理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

副魔術師長の腹の中 2

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 そろそろ王太子は女性との関係を清算している頃だろう。
 視えているわけではなくとも、わかる。
 王太子は彼が育てたようなものだからだ。
 
 副魔術師長、サイラス。
 
 彼にあるのは、その名だけだった。
 家名は持っていない。
 理由は、彼が王宮魔術師だから、という簡単なもの。
 
 王宮魔術師は爵位を持てない。
 
 つまり、貴族にはなれないのだ。
 元は貴族階級であったサイラスも王宮魔術師となった際に、その地位を返上している。
 魔術師の力は、それが些細なものであっても危険とされていた。
 魔力を持つ者と持たざる者との差は大きい。
 ゆえに、貴族とのバランスを取るため、その力とは真逆に地位を落とされている。
 
 不満を持つ魔術師もいるが、サイラスにとってはどうでもよかった。
 目に見える地位など、たかが知れている。
 見えないところにいるほうが、むしろ「権力」を手に入れやすい。
 ひとたび権力を握ってしまえば、あとはどうとでもなるのだ。
 
 そして、サイラスは国を動かせる力など欲してはいなかった。
 もっと別の、魔術師であるからこそ渇望せずにいられないものがある。
 
 絶大なる魔力。
 
 あのジョシュア・ローエルハイドのような力がほしい。
 それを手にするため、サイラスは、したくもない努力をし続けていた。
 
 15歳で王宮に魔術師として仕えはじめて、22年目。
 欲しいものが手のとどくところにぶらさがっている。
 なんとしてもつかみ取らなければならないと思っていた。
 この機会を逃せば、2度と手に入れられないだろうから。
 
 どんな障害も跳ねのけてみせる。
 たとえ、それがジョシュア・ローエルハイドであっても。
 
 サイラスは口元に皮肉じみた笑みを浮かべる。
 自分を駆り立てているのが、彼であると知っていた。
 あの日のことは、今でも目に浮かぶ。
 
 まばゆい光と、空から落ちてくる大量の星。
 
 どんなにか美しかったか。
 体中が震え、涙がこぼれた。
 これほどなのか、と思った。
 
 魔術師とはこれほどの力を持てる存在なのかと、感動に打ち震えたのだ。
 それまで持っていた、魔術師は冷遇されてもしかたのない者だとの認識が、くつがえった瞬間でもある。
 サイラスは、胸を焦がすほどジョシュア・ローエルハイドに憧れた。
 彼こそが、世界を統べる存在になるべきだと思った。
 
 にもかかわらず、彼は。
 
(あなたが世界の王にならないのであれば、私がなりますよ)
 
 この国ひとつなどという小さな世界ではなく。
 目に映るすべて、空さえも自分のものにする。
 
 サイラスは、魔術師には、それだけの力があると知ってしまった。
 知らなかった頃のように王宮勤めなどできはしない。
 さりとて、自分に彼ほどの力がないのも現実として受け入れている。
 ジョシュア・ローエルハイドの力は天賦てんぷの才というようなものだ。
 
 誰も真似はできないし、後天的に手にいれられるものでもない。
 だから、そこでの努力は無駄だとわかっている。
 同じ高見に行くためには、違う質の努力が必要だった。
 
(私も……あなたのように契約に縛られない身でありたかった)
 
 彼を絶対にして唯一の存在たらしめているもの。
 それが王族との「契約」に縛られていないことだ。
 魔術師は、ある一定の期間を過ぎると魔力が消える。
 なぜかはわからないが、大昔からそうだったらしい。
 
 そのせいで、長らく魔術師という存在は表に出てこなかった。
 魔力は子供の頃にある、ちょっとした病気、といった扱いだったのだ。
 変わったのは、ガルベリー1世が、この国をおこした時。
 
 そもそもなぜガルベリー1世は、この国を興せたのか。
 
 それまで、いくつもの小国同士が小競り合いを続けており、このあたりは国としてのていをなしてはいなかった。
 それを強大な力で、ガルベリー1世はひとつにまとめている。
 
(私たちの魔力を奪っているのが国王とは……皮肉な話ではないですか)
 
 500年以上経った今でも、その構図は変わっていなかった。
 ガルベリー王家の血筋を受け継ぐ者に、魔力は搾取され続けている。
 
 おそらくガルベリー1世は、その力を使ったに違いない。
 が、200年ほど前から「契約」によって、魔力は魔術師に返還されるようになった。
 1人で担うには大き過ぎる力だったからか、魔術師に返還して駒にするほうが効率的だったからかは、わからない。
 
 いずれにせよ、王宮魔術師が「魔術」を使えるのは、国王との契約ありきなのだ。
 国王から魔術師長へ魔力は垂れ流され、魔術師長は妥当と思われる量の魔力を副魔術師長に与える。
 魔術師長から与えられた魔力を、副魔術師長であるサイラスが下級の魔術師たちに分配していた。
 その大きな三角形の中でしか魔術師は魔術師でいられない。
 そして、魔力を必要とするがゆえに、国王との契約からは逃れられないのだ。
 
(王太子には、早く王位についてほしいものですね)
 
 王太子が国王になれば、必然的にサイラスは魔術師長となる。
 契約に縛られはするが、魔術師長だけは「分配」がない。
 一身に魔力を与えられる。
 しかも、契約後は国王であっても、それを破棄することはできないのだ。
 
 国王は与える者であり、魔力量の調整はできず、垂れ流すだけ。
 当然、サイラスは誰にも「分配」などするつもりはなかった。
 大勢の魔術師から搾取した魔力は、おそらくジョシュア・ローエルハイドにも匹敵する。 
 彼と同じ高見に行けるのだ。
 世界を統べる王になることもできる。
 
 それこそが、サイラスの望むいただき

 いつまでも「分配してもらう」立場でいる気はなかった。
 
(あの凡庸な男……国王のご学友というだけで今の地位にいる……)
 
 憎しみの炎が心でちらちらと揺れる。
 現魔術師長のジェスロをサイラスは憎んでいた。
 なんの取柄もない、凡庸な男だからだ。
 
 サイラスが王宮魔術師になった頃、ジェスロは上級魔術師となっていたが、目立つ存在ではなかった。
 物静かと言えば聞こえはいいが、サイラスの目には、ただの臆病者にしか映らない。
 最側近であるにもかかわらず、いつも後ろに控えている。
 国王に進言することもなく、政は宰相任せだ。
 
 国を支配する気がないのはかまわない。
 サイラスにだって、そんなものはない。
 
 が、その身に余りあるほどの魔力を国王から与えられているくせに、その力を振るおうとしないことに苛立つ。
 その上、いつもギリギリとしか思えない程度の魔力しかサイラスに分け与えないのだ。
 今は、下級魔術師に不満をいだかせるわけにもいかず、自分の魔力量を抑えて分配するはめになることすらあった。
 
 サイラスは野心家ではある。
 だが、仮にジェスロがジョシュア・ローエルハイドのような輝きを放つ存在であったならば、これほど憎まずにいられたかもしれない。
 
 なにもしないのではなく、なにもできない臆病者。
 
 それが、サイラスのジェスロにくだした結論だった。
 そんな者が、自分のほしいものを手にしている。
 ジョシュア・ローエルハイドと同じ高見にいる。
 憎くて憎くてたまらなかった。
 
(国王が退けば、あの男も王宮を辞し、魔力を失う……その時は……)
 
 あのきらめく星でジェスロを焼き尽くしてやりたい。
 
 星が流れ去ったあとの光景を思い出す。
 地面に倒れた敵兵たちは、真っ黒に焼け焦げていた。
 あの力がもうすぐ手に入るのだ。
 準備は着々と進んでいる。
 王太子はすでにサイラスの手の内にあった。
 
(あれは私の言うなりですからねぇ。まぁ、そのように育てましたし)
 
 自分のことを無条件に信じている王太子を思い、サイラスは冷たく笑う。
 育ての親など、したくもない努力の内のひとつに過ぎない。
 だが、その甲斐はあったと言えるだろう。
 
 王太子が王位につくのも時間の問題。
 
 サイラスにとって最も重要なのは、王太子が新国王になることだ。
 そう、なにがあろうと絶対に即位させなければならない。
 サイラスは、ふっと息をついた。
 すべてが順調だったのに、現状、不測の事態が起きている。
 
 ローエルハイドの孫娘。
 
 特別な、しかも危険を伴う手段を使ってまでサイラスは彼女に会った。
 彼女が16歳の誕生日を迎える、ほんの少し前だ。
 利己的で、冷淡であるという印象を受けた。
 王太子にも話したように、正妃になることを承諾していたのは間違いない。
 彼女は、ずいぶんと年上であるサイラスに敬意も示さず、横柄な口調で言ったのだ。
 
 『ローエルハイドの血がほしいだけでしょ? それはいいけど、面倒なことはお断りよ。子育ても、する気はないから、そっちで面倒を見るのね』
 
 正妃になるのを拒む様子も、世継ぎを生むことに対する抵抗感もないという口調に、嘘は感じられなかった。
 その上、彼女はサイラスに、したり顔でこうも言った。
 
 『どうせ、そのつもりだったのに、わざわざ確認に来るなんて馬鹿みたい』
 
 不躾な言葉に不快さを覚えたのを、はっきりと覚えている。
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