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第1章 暗い闇と蒼い薔薇
理想のお祖父さま 3
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ここにきての、さらなる大どんでん返し。
目の前に理想の男性がいる、夢だけど。
しかも大事にされている、夢だけど。
その上どうやら血縁関係者、夢だけど。
(いいよ、夢でも! これが夢ってもんだよ。こんな人、現実にいないもん!)
結奈は、ぽ~としながら「祖父」を見上げる。
執事の男性よりも背が高かった。
抱きしめられると、顔が胸にうずまる。
全身をすっぽりつつまれる感じになり、とても居心地がいい。
(そーれーに~、なんたって、このポジションが最高! 祖父と孫!!)
常々よく聞く話では、祖父や祖母は孫という存在にベタ甘だという。
実の子と違い、責任がないからなのだそうだが、甘やかし放題らしいのだ。
とにかく「孫はかわいい」とのこと。
孫側も両親より祖父や祖母のほうが甘えやすい。
なにしろ怒られることが、めったにないのだから。
結奈も祖母が存命中は、よく甘えていた。
祖父はいなかったので、どういう雰囲気なのか知らずにいたが、仏壇前の写真を見るたび、会ってみたかったと思っていたのだ。
もちろん、その祖父と目の前にいる祖父は、まったくの別人。
それでも祖父は祖父、甘えることが許される存在には違いない。
(ビバ、お祖父さま!! ビバ、孫娘!!)
アウェイの中で、この存在の登場が嬉しかった。
おまけに結奈の理想そのものなので、よけいに嬉しくなる。
男性としてだとか恋愛対象だとかいうものとは似て非なる感覚があった。
絶対的な味方。
無条件の信頼。
もとより結奈は、どちらかといえば恋より家族を優先させてきた。
どっちが大事かと問われれば、間違いなく「家族」と答えられる。
繰り返し頭を撫でてくれる手も優しくて心地いい。
少し前までの憂鬱でうんざりした気分は消し飛んでいた。
(お父さん……お父さま?も若かったけど、お祖父さまとは思えないくらい若いなぁ。童顔ってこともないし……私のお祖父さまということは40代か50代なのは確かだよね……でも、見えない! 全然、見えないよー!)
結奈の印象では、30代中盤くらいに見える。
お祖父さまとの響きにある老人風なイメージとは、ほど遠い。
髪もフサフサ、がっしりした体格、顔に年代的なしわもなかった。
現実の結奈は27歳、年下より年上が好み。
ファザコンの気があったせいか、十歳程度なら余裕でストライクゾーン。
実年齢はともかく、そこでも祖父は、がっつり理想にあてはまっている。
そんな相手が祖父なのだ。
甘えたい放題なのだ。
結奈がなにをしなくても愛してくれる存在。
それは両親以外にはいない。
が、両親はすでに他界している。
暖かくて、ただ楽しかった家族団らんの記憶が頭をよぎった。
本当に楽しくて、幸せだった。
失って初めて気づくというのは真実だ。
あたり前にあったものがなくなる。
1人の部屋で結奈は、あの時間がどれほど大事だったかを知った。
うっかり泣いてしまいそうになるのをこらえ、祖父の胸に顔をうずめる。
そして、あまりに当然過ぎて、2人には言えなかった言葉を口にした。
「お祖父さま、大好き」
言える時に言っておかなければ、突然、言えなくなることだってあるのだ。
明日が必ずいつもどおりにやってくると、保証されていないのと同じ。
いつ目覚めるかわからない、これは夢。
起きてしまえば、この「お祖父さま」には二度と会えない。
祖父が自分を大事に思ってくれている気持ちが、ひしひしと伝わってくる。
たとえ夢でも、この愛情は「本物」だ。
この3年間、途切れていた無償の愛に、結奈は飢えていた。
(なんか……起きなくてもいい気してきた……もっともっとロングストーリーでもいいかも)
祖父登場により、気持ちが真逆に転換されている。
ほかのどんな嫌なことも、祖父さえいれば帳消しにできると思えたからだ。
「……私も、お前が大好きだよ、レティ」
近年、稀に見るほどの「超」がつくほどの幸せ。
夢というのは、こういう時に限って目覚めるものだが、今はひとまずそんな気配は感じられない。
そのことにホッとする。
これほど幸せな夢から目覚めてしまったら、どんなにがっかりするだろう。
起きた時の落胆を想像すると怖いほどだ。
(……このまま、この夢の中にいられるんなら……永眠でも……)
うっかり、そんなことも考えた。
職場の人間関係は良好だけれど、特別に親しい人はいないし、恋人もいない。
友達とはイベントごとにメッセージや電話のやりとりがあるだけ。
だから、さほど「現実」は結奈を引き止めはしないのだ。
「それじゃあ、レティ」
え?と首をかしげる。
祖父が体を離し、結奈の頭をゆっくりと撫でた。
「私は帰るよ」
は?と、頭の中が一瞬にしてハテナで埋まった。
同時に本音が口から飛び出す。
「お祖父さま、帰っちゃうのっ?!」
現実世界でも父方、母方の実家は別にあり、いずれは「帰宅」しなければならなかった。
結奈たちの訪問は、あくまでも「帰省」に過ぎなかったからだ。
祖父や祖母と一緒に暮らしていないのは、めずらしくもないことなのに。
全力で引き止めたい。
体を返しかけていた「お祖父さま」が振り返る。
すかさず飛びついた。
「今日はレティの顔を見にきただけなのだけれどね」
無言の圧力をかけてみる。
黙って首を横に、フルフルと振った。
(あ、あざといかな……でもさーでもさー……帰ってほしくないんだよー!)
我儘をしている自覚はある。
それでも、それが「孫特権」ではなかろうか。
ここで通じるかどうかはともかく。
「グレイ、ザックとフラニーは?」
お祖父さまは執事のほうに顔を向けて、そう聞いた。
祖父を引き止めるのに必死ではあったが、頭の隅っこで「あの執事さん、グレイっていうのか」などと思う。
「お2人とも本日はお帰りになれないでしょう」
さも当然とばかりのグレイの返事に、ハッとなった。
よもや、まさかと嫌な予感にとらわれる。
「まぁ、そうだろうね」
祖父の答えも「当然」との響きがあった。
とはいえ、グレイのような冷たさはない。
「原因」となったであろうことについて、どうでもいいと思っているような口ぶりだ。
「あ、あの……やっぱり私が、アレを辞退したから……だよね……?」
事情がわかっているふうのグレイに視線を移し、聞いてみる。
とたん、顔をしかめられた。
またブリザードにさらされる。
「もちろん、旦那様と奥様は……」
「グレイ」
咎めるというほどではないが、祖父の声音に固さが滲んでいた。
グレイも察したのか、すぐに口を閉じる。
それを確認してから、祖父は結奈に視線を戻した。
やわらかい雰囲気が結奈をつつむ。
「お前が気にする必要はないよ。2人も喜んで、後始末をしているさ」
「後始末……」
そう聞くと、やはり申し訳ない気持ちになった。
あの時は「誰にも迷惑はかからない」と思って辞退したが、実際には両親に迷惑をかけている。
さっき名前の出た「ザック」は父親で、「フラニー」は、おそらく母親か、それに準ずる人のことだろう。
父親に側室や愛妾がいるのかはわからないし、できればいてほしくはない。
が、貴族の風習ならば、そういうこともありえるのだ。
それに、今、問題なのは、自分が人に迷惑をかけたということ。
「いいかい、レティ」
頬へとあてられた手に、思わず顔を上げる。
祖父の瞳は、どこまでも優しかった。
「私も、お前の両親も、お前が殿下の正妃なることを望んではいないのだよ。お前の選択は正しかったのだし、気に病むことはなにもない」
目の前に理想の男性がいる、夢だけど。
しかも大事にされている、夢だけど。
その上どうやら血縁関係者、夢だけど。
(いいよ、夢でも! これが夢ってもんだよ。こんな人、現実にいないもん!)
結奈は、ぽ~としながら「祖父」を見上げる。
執事の男性よりも背が高かった。
抱きしめられると、顔が胸にうずまる。
全身をすっぽりつつまれる感じになり、とても居心地がいい。
(そーれーに~、なんたって、このポジションが最高! 祖父と孫!!)
常々よく聞く話では、祖父や祖母は孫という存在にベタ甘だという。
実の子と違い、責任がないからなのだそうだが、甘やかし放題らしいのだ。
とにかく「孫はかわいい」とのこと。
孫側も両親より祖父や祖母のほうが甘えやすい。
なにしろ怒られることが、めったにないのだから。
結奈も祖母が存命中は、よく甘えていた。
祖父はいなかったので、どういう雰囲気なのか知らずにいたが、仏壇前の写真を見るたび、会ってみたかったと思っていたのだ。
もちろん、その祖父と目の前にいる祖父は、まったくの別人。
それでも祖父は祖父、甘えることが許される存在には違いない。
(ビバ、お祖父さま!! ビバ、孫娘!!)
アウェイの中で、この存在の登場が嬉しかった。
おまけに結奈の理想そのものなので、よけいに嬉しくなる。
男性としてだとか恋愛対象だとかいうものとは似て非なる感覚があった。
絶対的な味方。
無条件の信頼。
もとより結奈は、どちらかといえば恋より家族を優先させてきた。
どっちが大事かと問われれば、間違いなく「家族」と答えられる。
繰り返し頭を撫でてくれる手も優しくて心地いい。
少し前までの憂鬱でうんざりした気分は消し飛んでいた。
(お父さん……お父さま?も若かったけど、お祖父さまとは思えないくらい若いなぁ。童顔ってこともないし……私のお祖父さまということは40代か50代なのは確かだよね……でも、見えない! 全然、見えないよー!)
結奈の印象では、30代中盤くらいに見える。
お祖父さまとの響きにある老人風なイメージとは、ほど遠い。
髪もフサフサ、がっしりした体格、顔に年代的なしわもなかった。
現実の結奈は27歳、年下より年上が好み。
ファザコンの気があったせいか、十歳程度なら余裕でストライクゾーン。
実年齢はともかく、そこでも祖父は、がっつり理想にあてはまっている。
そんな相手が祖父なのだ。
甘えたい放題なのだ。
結奈がなにをしなくても愛してくれる存在。
それは両親以外にはいない。
が、両親はすでに他界している。
暖かくて、ただ楽しかった家族団らんの記憶が頭をよぎった。
本当に楽しくて、幸せだった。
失って初めて気づくというのは真実だ。
あたり前にあったものがなくなる。
1人の部屋で結奈は、あの時間がどれほど大事だったかを知った。
うっかり泣いてしまいそうになるのをこらえ、祖父の胸に顔をうずめる。
そして、あまりに当然過ぎて、2人には言えなかった言葉を口にした。
「お祖父さま、大好き」
言える時に言っておかなければ、突然、言えなくなることだってあるのだ。
明日が必ずいつもどおりにやってくると、保証されていないのと同じ。
いつ目覚めるかわからない、これは夢。
起きてしまえば、この「お祖父さま」には二度と会えない。
祖父が自分を大事に思ってくれている気持ちが、ひしひしと伝わってくる。
たとえ夢でも、この愛情は「本物」だ。
この3年間、途切れていた無償の愛に、結奈は飢えていた。
(なんか……起きなくてもいい気してきた……もっともっとロングストーリーでもいいかも)
祖父登場により、気持ちが真逆に転換されている。
ほかのどんな嫌なことも、祖父さえいれば帳消しにできると思えたからだ。
「……私も、お前が大好きだよ、レティ」
近年、稀に見るほどの「超」がつくほどの幸せ。
夢というのは、こういう時に限って目覚めるものだが、今はひとまずそんな気配は感じられない。
そのことにホッとする。
これほど幸せな夢から目覚めてしまったら、どんなにがっかりするだろう。
起きた時の落胆を想像すると怖いほどだ。
(……このまま、この夢の中にいられるんなら……永眠でも……)
うっかり、そんなことも考えた。
職場の人間関係は良好だけれど、特別に親しい人はいないし、恋人もいない。
友達とはイベントごとにメッセージや電話のやりとりがあるだけ。
だから、さほど「現実」は結奈を引き止めはしないのだ。
「それじゃあ、レティ」
え?と首をかしげる。
祖父が体を離し、結奈の頭をゆっくりと撫でた。
「私は帰るよ」
は?と、頭の中が一瞬にしてハテナで埋まった。
同時に本音が口から飛び出す。
「お祖父さま、帰っちゃうのっ?!」
現実世界でも父方、母方の実家は別にあり、いずれは「帰宅」しなければならなかった。
結奈たちの訪問は、あくまでも「帰省」に過ぎなかったからだ。
祖父や祖母と一緒に暮らしていないのは、めずらしくもないことなのに。
全力で引き止めたい。
体を返しかけていた「お祖父さま」が振り返る。
すかさず飛びついた。
「今日はレティの顔を見にきただけなのだけれどね」
無言の圧力をかけてみる。
黙って首を横に、フルフルと振った。
(あ、あざといかな……でもさーでもさー……帰ってほしくないんだよー!)
我儘をしている自覚はある。
それでも、それが「孫特権」ではなかろうか。
ここで通じるかどうかはともかく。
「グレイ、ザックとフラニーは?」
お祖父さまは執事のほうに顔を向けて、そう聞いた。
祖父を引き止めるのに必死ではあったが、頭の隅っこで「あの執事さん、グレイっていうのか」などと思う。
「お2人とも本日はお帰りになれないでしょう」
さも当然とばかりのグレイの返事に、ハッとなった。
よもや、まさかと嫌な予感にとらわれる。
「まぁ、そうだろうね」
祖父の答えも「当然」との響きがあった。
とはいえ、グレイのような冷たさはない。
「原因」となったであろうことについて、どうでもいいと思っているような口ぶりだ。
「あ、あの……やっぱり私が、アレを辞退したから……だよね……?」
事情がわかっているふうのグレイに視線を移し、聞いてみる。
とたん、顔をしかめられた。
またブリザードにさらされる。
「もちろん、旦那様と奥様は……」
「グレイ」
咎めるというほどではないが、祖父の声音に固さが滲んでいた。
グレイも察したのか、すぐに口を閉じる。
それを確認してから、祖父は結奈に視線を戻した。
やわらかい雰囲気が結奈をつつむ。
「お前が気にする必要はないよ。2人も喜んで、後始末をしているさ」
「後始末……」
そう聞くと、やはり申し訳ない気持ちになった。
あの時は「誰にも迷惑はかからない」と思って辞退したが、実際には両親に迷惑をかけている。
さっき名前の出た「ザック」は父親で、「フラニー」は、おそらく母親か、それに準ずる人のことだろう。
父親に側室や愛妾がいるのかはわからないし、できればいてほしくはない。
が、貴族の風習ならば、そういうこともありえるのだ。
それに、今、問題なのは、自分が人に迷惑をかけたということ。
「いいかい、レティ」
頬へとあてられた手に、思わず顔を上げる。
祖父の瞳は、どこまでも優しかった。
「私も、お前の両親も、お前が殿下の正妃なることを望んではいないのだよ。お前の選択は正しかったのだし、気に病むことはなにもない」
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