理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
7 / 304
第1章 暗い闇と蒼い薔薇

お屋敷事情 3

しおりを挟む
 どうすると聞かれても。
 
(どうもこうもないよ! みんな怖いし! 名前わかんないし!)
 
 ということだ。
 自分の部屋だって、どこにあるのかわからない。
 
 できれば、ひとまず自室に引きこもってしまいたいけれど「私の部屋はどこですかー?」などと聞くのもおかしいだろう。
 ここは設定上、結奈の「ウチ」なのだ。
 自分で自分の部屋がわからないなんてことはありえない。
 
(こういう場合の定番っていうか……記憶喪失を装うっていうのがセオリー?)
 
 一瞬、いい考えのようにも思えたが、すぐに諦める。
 そもそも「喪失」する記憶がない。
 記憶喪失というのは、元の記憶あってこそなのだ。
 
(記憶喪失のフリなんかしたら、取り戻そうって話になるよね? でも、ないものはないわけで……あのお父さんに心配かけんのもヤだしなぁ)
 
 それに、と周囲を見回した。
 おそらくこの家で働いている人たちは、失われた「はず」の記憶を取り戻すため、あれこれと手を尽くすはめになる。
 どんなことをしても取り戻せやしないもののために、人の手をわずらわせるなんて迷惑でしかない。
 
 結奈は真面目な性格をしている。
 そのように育てられたし、生来の気質でもあった。
 
(だ、ダメだ……そんな迷惑をかけるわけには……こんなアウェイの中でやりきる自信ない……メンタル崩壊する……)
 
 がくっと、心の中でだけ、両手を床についてうなだれる。
 実際には固まったまま、黙って突っ立っているのだけれど。
 
 しかし、いつまでもそうしていられないのもわかっていた。
 みんなの目が痛い。
 全身に冷たい視線が、ザクザク突き刺さってくる。
 
「え、えーと……それじゃあ……あー……き、着替えたい、です、かね……?」
 
 自分のしたいことに対して疑問符をつけてしまった。
 体の重さが精神的なものからきているのか、服という物質的なものからきているのか、もはや結奈にはわからなくなっている。
 それでも体が重いのは確かだった。
 それだけは、いや、それだけが、今、確実に言えることだ。
 
「それでは……サリー」
「かしこまりました」
 
 フワっと気持ちが少し上昇する。
 軽く飛び跳ねたい気分だ。
 
(やった! あの人、サリーって言うんだ! そっか! ボロを出さないように気をつけてれば、そのうち、誰かが呼ぶとこ聞けるよね!)
 
 ぱぁっと、さらに気持ちが急上昇。
 問題のひとつが解決されたことで気が楽になった。
 
「姫さま?」
 
 声に、視線を向ける。
 最初に出迎えてくれたサリーという名の女性が、怪訝そうな顔つきで結奈を見ていた。
 上へとつながる、カクカクっといくつかに折れ曲がった階段の手前だ。
 
(おおお! 先に歩いてくれるんだ! てことは……やったー! 自分の部屋がわかんなくてもオッケー!)
 
 お付きの人を従えて歩く文化でないのかはともかく、そんな文化でなかったことに感謝する。
 これで2つ目の悩みも解決だ。
 
 心の中で万歳しながら、いそいそとサリーの元へと歩いていく。
 足取りも軽く、後ろについて階段を上がった。
 周囲を見回す余裕さえできる。
 
 階段もそうだが、手すりや壁、扉など目につくものが、すべて木製なのがいい。
 結奈は一戸建てに住んだことはなかったが、年に数回は訪れていた母方、父方の実家は日本家屋だった。
 古民家というほどではないものの古かったのは確かだ。
 マンション住まいの結奈からすると、雰囲気だけでゆったりした気分になれたのを思い出す。
 
(2人が死んじゃってから行かなくなってたしなぁ……ここは完全洋風だけど、木造って、なんか懐かしい感じがするよ)
 
 母方、父方ともに祖父は他界しており、結奈が知っているのは祖母だけだ。
 どちらも親族が多かった。
 夏は母方の実家で従姉妹や従兄弟の子供たちと海で遊ぶ夏休み。
 冬は父方の実家でやはり従兄弟や従姉妹の子供たちとお正月。
 
 ただ、結奈が18歳になった年、相次ぐようにして祖母2人が亡くなってから、その行事はなくなっている。
 最後に全員で顔を合わせたのは葬儀の時だった。
 みんな、それぞれに大人になったというのもあるのだろう。
 法事や結婚式で会うことはあっても一堂に会することはなくなった。
 結奈は1人っ子だったので、身内同士、気兼ねなく遊べるのが楽しくて好きだったのだけれど。
 
(お祖母ちゃんのお葬式の時……お父さん、悲しそうだった)
 
 父は、けして泣かなかった。
 けれど、結奈は通夜で祖母の枕元に1人で座っている父を見た。
 少し猫背になっていたその背中はとても小さくて。
 
 祖母は女手ひとつで6人の子供を育てたと聞く。
 次男であった父は、母に強い愛情を持っていたに違いない。
 だから、父がそれ以来、実家に足を向けなくなったことについて結奈はなにも言えなかった。
 3人で過ごす正月を、ほんの少し寂しく感じたものの、そのたびにあの日の父の背中を思い出して口を閉ざしたのだ。
 
 もの思いにふけっていた結奈の前でサリーが足を止めた。
 つられて結奈も足を止める。
 開かれた扉に、ここが自分の部屋だと確信して中に入った。
 
(げえ…っ! なんだ、この部屋! 趣味わっるっ!! 私、こんな趣味ないっての! なんでこうなった?!)
 
 1人暮らしをするようになってからの結奈の部屋とはまったく違う。
 たしかに1DKより広いのは広い。
 が、広さ以前の問題だ。
 
 結奈は8畳の部屋に無理矢理、大きな書棚を入れるくらいの本好き。
 逆に、それ以外のことにはこだわりがないと言える。

 部屋は書棚とベッド、それに食事や仕事ができる程度の簡素なローテーブル、あとは必要最小限の家電しか置いていない。
 冷蔵庫だって2ドアの小さなものだし、テレビもあるにはあったが、さほど大きなものではなかった。
 実家暮らしをしていた頃、部屋に置いていたものを使っていたからだ。
 
 とはいえ、実家にいた時でさえ結奈は自室でテレビを見ることは少なかった。
 購入後、何年も経っているはずなのに新品同様。
 両親と一緒にテレビを見ながらの雑談時間が結奈は好きだったのだ。
 大人になってからも、ずっと。
 
(これが自分の部屋だと思いたくないんですケド……本棚ないし、やたらゴテゴテしてるし……)
 
 広いはずの空間が狭く感じるのは、あっちにもこっちにもあるテーブルのせいだろう。
 用途の違いが結奈にはわからない。
 机なんて1つあれば十分だと思う。

 壁にずらずらかけられた絵画も統一感がなさそうで意味不明。
 こういうものは自然と好みに合わせて似た雰囲気になりそうなものだが、そんな感じはまったくしない。
 彫像だか彫刻だかも、部屋のあちこちに配置されている。
 
 学校の美術室よりひどかった。
 
 どういうセンスの持ち主として自分は設定されているのか。
 見れば見るほど「趣味が悪い」との感想しかいだけない。
 唖然としている結奈の視界に、部屋の奥にあるベッドが飛び込んできた。
 
 クラリときた。
 
 なんじゃこりゃあ!と、思わず死の間際みたいな声をあげそうになる。
 貴族的な設定上、天蓋てんがいつきなのはいたしかたがない。
 それは諦めるとしよう。
 
(でも、なんであんな真っ赤ッ?! あんなので安眠なんか無理でしょーよ!)
 
 布団というものは基本的に淡い色と相場が決まっている。
 決まってはいないのかもしれないが、少なくとも結奈の印象は淡色のそれだ。
 シーツからなにから真っ赤などというのは理解の範疇を超える。
 
(いや、もう……この姫、頭おかしい……って、私なんだけどさ……)
 
 夢の世界と割り切るにも限度というものがあった。
 あまりにも結奈の価値観と違い過ぎて嫌になる。
 
「姫さま」
「へ……?」
 
 愕然としていて、忘れていた。
 声をかけられ、着替えがしたいと言ったのを思い出す。
 
「え、えーと……うーん……なんかこう……シンプルなのってあります?」
 
 とたん、ぎょっとした顔をされた。
 まずいことを言ったのだろうかと焦る。
 
「そのような話されかたは不要にございます。私どもは使用人ですから」
 
 サリーの不愉快そうな口調に戸惑った。
 同じくらい「使用人」という言葉に困惑する。
 
(ぇえ~……ウチの人って身内でしょ~? 使用人って……)
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

初恋の還る路

みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。 初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。 毎日更新できるように頑張ります。

【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」  男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。  ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。  それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。  クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。  そんなルドに振り回されるクリス。  こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。 ※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます ※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません ※一部変更&数話追加してます(11/24現在) ※※小説家になろうで完結まで掲載 改稿して投稿していきます

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね
恋愛
いつも推しは不遇で、現在の推しの死亡フラグを年末の雑誌で立てられたので、新年に神社で推しの幸せをお願いしたら、翌日異世界に飛ばされた話。無事、推しとは会えましたが、同居とか無理じゃないですか。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

処理中です...