ウソつき殿下と、ふつつか令嬢

たつみ

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特効薬の効き目 2

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 セラフィーナは、完全に打ちのめされている。
 オリヴァージュを責める気持ちも、失っていた。
 
 オリヴァージュはナルで、しかも、彼だったのだ。
 
 曖昧な輪郭しか記憶には残されていない。
 それでも、オリヴァージュが「彼」であることを受け入れている。
 もちろん、疑おうと思えば、いくらでも疑えた。
 
 話は人づてに聞いたのかもしれないし。
 指輪は譲られたものかもしれないし。
 
 オリヴァージュは王族だ。
 力も財もある。
 おまけに、魔術も使えるのだから、どうにでも辻褄を合わせられるだろう。
 王族ならではの、大掛かりで手の込んだ遊びをしていると考えられなくもない。
 
(違う……彼は……そんな、つまらない嘘をつく人じゃない……)
 
 セラフィーナは、そう悟っている。
 どれだけ疑う理由があっても、オリヴァージュを、ナルを、信じていた。
 彼は、こういった嘘をつくような人ではないのだ。
 意地悪で、嫌味ばかり言うのに、心を踏みつけにするような真似はしなかった。
 
「ずっと……私を見ていたの……?」
「ずっと、と言うと語弊があるがね」
 
 オリヴァージュの言葉に、セラフィーナは、いよいよ小さくなる。
 ずっとではなかったかもしれないが、彼は自分を気にかけてくれていたのだ。
 でなければ、屋敷を訪れたりはしなかった。
 彼には、ネイサンの正妻選びに横槍を入れる必要など、どこにもない。
 セラフィーナを気にかけ、案じてくれていたから、こうして今、目の前にいる。
 
「私…………」
 
 言葉が続けられない。
 何を言っても言い訳になる気がした。
 
 「彼」に想いを馳せ、婚姻を拒み続け、屋敷に居続けたのは本当だ。
 とはいえ、セラフィーナは「ナル」に恋をした。
 それを否定はできないし、オリヴァージュにも告げてしまっている。
 
(私が言い出して、私が待っていてって言ったのに……私は、彼に気がつきもしなかった……それどころか……別の人を選んだのよ……)
 
 セラフィーナは、屋敷に来たナルが「彼」だとは気づいていなかった。
 その上で「ナル」を好きになったのだ。
 初恋の相手すらも押しのけて。
 
 なのに、ナルはオリヴァージュで、そして「彼」だった。
 
 会いに来てくれなかったと思っていたが、違う。
 会いに来てくれていたのに、気づかなかったのは、自分。
 
 セラフィーナの鼻っ柱は、ものの見事に、ぱきんと折れてしまった。
 オリヴァージュがナルだったと知らされた時以上に、ぱっきりと、へし折られている。
 オリヴァージュは、とてもうまくやった。
 令嬢失格の自分が、太刀打ちできる相手ではなかったのだ。
 
「……気づかなかったわ……」
「そうだね」
「わからなかったの……」
「そうだね」
 
 12年も前のことで、当時のセラフィーナは、まだ5歳。
 彼女に自覚はないが、父の行為に罪悪感をいだくあまり、その時の記憶を、あちこち、ぼやかしていた。
 が、セラフィーナ自身は、年々、記憶が薄れていったものと思い込んでいる。
 そして、そのことにも罪の意識を感じていた。
 約束を破った、と思っているからだ。
 
「不公正なことはしたくないから、言っておくよ?」
 
 セラフィーナは、のろのろと顔を上げる。
 本当に、打ちのめされていた。
 オリヴァージュに、何を言われてもしかたがない、と思える。
 
「女性とのつきあいがなかったわけではないし、婚姻を考えたこともある」
「でも……しなかったのね……」
「なぜかな。その言葉を口にしようとすると、小さな羽ばたきが聞こえてきてね。誰にも求婚する気になれなかったのさ」
 
 待っていてくれと言った自分の言葉。
 それが、オリヴァージュを縛っていたのかもしれない。
 思うと、胸が苦しくなる。
 彼を縛っておきながら、自分はどうだったのか。
 それを、突きつけられている気がした。
 
 確かに、彼女は長く「彼」を待っていたが、最後で手のひらを返している。
 結果として、別の男性を選んだのだから。
 
「きみは、私に多くの嘘をついたね、ラフィ」
「……そうね」
 
 心を奪われたことはないと言ったこと。
 思い入れのある宝飾品も、思い出の場所もないと言ったこと。
 泣く理由がないと言ったこと。
 
 そして、オリヴァージュを大嫌いだと言ったこと。
 
 最初から、嘘をつき続けてきた。
 彼を、嘘つき呼ばわりできる立場ではない。
 オリヴァージュがついた嘘は、たったひとつ。
 魔術師としてたいして強くない、と言ったことだけだ。
 
「私を責めないのかい?」
「なぜ?」
「私が、もっと早く言っていれば、きみは嘘をつかずにすんだ」
「言われなくても……気づくべきだった。そうでしょう?」
 
 オリヴァージュは、自分を騙したのではない。
 騙すつもりもなかった。
 彼は、ずっと、そう言っている。
 
「きみは、まだ5歳だったからね。覚えていなくてもしかたがないさ」
「それでも……気づくべきだったのよ……」
 
 言い訳を与えられても、セラフィーナは、受け取れずにいた。
 彼女の中では、言い訳にならないからだ。
 すべてを、きれいさっぱり忘れていたなら、オリヴァージュの与えてくれた言い訳に、乗っかれたかもしれない。
 幼かったから忘れていた、で、済ませられた。
 
 けれど、セラフィーナは、自分の言葉を覚えている。
 
 忘れていたと言って、逃げることはできないのだ。
 むしろ、幼い自分の言葉を、オリヴァージュが大事にしてくれていたのだと感じている。
 
(あなたは……私を、待っていてくれた……)
 
 子供の言ったことだと切り捨てずにいたせいで、彼は長く縛られていた。
 セラフィーナは、オリヴァージュの左手に視線を向ける。
 
 薬指には、王族が身につけるとは思えない、安物の指輪。
 
 待てなかった、いや、待たなかったのは自分なのだ、と思った。
 その彼女に向かって、オリヴァージュが言う。
 
「なぜ、私は、過去の自分に、嫉妬しなければならないのだろうね」
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