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第1章 暗い闇と蒼い薔薇
理想のお祖父さま 2
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軽い口調とともに孫娘を受け止める。
口調は軽いものだったが、内心では感動を覚えていた。
十年近くも疎遠になっていた孫娘が、自分の腕に飛び込んできたのだ。
こんなふうに抱きしめたのも十年ぶりだろうか。
「おかえり、レティ」
「た、ただいま……」
きらきらした瞳が自分を見つめている。
そこに拒絶の色はない。
大きくて黒い瞳。
自分の血を受け継いでいる証拠だ。
息子であるアイザックには出なかったのに、1世代飛び越えて孫娘にあらわれた特別な血の証。
レティシアが、それを知ったのは7歳の誕生日を迎える少し前。
以来、憎まれてきた。
それも当然だと思っている。
望んでもいないのに、彼女は自分の孫娘だというだけで重荷を背負わされたのだ。
自分がこんな血を持っていなければ「普通」でいられただろうに。
けれど、腕の中にいるレティシアの瞳に憎しみはない。
安堵と喜びが胸に満ちる。
ぎゅっと抱きしめれば、ぎゅっと抱きしめ返された。
軽く髪に唇を押しつける。
「本当に……思いとどまってくれて良かった。私のかわいい孫娘」
腕の中で、レティシアがパッと顔をあげた。
目をしばたたかせ、それから照れたように笑う。
なんとも愛くるしい表情だった。
「だって……好みじゃなかったから……」
言葉に、思わず吹き出す。
いったいどんな理由で辞退したのだろうと思いながら、屋敷まで来た。
あれこれと考えはしたが、どれも不正解だったようだ。
まさか「好みではない」なんて理由で正妃の座を蹴ったとは。
艶やかな髪を撫でながら、にっこりと微笑む。
「そうか、殿下はお前の好みではなかったのだね」
「うん。見た目も性格も好みじゃない。結……婚姻なんて絶対ムリ」
今度は声をあげて笑ってしまった。
王太子を思い出してか、レティシアが顔をしかめたからだ。
笑われたことに照れたようで、レティシアの頬が赤くなる。
「私は……おじいち……お祖父さまみたいな黒い髪と目が好き」
驚いて、口が自然に閉じていた。
じっと見つめると、レティシアが不思議そうに見つめ返してくる。
疎遠にはなっていたが、孫娘のことはいつも気にしていた。
定期的にグレイから報告も受けている。
そのほとんどが良い話ではなく、それが事実だとも知っていた。
ジョシュア・ローエルハイドは特別な力を持っている。
その力を持ってすれば、離れて暮らしている孫娘の動向を見守ることもできたのだ。
グレイからの報告は客観的な意見を求めるために過ぎなかった。
その結果から総合的に判断すれば、確かに嫌われるだけの理由はある。
彼女はすっかり変わってしまったと思わざるを得なかったのだけれど。
今、レティシアの瞳に嘘はない。
なぜか、そう確信できる。
口元を緩め、わざと首をかしげてみせた。
「そうかい?」
「そうだよ! お、お祖父さま、すっごくすっごく素敵だと思う!」
一生懸命に言い募るレティシアは、とても愛らしい。
なにがあったかは後で聞くことにして、今は胸に広がる喜びと愛情を態度で示すことにする。
「お前も、とてもかわいいよ、レティ」
言って、額に軽くキスをした。
レティシアは嫌がることもなく、より一層、瞳を輝かせる。
が、ぱちんとまばたきひとつ。
スイッチが切り替わったように表情が変わった。
「わ、私……さっき……あんなところから飛び降りて……ごめんなさい……行儀が悪いというか……あの……お祖父さま……大丈夫だった……?」
申し訳なさそうに上目遣いで見上げてくる姿に、ますます孫娘が愛おしくなる。
口元に笑みを浮かべ、安心させるために頭を撫でた。
「あれくらい、どうということもないさ。愛しい孫娘を受け止められないようでは、お祖父さま失格だろう?」
ぱぁっとレティシアの表情が明るくなる。
それを見て、彼の心も暖かく満たされた。
元魔術騎士、ジョシュア・ローエルハイド。
彼は魔術師としても騎士としても、他に類を見ないほどの力を持っている。
上階から飛び降りてきた16歳の孫娘を受け止めるなど容易なことだ。
彼女が正妃選びの儀を辞退したと聞き、急ぎ屋敷を訪れたが、歓迎されるとは思っていなかった。
自分の姿を目にしたとたん、自室に引きこもってしまう可能性のほうが高いと覚悟していた。
だから、たとえ容易でなかったとしても、自分の胸に飛び込んでくるレティシアを受け止め損なったりはしなかっただろう。
自分を見上げてくる瞳、抱きしめ返してくれた腕。
この先、どんななにがあっても、この愛しい孫娘を守ると心に誓う。
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