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明日は、いよいよ正妻選び当日。
着ていくドレスも決まっていたし、身につける宝飾品も靴も準備済み。
どれも、ナルが用意している。
見栄えはするが、品のいいものばかりだ。
いかにもナルらしい、と感じる。
そんな「ナル好み」の格好で、ほかの男性の正妻候補として夜会に出席。
セラフィーナの心情は、とても複雑。
ナルへの気持ちを自覚しているので、なおさら、憂鬱になった。
夜会を前に、強気な気持ちではいられなくなっている。
というより、ひどく悲しい。
「ねえ、大丈夫?」
デボラが、心配そうに声をかけてきた。
セラフィーナは、ソファに腰かけている。
いつもは体を投げ出し、バタバタしていたけれど、そんな気分ではなかった。
なにしろ、落ち込み過ぎている。
「大丈夫じゃない、かも」
深夜の散歩。
あてもなく歩いていたのではない。
気持ちを落ち着けたくて、庭の奥まで行くつもりだったのだ。
婚姻なんてしたくないと、反抗していられた自分を取り戻したかった。
もとより、セラフィーナは、平民出の彼と再会するまで婚姻する気はなかったのだから。
庭の奥も奥、塀に近い場所。
そこに、一ヶ所だけ塀が低くなっているところがあった。
蔦と花で隠されていて、普通に歩いていると気づかない。
そこから、彼は忍び込んできたのだ。
さりとて、着く前に、ナルと会ってしまった。
偶然だったのは間違いない。
ナルにも言ったが、尾行られていたとは思っていないのだ。
確かに、ナルは転移で、簡単に姿を現したり、消えたりできる。
だとしても、四六時中、見張ってはいないだろう。
そこまでの興味を持たれているだなんて、うぬぼれてはいないし。
むしろ、興味を持たれていないのを寂しいと感じる。
(駆け引きなんて、私には無理。したとしても、ナルには通用しない)
あの夜の会話で、セラフィーナは、駆け引きをしたつもりはなかった。
あからさまな「誘い」を口にできなかっただけだ。
仮に、ナルをただの「教育係」だと思っていたら、言えたかもしれない。
友人を誘うように「部屋でお茶でもどう?」なんてふうに。
けれど、ナルに対しては特別な想いがある。
そのせいで、はっきりとは言えなかったのだ。
結果、遠回しな言いかたをしてみたものの、ナルには一蹴されている。
あげく、置き去りにされた。
いくら屋敷の領域内だとは言え、深夜だ。
部屋に送るくらいのことはしてくれてもいいのに。
「なにかの間違いで、選ばれたら、どうしよう」
「……夕食に招かれたってことは、可能性があるってことよね」
「……口だけだと思うけど……帰り際に、私を選ぶって言われたの……」
セラフィーナは、しょんぼりと肩を落とす。
どこにも逃げ場がなかった。
選ばれてしまえば婚姻するしかない。
選ばれないように失態をしでかすこともできない。
ましてや、候補を降りることだって、できはしないのだ。
なにしろ夜会は明日なのだから。
ネイサンの視線を思い出す。
また背筋がゾッとした。
ふれられることに我慢などできそうにない。
腕に手をかけるのだって嫌だったのだ。
「私……ナルを好きになっちゃったみたい……」
「え……?」
「ナルは、私をなんとも思ってないってわかってるけどね」
「でも、彼のことは、もういいの……?」
デボラには、初恋の彼について話している。
父がどういう態度を取ったか、ということやなんかも。
「会って謝りたいって気持ちはあるし、会いたい気持ちもあるけど……」
12年も前のことなのだ。
今、会ったとして同じ気持ちになるかは、わからない。
セラフィーナは、ずっと屋敷に居続けている。
こちらから探すのは難しくても、向こうは探す必要さえなかった。
なのに、この12年間、彼は会いには来なかったのだ。
もちろん、来たとしても会えなかったかもしれない。
出入りの商人でもなければ貴族の屋敷には入れないし、入れたとしても、会えるのは勤め人だけだった。
主とされる者に会えるのは、対等、もしくは、それ以上の立場の者に限られる。
ネイサンが、すんなりセラフィーナに会えたのは、伯爵家より公爵家のほうが、格上だからだ。
それでも、彼が会いには来なかった、とセラフィーナにはわかっている。
彼女は、しばしば商人とも隠れて話したりしていた。
もしかしたらとの期待もあり、外との繋がりを完全には断たずにいたのだ。
が、結局のところ、彼らしき人の気配は、まったくなかった。
自分がどう思っていようと、相手が同じとは限らない。
そんな簡単なことにも思い至らずにいた。
勝手に、彼のほうも「いつか」会いに来てくれると思い込んでいた。
ただでさえ彼は年上だったのだし、すでにほかの誰かがいるかもしれないのに。
ナルへの気持ちを自覚して、ようやく気づいている。
自分の想いだけが、すべてではない。
相手にも相手の想いがある。
お互いの想いが通じ合わないことも、また。
「……ナルのほうが、大きくなっちゃったって感じ」
デボラが、深刻そうにうなずいてくれた。
わかっているのだろう。
セラフィーナの気持ちは受け入れてもらえないのだ。
以前も考えたことだが、仮に受け入れてもらえたとしても、うまくはいかない。
「ナルは……魔術師だものね」
「そうよ。ナルは、魔術師だから……」
魔術師は、爵位を持たないというより、持てないらしかった。
王宮の制度により、魔術師になる際、爵位を捨てなければならないのだという。
どのような理屈なのか、セラフィーナはわからずにいる。
そもそも、ナルが、元は爵位を持っていたのかも知らない。
聞いたこともないし、聞いたって答えるとは思えなかった。
「魔術師を辞めてまで、っていうのは、ないと思うわ」
セラフィーナは、自分自身を慰めるためにも、軽い口調で言って肩をすくめる。
ナルが、魔術師を辞めてまで自分を選ぶはずがない。
「ラフィも家を捨てられないし……ナルが貴族だったらよかったのに」
デボラのつぶやきに、セラフィーナの心臓が、ばくっと波打った。
ナルは魔術師で、魔術師を辞めることはできない。
けれど、自分は?
ナルにばかり望むのではなく、自分にできることを考えるべきではなかろうか。
さりとて、問題は、夜会が明日、ということだった。
着ていくドレスも決まっていたし、身につける宝飾品も靴も準備済み。
どれも、ナルが用意している。
見栄えはするが、品のいいものばかりだ。
いかにもナルらしい、と感じる。
そんな「ナル好み」の格好で、ほかの男性の正妻候補として夜会に出席。
セラフィーナの心情は、とても複雑。
ナルへの気持ちを自覚しているので、なおさら、憂鬱になった。
夜会を前に、強気な気持ちではいられなくなっている。
というより、ひどく悲しい。
「ねえ、大丈夫?」
デボラが、心配そうに声をかけてきた。
セラフィーナは、ソファに腰かけている。
いつもは体を投げ出し、バタバタしていたけれど、そんな気分ではなかった。
なにしろ、落ち込み過ぎている。
「大丈夫じゃない、かも」
深夜の散歩。
あてもなく歩いていたのではない。
気持ちを落ち着けたくて、庭の奥まで行くつもりだったのだ。
婚姻なんてしたくないと、反抗していられた自分を取り戻したかった。
もとより、セラフィーナは、平民出の彼と再会するまで婚姻する気はなかったのだから。
庭の奥も奥、塀に近い場所。
そこに、一ヶ所だけ塀が低くなっているところがあった。
蔦と花で隠されていて、普通に歩いていると気づかない。
そこから、彼は忍び込んできたのだ。
さりとて、着く前に、ナルと会ってしまった。
偶然だったのは間違いない。
ナルにも言ったが、尾行られていたとは思っていないのだ。
確かに、ナルは転移で、簡単に姿を現したり、消えたりできる。
だとしても、四六時中、見張ってはいないだろう。
そこまでの興味を持たれているだなんて、うぬぼれてはいないし。
むしろ、興味を持たれていないのを寂しいと感じる。
(駆け引きなんて、私には無理。したとしても、ナルには通用しない)
あの夜の会話で、セラフィーナは、駆け引きをしたつもりはなかった。
あからさまな「誘い」を口にできなかっただけだ。
仮に、ナルをただの「教育係」だと思っていたら、言えたかもしれない。
友人を誘うように「部屋でお茶でもどう?」なんてふうに。
けれど、ナルに対しては特別な想いがある。
そのせいで、はっきりとは言えなかったのだ。
結果、遠回しな言いかたをしてみたものの、ナルには一蹴されている。
あげく、置き去りにされた。
いくら屋敷の領域内だとは言え、深夜だ。
部屋に送るくらいのことはしてくれてもいいのに。
「なにかの間違いで、選ばれたら、どうしよう」
「……夕食に招かれたってことは、可能性があるってことよね」
「……口だけだと思うけど……帰り際に、私を選ぶって言われたの……」
セラフィーナは、しょんぼりと肩を落とす。
どこにも逃げ場がなかった。
選ばれてしまえば婚姻するしかない。
選ばれないように失態をしでかすこともできない。
ましてや、候補を降りることだって、できはしないのだ。
なにしろ夜会は明日なのだから。
ネイサンの視線を思い出す。
また背筋がゾッとした。
ふれられることに我慢などできそうにない。
腕に手をかけるのだって嫌だったのだ。
「私……ナルを好きになっちゃったみたい……」
「え……?」
「ナルは、私をなんとも思ってないってわかってるけどね」
「でも、彼のことは、もういいの……?」
デボラには、初恋の彼について話している。
父がどういう態度を取ったか、ということやなんかも。
「会って謝りたいって気持ちはあるし、会いたい気持ちもあるけど……」
12年も前のことなのだ。
今、会ったとして同じ気持ちになるかは、わからない。
セラフィーナは、ずっと屋敷に居続けている。
こちらから探すのは難しくても、向こうは探す必要さえなかった。
なのに、この12年間、彼は会いには来なかったのだ。
もちろん、来たとしても会えなかったかもしれない。
出入りの商人でもなければ貴族の屋敷には入れないし、入れたとしても、会えるのは勤め人だけだった。
主とされる者に会えるのは、対等、もしくは、それ以上の立場の者に限られる。
ネイサンが、すんなりセラフィーナに会えたのは、伯爵家より公爵家のほうが、格上だからだ。
それでも、彼が会いには来なかった、とセラフィーナにはわかっている。
彼女は、しばしば商人とも隠れて話したりしていた。
もしかしたらとの期待もあり、外との繋がりを完全には断たずにいたのだ。
が、結局のところ、彼らしき人の気配は、まったくなかった。
自分がどう思っていようと、相手が同じとは限らない。
そんな簡単なことにも思い至らずにいた。
勝手に、彼のほうも「いつか」会いに来てくれると思い込んでいた。
ただでさえ彼は年上だったのだし、すでにほかの誰かがいるかもしれないのに。
ナルへの気持ちを自覚して、ようやく気づいている。
自分の想いだけが、すべてではない。
相手にも相手の想いがある。
お互いの想いが通じ合わないことも、また。
「……ナルのほうが、大きくなっちゃったって感じ」
デボラが、深刻そうにうなずいてくれた。
わかっているのだろう。
セラフィーナの気持ちは受け入れてもらえないのだ。
以前も考えたことだが、仮に受け入れてもらえたとしても、うまくはいかない。
「ナルは……魔術師だものね」
「そうよ。ナルは、魔術師だから……」
魔術師は、爵位を持たないというより、持てないらしかった。
王宮の制度により、魔術師になる際、爵位を捨てなければならないのだという。
どのような理屈なのか、セラフィーナはわからずにいる。
そもそも、ナルが、元は爵位を持っていたのかも知らない。
聞いたこともないし、聞いたって答えるとは思えなかった。
「魔術師を辞めてまで、っていうのは、ないと思うわ」
セラフィーナは、自分自身を慰めるためにも、軽い口調で言って肩をすくめる。
ナルが、魔術師を辞めてまで自分を選ぶはずがない。
「ラフィも家を捨てられないし……ナルが貴族だったらよかったのに」
デボラのつぶやきに、セラフィーナの心臓が、ばくっと波打った。
ナルは魔術師で、魔術師を辞めることはできない。
けれど、自分は?
ナルにばかり望むのではなく、自分にできることを考えるべきではなかろうか。
さりとて、問題は、夜会が明日、ということだった。
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