口を開く。
せき止めるものが無くなり、込み上げてきた血とずっと溜まり続けていた血が口内から溢れた。
「…………?」
牙に付いたコハクの血の味を感じながら、フローズヴィトニルはコハクの口内に血とは別の紅色を見付けた。
血と唾液に濡れ、その合間から紅い光を反射している石。それから感じる属性に、フローズヴィトニルは身体が拒絶するのを感じた。
「!?」
《(やっと口を開けられる)》
訪れた最大の好機と、焦燥に目を見開くフローズヴィトニル。
攻撃を食らう度に魔石を噛み砕かない様に、込み上げてくる血と食いしばる事を堪え続けた甲斐があったとコハクは笑う。
《(これが、最後の一撃だ)》
コハクは、咥えていた火の魔石に残り少ない魔力を全て込める。
魔石から放たれた巨大な炎が、フローズヴィトニルの頭を呑み込んだ。
「グァァァァァァッ!?」
水属性を持つフローズヴィトニルは火属性への耐性が低い。頭の炎を消そうとのたうち回るが、純度の高い魔石の炎は上級魔法並に威力がある為に中々消えず、身体を侵食していく。
「オ前ェェェェエ!!」
《うぐっ》
怒り狂うフローズヴィトニルの一撃を避けられず、コハクは吹っ飛んだ。地面を二度跳ね、滑っていったコハクは震える脚でゆっくりと起き上がる。
短く早く動く腹。新たに込み上げてきた血が口からこぼれ、糸を引いて地面に落ちた。
《……ッ、……ハッ、……ハ……、…………》
霞む視界。軽くなっていく身体を不思議に思いながらコハクはスイを思う。
《(……いかなきゃ……スイのところに……)》
コハクの脳裏に、自分よりも大きかった昔のスイが思い浮かんだ。アードウィッチ、オアシス、中央大陸、北大陸、そして南大陸。
スイと出会ってから旅をしてきた日々が、頭の中を流れていく。
《(……スイをのせて……はしるんだ……オレがいないと、スイ……スイ、は……)》
スイが泣くから。
バンディットウルフにやられて動けない自分に、届かない手を伸ばしながら泣いていた、あの頃の様に。
《……いやだ……。スイがなくのは、いやなんだ。だいじょうぶだ、スイ。いま、すぐ、い》
かくりと脚から力が抜けて、コハクは地面に倒れた。
炎の熱さと痛みに吼えるフローズヴィトニルの声が辺りに響く。
それを何処か遠くからの音の様に感じながら、細く長く息を吐いて、コハクの呼吸は止まった。
光を失った琥珀色の眼に、暴れ回る魔狼と荒廃した町が映っていた。
「……に、人間の言葉を喋っただと……!? 何だコイツは!?」
魔狼フローズヴィトニルは、生息域が北大陸の北部端と考えられている。人間には過酷な環境なのもあって遭遇例が少なく、討伐例は更に少ない。生態研究が進んでいない為、生息域含め、現時点での情報は殆ど仮説だ。
ただでさえ不確か且つ乏しい情報量なのに、それを知るのも研究員か、ギルド関係者上層部、上位にいる者の何れかだけ。
何よりコハク達にとって最悪だったのは、フローズヴィトニルを知る者がこの場に居ない事ではなく、魔法陣が生み出したのが通常種では無かったという事だ。
通常種のフローズヴィトニルの属性は闇と水のみ。
つまり、風属性も持つこのフローズヴィトニルはAランクモンスターの特殊個体となる。
最早、現行の危険度ランクの基準では計り知れない。
《…………》
息を整えたコハクはハンター達を見る。
《(……ここまでか)》
スイと違い、コハクは人間全体に対して助けなければならないと言う義務感は無い。
この惨禍の中でもスイの意思に従っているだけで、コハク自身はスイ以外の人間を無理をしてまで助ける考えは無い。
《(スイを護る為に、オレも生き延びなきゃならない。例え、他を身代わりにしてでも)》
何よりも大切な者の為に、コハクはその他全てを切り捨てる覚悟だ。
後にその事を知ったスイに怒られる事になっても、これだけは譲れない。
《(魔力は残り少ない。岩礫を二発撃てるかどうか……っ!?)》
「っ!!」
フローズヴィトニルに、上空から火矢が降り注ぐ。
その場から飛び退いたフローズヴィトニルは、発動者の方を睨んだ。そこには火魔法使いのハンターと、その前に盾を構えたハンターがいる。どちらも満身創痍だ。
《(死ぬ気か……ん?)》
血の匂いを嗅ぎ取ったコハクは隣を見る。気配を消して来た初老のハンターと眼が合った。
「力及ばずで無念だが、俺達はここまでだ。コハク、後はお前に託す」
初老のハンターから差し出された物を、コハクは受け取る。
「頭の良いお前なら、きっと上手く使える筈だ」
《…………》
黙って頷いたコハクに、初老のハンターも頷いてコハクの頭を一無ですると手を離した。
「悪いが長くは保たない。得られる情報は少ないかもしれんが、どうか勝利への糧にしてくれ」
スイ達によろしくな。
最後にそう言い遺して、初老のハンターはフローズヴィトニルへと向かっていった。
《…………》
凍てつく暴風に消されかけた火が、フローズヴィトニルの毛を僅かに焼く。強烈な前足の一撃を受けた盾が凹んだ。グレイブが振り抜かれる前に、その身体は風魔法で切り裂かれた。
《…………》
スイと旅をしてきて、ハンターというものをよく見てきたからコハクは知っている。
例外はいるが、ハンターは他の人間の為に自らを犠牲にする生き物だと。
だが、ハンターというものをよく見てきたコハクでも、未だに解らない事がある。
何故大勢の為に命を投げうって戦うのか。
何が、ハンターにそうさせるのか。
今の状況は尚更理解出来なかった。荒れ果てた町の中で、誰が生き残ってて誰が死んだのかを、誰が把握していると言うのか。
命を懸けて戦って、生き残っても死んでも、賛辞や感謝が向けられるのは「戦った者達」だ。個人にでは無い。
例え向けられたとしても、それが何になると言うのか。
敵前逃亡を許さないと言うハンターズギルドの規則は、この惨禍に限ってはブライアント公爵であるユーグの許可があるから適用されない。
それにも関わらず、死を覚悟して残って戦う理由は何なのか。
戦う理由の全てが一人の人間の為であるコハクには、ハンターとしての矜恃や生まれ育った町への愛着等は理解し難いものだった。
《(スイもそうだけど、全員を守るなんて無茶過ぎるし無理だ。自分自身すら守れないのに)》
コハクの眼には、血溜まりに沈んだ肉塊が映っている。
ハンター三人の決死の戦いは、直ぐに終わった。フローズヴィトニルに与えた傷は殆ど無い。
《(……お前達の最期の戦いが、生命を懸ける必要があったのかオレには解らない。その生命の使い方が正しいとも思えない。でも)》
コハクは、気付かない内に力を込めていた。地面に深く爪痕が残る。心の内に激しく渦巻く怒りが、痛みと疲労を麻痺させていく。
《(オレはお前達の事を憶えていく。顔と声と、戦っていた時のお前達の姿を)》
短い時間ではあったが、共に戦った名も知らぬハンター達へ。
手向けの言葉と自身への宣誓を心で呟いて、コハクはフローズヴィトニルに顔を向けた。
「どうした? 大人しいな。怖気付いたか?」
《…………》
ゆっくりと歩き出したコハクは、助走を経て一気に駆け出した。
コハクを貫こうと、 突如襲ってきた猛吹雪の中で氷槍が放たれる。それらを全て避けてフローズヴィトニルの側面に回ったコハクは、横腹を狙って跳んだ。
素早く躱したフローズヴィトニルは、逆にコハクの横腹を殴りつける。
《っっ!!》
飛ばされた身体が地面に落下して跳ねた。体勢を整えて立ったコハクだが、荒い呼吸を繰り返している。
《……ッ、ッ、ッ……》
「もう力は残っていないんだろう? 諦めろ」
《……ッ、ッ、……フッ……ッ!》
嵩じた痛みと疲労で、よたよたとふらつきながら走る様は上位の狼系モンスターとしてはあまりにも無様だ。今のコハクは、Dランクのバンディットウルフにもやられてしまうだろう。
ただ、眼光だけは微塵も曇らないでいる。冥府の暗殺者は、屠るべき敵から眼を逸らさない。
「苦しみを望むか。なら、新しい力を試させてもらう」
《…………!?》
二匹を囲む様に紫の霧が立ち込め、フローズヴィトニルが複数匹現れた。
《(増えた? いや……偽物か?)》
コハクは一番手前にいる一匹に飛びかかる。
《!?》
前足ごと貫通したのに、肉に爪が刺さった感触が無い。
《(何だ、これ!?)》
フローズヴィトニルの使う闇魔法のひとつ、幻覚。
極狭い範囲内に限り、使用者の姿を被使用者に複数見せる魔法であり、当然被使用者が見ている幻覚それぞれに実体は無い。
触れれば虚実の見分けはつくが、幻覚は消えない。数が多ければ多い程本物を叩きにくくなり、被使用者には隙が生まれる厄介な魔法だ。
《っ! っっ!》
どれかは本物の筈だと、眼に見える全てに爪を立てていくが、一向に本物に当たらない。
《ぐっ!?》
腹部に衝撃を受け、地面に転がった。毛皮の下を血が伝う感覚と鋭い痛みに、もどかしさと苛立ちが募る。
《(使いたくなかったけど仕方無い……!)》
立ち上がったコハクは、震える脚で踏ん張って地魔法の岩礫を放つ。
フローズヴィトニル全てに岩礫が命中したが、何れも無反応だった。
《(全部偽物!?)》
予想外の事態にコハクは愕然とする。迫って来るフローズヴィトニルの幻像達に、コハクは一旦距離を取るべく下がった。
《(どうする…………っ?)》
一瞬だ。ほんの一瞬、コハクの反応が遅れた。
連日の長時間の連戦による疲労、怪我と失血、枯渇しかけている魔力。様々な原因が重なった故の思考力の低下が齎した、その一瞬。
自身の周りを囲う様に走ってきたフローズヴィトニル達の中に、僅かにコハクは違和感を覚えた。
《(な、に!?)》
追い掛けてきて側面を並走している幻像達を突き抜けて、一匹のフローズヴィトニルが飛び出してきた。
大きく開いた口に並ぶ牙が、コハクに迫る。
《(本物はコイツか!!)》
牙が腹に食込み、皮膚が破れて、肉へ突き立った。激痛が全身に走り、コハクは口を開く。
せき止めるものが無くなり、込み上げてきた血とずっと溜まり続けていた血が口内から溢れた。
「…………?」
牙に付いたコハクの血の味を感じながら、フローズヴィトニルはコハクの口内に血とは別の紅色を見付けた。
血と唾液に濡れ、その合間から紅い光を反射している石。それから感じる属性に、フローズヴィトニルは身体が拒絶するのを感じた。
「!?」
《(やっと口を開けられる)》
訪れた最大の好機と、焦燥に目を見開くフローズヴィトニル。
攻撃を食らう度に魔石を噛み砕かない様に、込み上げてくる血と食いしばる事を堪え続けた甲斐があったとコハクは笑う。
《(これが、最後の一撃だ)》
コハクは、咥えていた火の魔石に残り少ない魔力を全て込める。
魔石から放たれた巨大な炎が、フローズヴィトニルの頭を呑み込んだ。
「グァァァァァァッ!?」
水属性を持つフローズヴィトニルは火属性への耐性が低い。頭の炎を消そうとのたうち回るが、純度の高い魔石の炎は上級魔法並に威力がある為に中々消えず、身体を侵食していく。
「オ前ェェェェエ!!」
《うぐっ》
怒り狂うフローズヴィトニルの一撃を避けられず、コハクは吹っ飛んだ。地面を二度跳ね、滑っていったコハクは震える脚でゆっくりと起き上がる。
短く早く動く腹。新たに込み上げてきた血が口からこぼれ、糸を引いて地面に落ちた。
《……ッ、……ハッ、……ハ……、…………》
霞む視界。軽くなっていく身体を不思議に思いながらコハクはスイを思う。
《(……いかなきゃ……スイのところに……)》
コハクの脳裏に、自分よりも大きかった昔のスイが思い浮かんだ。アードウィッチ、オアシス、中央大陸、北大陸、そして南大陸。
スイと出会ってから旅をしてきた日々が、頭の中を流れていく。
《(……スイをのせて……はしるんだ……オレがいないと、スイ……スイ、は……)》
スイが泣くから。
バンディットウルフにやられて動けない自分に、届かない手を伸ばしながら泣いていた、あの頃の様に。
《……いやだ……。スイがなくのは、いやなんだ。だいじょうぶだ、スイ。いま、すぐ、い》
かくりと脚から力が抜けて、コハクは地面に倒れた。
炎の熱さと痛みに吼えるフローズヴィトニルの声が辺りに響く。
それを何処か遠くからの音の様に感じながら、細く長く息を吐いて、コハクの呼吸は止まった。
光を失った琥珀色の眼に、暴れ回る魔狼と荒廃した町が映っていた。
153
あなたにおすすめの小説
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
スラム街の幼女、魔導書を拾う。
海夏世もみじ
ファンタジー
スラム街でたくましく生きている六歳の幼女エシラはある日、貴族のゴミ捨て場で一冊の本を拾う。その本は一人たりとも契約できた者はいない伝説の魔導書だったが、彼女はなぜか契約できてしまう。
それからというもの、様々なトラブルに巻き込まれいくうちにみるみる強くなり、スラム街から世界へと羽ばたいて行く。
これは、その魔導書で人々の忘れ物を取り戻してゆき、決して忘れない、忘れられない〝忘れじの魔女〟として生きるための物語。
お転婆令嬢は、大好きな騎士様に本性を隠し通す
湊一桜
恋愛
侯爵令嬢クロエは、二度も婚約破棄をされた。彼女の男勝りで豪快な性格のせいである。
それに懲りたクロエは、普段は令嬢らしく振る舞い、夜には”白薔薇”という偽名のもと大暴れして、憂さ晴らしをしていた。
そんな彼女のもとに、兄が一人の騎士を連れてきた。
彼の名はルーク、別名”孤高の黒薔薇”。その冷たい振る舞いからそう呼ばれている。
だが実は、彼は女性が苦手であり、女性に話しかけられるとフリーズするため勘違いされていたのだ。
兄は、クロエとルークのこじらせっぷりに辟易し、二人に”恋愛の特訓”を持ちかける。
特訓を重ねるうちに、二人の距離は少しずつ近付いていく。だがクロエは、ルークに”好きな人”がいることを知ってしまった……
恋愛なんてこりごりなのに、恋をしてしまったお転婆令嬢と、実は優しくて一途な騎士が、思い悩んで幸せになっていくお話です。
救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」
魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。
――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。
「ここ……どこ?」
現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。
救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。
「ほら、食え」
「……いいの?」
焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。
行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。
旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。
「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」
「ウチの子は天才か!?」
ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。
これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。
※若干の百合風味を含みます。
追放された荷物持ちですが、実は滅んだ竜族の末裔でした。今さら戻れと言われても、もうスローライフ始めちゃったんで
ソラリアル
ファンタジー
目が覚めたら、俺は孤児だった。
家族も、家も、居場所もない。
そんな俺を拾ってくれたのは、
優しいSランク冒険者のパーティだった。
「荷物持ちでもいい、仲間になれ」
その言葉を信じて、
俺は必死に、置いていかれないようについていった。
自分には何もできないと思っていた。
それでも、少しでも役に立ちたくて、
誰にも迷惑をかけないようにと、
夜な夜な一人でダンジョンに潜り、力を磨いた。
仲間を護れるなら…
そう思って使った支援魔法や探知魔法も、
気づかれないよう、そっと重ねていただけだった。
だけどある日、告げられた。
『ここからは危険だ。荷物持ちは、もう必要ない』
それは、優しさからの判断だった。
俺も分かっていた。だから、何も言えなかった。
こうして俺は、静かにパーティを離れた。
これからは一人で、穏やかに生きていこう。
そう思っていたし、そのはずだった。
…だけど、ダンジョンの地下で古代竜の魂と出会って、
また少し、世界が騒がしくなってきたようです。
◇小説家になろう・カクヨムでも同時連載中です◇
異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました
小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。
しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!?
助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、
「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。
幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。
ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく!
ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー
幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について
いぬがみとうま🐾
ファンタジー
「魔力なしの穀潰し」――そう蔑まれ、幻獣保護センターの地下で廃棄幻獣の掃除に明け暮れる少女・ミヤコ。
実のところ、その施設は「価値のない命」を無慈悲に殺処分する地獄だった。
ある日、ミヤコの前に運ばれてきたのは、泥と油にまみれた「ボロ雑巾」のような正体不明の幻獣。
誰の目にもゴミとしか映らないその塊を、ミヤコは放っておけなかった。
「こんなに汚れたままなんて、かわいそう」
彼女が生活魔法を込めたブラシで丹念に汚れを落とした瞬間、世界を縛る最凶の封印が汚れと一緒に「流されてしまう。
現れたのは、月光を纏ったような美しい銀狼。
それは世界を喰らうと恐れられる伝説の災厄級幻獣『フェンリル・ヴォイド』だった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる