理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

理想のお祖父さま 1

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 ようやく服を着替え終え、結奈は重力から少し解放された気分でいる。
 さっきまで着ていたドレスが、やたら重かったからだ。
 
(それにしても……これが私なのか~……実物とは違うなぁ。若返ってるっていうのもあるけど、かなり修正入ってるよね。だって、かわいいもん)
 
 鏡に映った自分を、まじまじと見つめる。
 背中まである艶々ストレートの黒髪に、同じ色の大きな瞳。
 まつ毛は長く、鼻も小さくてツンと高い。
 ふんわり赤い唇は、ふっくらしている。
 どこのアイドルに出しても恥ずかしくないくらいの容姿だ。
 
(17、8歳くらい? 目が黒で良かったよ。肌は、だいぶ白いけど、日本人っぽいもんね)
 
 髪が黒なのには気づいていたが、目の色はこうして鏡の前に立つまでわからなかった。
 緑や青や茶色をした目に囲まれていたので、少し意外な気がしている。
 この夢での設定として、舞台は外国なのだろうと思っていたからだ。
 
(ま、外国の人でも黒目の人くらいいるか。サリーやマギーだって、あの王子様のビー玉みたいな感じとは違うしさ)
 
 髪にしてもサリーは赤毛、マギーは目に痛くない程度の金髪。
 マギーは瞳の色が濃い茶色なので、なんとなくウェルシュ・コーギーな雰囲気があって、かわいらしい。
 サリーにぴったりと寄り添っている姿も犬っぽく感じる。
 仲良くしたいところだが、まだ1度も目を合わせてもらえていなかった。
 屋敷にいる全員から嫌われているらしきことを思い出し、溜め息をつきたくなる。
 
(ヤだなぁ……自分のウチがアウェイなんて寂し過ぎるよ~……)
 
 結奈には、家とは「ウチ」であり、家人は身内との意識が強い。
 両親の実家で過ごした時のように、わいわい楽しく過ごしたかった。
 身内との気兼ねのないつきあい、という部分については願望が反映されているのかもしれない。
 
(嫌われてなけりゃね……さすが夢って思うトコだけど)
 
 中途半端な反映具合だなと、我ながら呆れる。
 夢は、結局、自分が見せているものだ。
 
(無意識に、お金持ちになりたいとか、我儘したいとか、誰に嫌われても平気だぜ!とか、思ってたのか、私は……?)
 
 違和感しかないけれど、そうでなければこんな夢にはならないと思える。
 とはいえ、オリジナルとも言える「殺人鬼シリーズ」の夢は、もう少し現実に近かった。
 別バージョンなのはともかく、これほど違うのは初めてだ。
 
「お疲れのご様子ですね」
「まぁ……うん……」
 
 つい「はい」と言いそうになる。
 サリーは結奈を知っていても、結奈はサリーを知らない。
 知らない人を相手に、友達言葉を使うことには抵抗があった。
 いきなり馴れ馴れしさ全開というのは、結奈の気質に合わないのだ。
 
 かと言って敬語を使えば「使用人云々」と言われる。
 使用人という言葉の響きは、どうにも好きになれない。
 受け入れがたくて拒否反応のような感覚をいだいてしまう。
 
 夢の中で、そういう設定だとしても、だ。
 
 だから、友達言葉に抵抗感はあれど、敬語にならないように気をつけていた。
 また「使用人ですから」と言われることだけは避けたい。
 メンタルがやられる。
 
(お互いタメ口ならいいんだけどさ。今の私の歳だと、サリーより年下なんだろうし……姫さま呼びもやめてほしいくらいなのになぁ)
 
 無理なのは、わかっている。
 彼女たちは、いわば従業員で、自分は社長の娘とでもいう立場。
 普通に話そうよ、と言っても通るはずがない。
 まだしも現代日本なら通るかもしれないが、貴族的社会では無理なのだろう。
 印象でしかなくても、それはわかる。
 
(主従関係? そういうのに、うるさそうだよね、お貴族サマってさ)
 
 ふと、あの王子様の顔が思い浮かんだ。
 思わず、うえーと言いかけた。
 王族やら貴族やらの「普通」があれなら、自分はとても「普通」にはなれそうにないなと思う。
 
「お茶になさいますか?」
 
 言われると飲みたくなった。
 お茶でも飲んで、ひと息つきたい。
 
(そういえば、夢って味覚どうだったっけ? おいしいとか、お腹いっぱいとか、わかるんだっけか?)
 
 夢の中では痛みを感じないというが、意外とそうでもないのだ。
 殺人鬼と闘っている時に頭をぶつけて痛かった覚えがある。
 寝返りの際、ベッド横の壁に頭をぶつけていたというのがオチだったけれど。
 
 つまり現実世界で痛いことがあれば、夢でも痛みを感じるということ。
 夢か現実かの判断基準とするには、少しばかり弱い。
 
(とりあえず、飲んでみればわかるよね)
 
 夢で味覚があるのかどうかはともかく、喉は渇いている気がした。
 嫌な夢に寝汗を大量にかき、現実世界でも喉の渇きを感じているのかもしれない。
 
「うん、お茶にしよう」
 
 答えると、サリーとマギーが、そろって頭を下げる。
 頭を下げられた意味はよくわからなかったが、深くは考えなかった。
 2人が結奈に背を向けたからだ。
 部屋から出る2人の後ろについて結奈も部屋を出る。
 
「えっ?!」
「は…っ?!」
 
 サリーの驚いたような声に、結奈も疑問符つきで声をあげる。
 立ち止まったサリーと、しばし見つめ合った。
 
「あの……姫さま……」
 
 戸惑いを隠しきれていないサリーの表情に、結奈も同じく戸惑う。
 なぜサリーが戸惑っているのかが、わからなかった。
 
「お茶は……お部屋にお持ちいたしますが……?」
 
 がーん。
 頭に、そんな擬音が浮かぶ。
 
(ヤだよお! こんな趣味悪い部屋で1人でお茶なんて絶対に嫌だ! 落ち着かないし、寂しいじゃんか! 夢でまで、ぼっちになりたくないよー!)
 
 3年前、両親を事故で失った。
 それから1人暮らしを始めたのだが、3年経っても未だ慣れず。
 職場で人に囲まれている時はともかく、部屋に帰ると、いつも寂しかった。
 
 大学に行く際、地元を離れたせいで地元の友達とは疎遠になり、就職で地元に帰ったため大学時代の友達とも疎遠になっていた。
 結奈は派遣社員として働いていて、同じ職場に長く務めることもない。
 結果、友達らしい友達はいないのだ。
 
 あげく恋人もいないときている。
 27歳にもなって、と笑われるかもしれない。
 それでも家で家族と過ごしていた時間が恋しかった。
 
 ふにゃん、と顔が歪む。
 
 屋敷には大勢の人がいるはずなのに、誰も自分とは居てくれないのか。
 大人になっても、寂しいものは寂しいのだ。
 なんとか誰かと一緒にお茶ができないものかと考える。
 視線を階下に向ければ、そこに執事の姿が見えた。
 
 執事という立場上、頼めば一緒にお茶くらいしてくれるかもしれない。
 けれど、それはそれで迷惑になる。
 寂しい気持ちと、傍迷惑さを天秤にかけている時だった。
 
「レティ!」
 
 声がどこからともなく聞こえてくる。
 すぐに声の主が姿を現した。
 
「本当に帰ってきたんだね」
 
 階下から結奈を見上げてくる男性。
 見た瞬間、足先から頭のてっぺんまで、ビビビビーンと電気が走る。
 
(かかかかかかかか、カッコいいッ!! 誰あれっ?! めちゃくちゃカッコいいんですケドおぉおおッ!!)
 
 漆黒の髪に黒い瞳。
 切れ長なのに少し垂れ目の奥二重。
 鼻筋がすうっと高く通っていて、唇は形の良い薄さ。
 
 本当に、クラッときた。
 
 もう目がそらせない。
 頭の中は、1人花火大会。
 
(ヤバい! 超好み! 超タイプ! 超優しそう!)
 
 すべてに「超」をつけてしまうくらいテンションMAX。
 なにしろ、まさに「理想の男性」が目の前にいる。
 
「レティ」
 
 両手を広げる姿に、結奈はなにも考えられなくなり、そして。
 
 手すりを飛び越え、ジャンプした。
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