理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

楽しい勉強会 3

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 自分の祖父が「英雄」と呼ばれるほどの人だったなんて知らなかった。
 ここでの結奈の記憶は、あの王宮から始まっているので、それ以前の設定など知らなくてあたり前なのだけれど。
 
(うすぼんやりでも記憶的なものがあったら良かったのにー! 国の英雄、しかも自分の祖父のことを知らないって、無知過ぎるわ! 記憶喪失説やっとくべきだったわ! 恥ずかし過ぎるだろー!)
 
 ああ、情けない。
 
 本当に、ここでの自分にはがっかりする。
 現実の祖父についてだって、もう少し知っていた。
 両親からそれぞれ「こういう人でこういう職業だった」など、ひと通りのことは聞かされていたからだ。
 ブツ切れの記憶ではいたしかたないのだが、それにしてもあんまりだと思う。
 
「うん、勉強しよう。これからでも遅くないよ。お祖父さまのこと、ちゃんと知っときたいし」
 
 グレイに、キリッと視線を合わせる。
 なぜかグレイは顔をひきつらせていた。
 
(こんな真面目そうな顔して、マジです、とか言っちゃうんだよな)
 
 それは結奈のせいだ。
 自覚はあるものの、面白過ぎて、つい笑いそうになる。
 執事然とした姿と態度、対して「マジ」という言葉は不似合い。
 
 だが、そこがいい。
 
 なんとなく親近感がわく。
 それこそなにかに「取り憑かれた」ように、砕けまくってみたのが良かったのかもしれない。
 グレイからのブリザードが、少し弱まった気がするのだ。
 
 サリーの氷の瞳も、ちょっぴり融けていると感じる。
 今のところは良い傾向だと思えた。
 少しだけれど仲良くなれた気もしていて、砕けた口調への抵抗感も薄まってきている。
 
「あ、あー!!」
 
 びくう!と、2人が体を震わせた。
 が、結奈はおかまいなし。
 思い立ったことで頭がいっぱい。
 
「その伝記とかにさ、挿絵とかもあるんじゃない?!」
 
 学校の歴史の本でも、有名人の写真や似顔絵が挿し込まれていた。
 祖父の若かりし頃の姿を見られるのでは、と期待に胸がふくらむ。
 
「書物の類に挿絵はございません」
「ぇえ~……そうなんだ……お祖父さまの若い時の姿……今でも若いけど……」
 
 この世界には「姿を残す」という文化はないのか。
 がっかりして、肩を落とした。
 
「挿絵はございませんが、お屋敷で撮られたお写真ならございますよ?」
「えッ?」
「マジです」
 
 いやっほうっ!と声をあげ、オリジナルダンスを踊りたくなるのを、なんとかこらえた。
 さすがに怪し過ぎる、との理性が働いたのだ。
 
「なら、文献とかと一緒に写真も持ってきてほしいんだけど、頼んでいい?」
「……かしこまりました」
 
 結奈が話しかけるたび、いちいちグレイは奇妙な表情を浮かべる。
 現代用語に戸惑っているのかもしれないと思いはすれど、結奈だって貴族言葉など知らないのだ。
 
 せいぜい「今日もいい天気でございますわね、オホホ」などという会話をしていそうだ、との印象があるだけだった。
 とはいえ、そんな会話はできそうにないし、したくもない。
 開き直っている結奈としては、このまま、できるだけ現代言葉で押し通すつもりでいる。
 
(グレイもサリーも身内なんだし、そんな気負って話すことないよね)
 
 少しとはいえ仲良くなってきた気分でいるため、結奈の家人に対する身内意識も高まっていた。
 親しき中にも礼儀あり。
 もちろん気を遣わないというのではないが、気を遣い過ぎる必要もないのが、身内ならではだ。
 
「姫さま、食後のデザートがまだですが、取りやめますか?」
「いやいやいや、もったいないから食べる!」
「それでは……」
「待って、サリー!!」
 
 今、確実にサリーは「部屋にお運び」しようとしている。
 せっかくの良い流れを断ち切られては、取り憑かれたように開き直った甲斐がない。
 
「こ、ここ! ここでデザート食べながら勉強したいんだけども!」
「ですが、姫さま、こちらは使用人の行き来もございますし、気が散るのではないでしょうか? よろしければ書斎に……」
 
 ぐわっと叫びそうになった。
 貴族の屋敷だ。
 書斎ぐらいあると、想定できてしかるべき。
 本好きの結奈としても興味はあるが、だがしかし。
 
「いやぁ、ここでいいよぉ。てゆーか、ここがいいなぁ。わからないとこは、サリーやグレイに聞きたいし。気が散るなんて、ないない!」
 
 1人ぼっちで書斎に押し込められるなんて、子供が押し入れに閉じ込められるのと同じくらいの「おしおき」だ。
 
「ここでの勉強はNGっていう規則でもあるの?」
 
 なんとか阻止しようと結奈は必死になる。
 サリーを困らせているのは重々承知の上。
 心苦しさを振り切っての、あらんかぎりの説得。
 
「エヌジー……」
「えーと、ダメっていう意味だよ」
「……NGという規則はございません」
「なら、ここでやっていい?」
 
 サリーが渋々といった様子でうなずいた。
 心の中で、自分に拍手喝采。
 結奈としては、相当に頑張った結果なのだ。
 
「では、資料など、お持ちいたします」
「おっ願いしまーす!」
 
 グレイの言葉に、ウキウキるんるん。
 祖父の経歴を知ることもできるし、写真も見られるし、1人で過ごさなくていいし。
 
 素晴らし過ぎる展開だった。
 その時、不意に後ろでガシャンと音がする。
 びっくりして、音のしたほうへと顔を向けた。
 
「マリエッタ!」
「も、申し訳ありません!」
 
 サリーの横に立っていた、マギーとは違う女性、というより女の子。
 今の自分より歳は下だろうか。
 見れば、小さなテーブルに置かれた花瓶が倒れている。
 たぶん彼女がぶつかったのだろう。
 
「だ……」
 
 マリエッタと呼ばれた女の子に「大丈夫?」と声をかけようとした。
 その言葉に、サリーの声がかぶさる。
 
「ここは私が片付けますから、あなたは姫さまのデザートとお茶の用意をしておきなさい」
 
 サリーの口調は、かなり厳しいものだった。
 貴族の屋敷ともなると、そういうものなのかもしれないとは思う。
 思うけれども。
 
(そんな厳しくしなくてもいいのになぁ。カフェの新人さんでも、あんなにキツく叱られないと思うんだけど……)
 
 結奈は貴族社会とは縁もゆかりもない現代日本で生活してきてきた。
 職場で厳しい人はいくらでもいるけれど、花瓶を倒したくらいであんなに叱る人はめずらしいと思える。
 マリエッタは体を小さくして、足早に食堂から出て行った。
 
(……かわいそう……でも、私が口をはさむのも違うか)
 
 職場での上下関係には順序というものがある。
 サリーはマリエッタの直属の上司なのだろう。
 それを飛び越えて、結奈があれこれ言うことはできない。
 
 さりとて、生来の世話焼き症候群がうずく。
 マリエッタをフォローしたくてたまらなかった。
 あとで声をかけてみようか、などと思ってしまう。
 
「お待たせいたしました」
 
 グレイが戻ってきたおかげで、微妙な空気が断ち切れる。
 目の前に、ドサリと大量の本や資料が置かれた。
 
「こんなにあるんだ!」
「はい。目を通すだけでも大変かとは存じ……」
「全然、平気! むしろ、どんと来~いってもんだよ!」
 
 久しぶりの本、しかも憧れの布表紙本に、結奈は目をきらきらさせる。
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