ウソつき殿下と、ふつつか令嬢

たつみ

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 セラフィーナは、勘違いをしていると、オリヴァージュは思っている。
 彼は、ちっとも「ご満悦」などではないからだ。
 教育係をしていた頃から、振り回されてばかりいる。
 
 無自覚ほどタチの悪いものはない。
 
 セラフィーナに自覚がないとわかっているだけに、打ち手に苦慮していた。
 彼女は、相変わらず、可愛げのない負けず嫌い。
 が、オリヴァージュにとって「可愛げがない」かどうかは、別の話なのだ。
 知らず、煽られてしまうのは、そのせいもある。
 
 可愛げがないところが、可愛い。
 
 少なくとも、オリヴァージュは、そう感じていた。
 自分の胸に手を置き、精一杯、突っ張っているところとか。
 瞳を潤ませつつも、泣くまいとしているところとか。
 どれも可愛く思えてしかたがないのだ。
 
 セラフィーナが飛び立ってしまわないよう、風切り羽を切ってしまいたい。
 
 それは、オリヴァージュの本音。
 自分の手の中に、セラフィーナを閉じ込めておきたかった。
 ほかの男に、手出しされたくもない。
 だいたい、ほんの少しでも目を離すと、彼女は逃げてしまうだろうし。
 
 とはいえ、セラフィーナを力づくで自分のものにする気はなかった。
 彼女には、納得の上で、心を差し出してほしいと思っている。
 本人の意思でもって、自分の手の中にいることを望んでほしいのだ。
 
 彼女は、彼を軽薄だと勘違いしている。
 さりとて、本心を知れば知ったで、その真剣さに恐れをなすかもしれない。
 オリヴァージュは、セラフィーナの唇に当てていた指を離した。
 表情も穏やかなものに戻す。
 ともあれ、セラフィーナを怯えさせたくはなかったので。
 
「場所を変えようか」
「どこにも行きたくないわ」
「きみは、外套を着ていないからね。外の風は冷たいだろう?」
「それなら……」
 
 言いかけたセラフィーナの言葉を待たず、オリヴァージュは彼女に背を向けた。
 セラフィーナは勘が鋭い。
 オリヴァージュの動きから、なにかを感じ取ったのだろう。
 文句を言うことなく、黙り込んだ。
 
「盗み聞きとは、私と似た趣味の持ち主のようだ」
 
 サロンに出入りする際、オリヴァージュは姿を隠している。
 魔術師であれば、その程度は簡単なことだった。
 そして、魔術師は、サロンなんて所には、滅多に出入りしない。
 貴族らがたむろしているため、露見ろけんすればろくなことにはならないと知っている。
 爵位を持たない魔術師は、基本的に、貴族には歯向かえないからだ。
 
 とはいえ、ここはサロンではない。
 オリヴァージュは、できる限り魔力を抑えている。
 アドルーリットのおかかえ魔術師に、魔力感知されるのは想定済み。
 感知されるのはいたしかたがないが、小さく見せる必要があったのだ。
 
 趣味で魔術師ができるくらい、オリヴァージュの魔力は大きい。
 王族としては、めずらしい部類に入る。
 知られれば騒がれ、面倒なことになるに決まっていた。
 そのため、幼い頃、ローエルハイドの屋敷で、ジョザイアから、魔力を抑制する方法も習っていた。
 
 それでも、魔術師同士は、魔力感知により、自分以外の魔術師を認識できる。
 どの程度の魔力を持った魔術師が、何人くらいいるか。
 オリヴァージュ自身、常に把握するよう意識していた。
 魔術師は、誰よりも魔術師を警戒する。
 
「王族だから、たいした魔力は持っていないようね」
 
 オリヴァージュから少し離れた場所に、女性が立っていた。
 ローブを着て、フードをかぶっているため、顔は見えない。
 すぐに気づく。
 
「きみは、王宮魔術師ではないな」
「その通りよ。生憎、私は王族にも王宮にも、敬意をはらう気はないの」
「無理に押しつけようとは思っちゃいないさ」
 
 王宮魔術師が呼ぶところの「半端者はんぱもの」だ。
 魔力を維持してはいるが、国王との契約をしていない。
 理由を、オリヴァージュは知っている。
 半端者となるのは、極端に王宮を忌避している者に限られていた。
 敬意をはらう気がないどころか、憎んでさえいるかもしれない。
 
「きみに嫌われるだけの理由はあるのだろうからね」
 
 ありありと憎悪が伝わってくる。
 顔が見えなくても、睨まれたのがわかるほどだ。
 背中に庇っているセラフィーナも、ひどく緊張している。
 良くないことが起きようとしていると感じているに違いない。
 そして、あれほど怒っていたのに、オリヴァージュを心配しているのだろう。
 
(私の小鳥は、どうしてこうも無防備なのだろうねえ)
 
 卑怯者だと罵声を浴びせた相手を心配するだなんて。
 無防備に過ぎる。
 
 が、そんな彼女が可愛くてたまらない。
 
 事をおさめたあと、どうしてくれようか。
 ちらちらと、そんなことを考える。
 目の前の女性より、セラフィーナと過ごす時間に気を取られていた。
 
「私の先祖は商人だった。ロズウェルドでも大きな店をかまえていたらしいわ」
「ふぅん。私には、どうにも関わりのない話のように聞こえるよ?」
「あなた個人に関わりはないわね。でも、あなたは王族だもの」
 
 オリヴァージュは、わざとらしく肩をすくめてみせる。
 彼女が王宮を忌避する原因に、まるで興味はなかった。
 ただ、察しがついただけで。
 
「そんな百年も前のことを持ち出すとはね。きみは、ずいぶんと歴史に造詣が深いらしい」
「3世代前の出来事を、歴史のひと言で片づけないで」
 
 隣国との間に戦争が起きたのは2百年ほど前。
 同じ国と、ちょっとした揉め事があったのが、およそ百年前。
 その国は、今はもうない。
 民により、王室も貴族も駆逐されてしまったからだ。
 
 その揉め事に加担した、王宮魔術師と半端者がいた。
 当然ながら、当時、全員が断罪されている。
 オリヴァージュを憎々しげに睨んでいる女性は、断罪された者の系譜に繋がっているのだろう。
 そのため、王宮への強い忌避感があり、結果、半端者になった。
 
「それで? 私を、どうしようというのかな?」
「あら、誤解しないでくれる? あなたを、どうこうする気はないのよ」
 
 オリヴァージュの目が、スッと冷たく凍る。
 彼自身になにもしないというのなら、狙いは明白だ。
 
「あなたの後ろにいる女に用事があるの」
 
 今夜は、予定通りにいかないことばかりだと、溜め息をつきたくなる。
 せっかく、これからセラフィーナと、じっくり話をしようと思っていたのに。
 
「たいした夜だよ。ああ、まったくね」
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