理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第2章 黒い風と金のいと

副魔術師長の布石 1

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 レティシアは、祖父と2人で、祖父の家にいる。
 あの件があり、早々に屋敷に帰って以来、半月後のことだ。
 祖父の造ってくれたベンチに腰かけている。
 用があったのではない。
 祖父が、家の様子を見に行くと言うので、一緒についてきた。
 
(馬車で3日かかるとこが……点門だっけ……それで、ひょいだもんなー)
 
 祖父だけなら、転移で、もっと「ひょい」なのだろう。
 レティシアには、魔力の耐性がほとんどない。
 そのため、たとえ即移のような強制的なものでなくとも、長距離の転移をすると、意識を失ってしまうのだ。
 だから、祖父は点門を使ってくれた。
 これは、その名の通り、門が開くので、魔力の影響を直には受けずにすむ。

 魔術にはいろんな種類や、それに伴う制約などがあった。
 が、レティシアは、そのほとんどを知らない。
 グレイ曰く「魔術師は、基本的に自分の使える魔術を人には教えない」のだそうだ。
 知られれば、当然に対応されてしまい、自らの命を危うくする。
 
(相手が、どんな技を持ってるかわかんないってなると、手あたり次第、覚えとかなきゃいけないってことだよね)
 
 移動の魔術だけでも何パターンもあるし、それぞれに制約が違っていた。
 攻撃や防御、治癒なども含めると、相当な数になりそうだ。
 レティシアは16歳だが、実年齢は27歳であり、社会人経験もある。
 派遣社員として、あちこちの職場に勤めていたので、そのたびに新しいことを覚える必要もあった。
 真面目な性格も手伝って、いくつになっても勉強だな、と思っている。
 
「うん、ちゃんと勉強しよう」
「なにをだい?」
 
 声に、振り向くと祖父が立っていた。
 手に、細長いグラスを持っている。
 中身はオレンジジュースのようだ。
 隣に座り、グラスをレティシアに渡してくれる。
 飲むと、やはりオレンジジュースだった。
 
「魔術のこと。少しは知っとこうと思ってるんだよ」
「レティは、魔術を使えるようになりたいのかい?」
 
 問いに、首を横に振る。
 知っておこう、とは思う。
 とはいえ、自分が使うことは、今のところ考えていない。
 
「使えたほうが便利なんだろうし、身を守るって意味でも役に立ちそうなんだけど……いきなりっていうのは、ちょっと……」
 
 火の危険を知らない子供がライターを使う、みたいな感じがする。
 だから、一足飛びに習得する気にはなれずにいた。
 ひと通りのことを勉強して、危険も把握してからでなければ、手をつけてはいけないのでは、と思う。
 祖父のように、指先ひとつでなんでもできる魔法使いに、憧れはするのだけれども。
 
「必ずしも覚えなくてはならないものでもないのだからね。無理をする必要はないのじゃないかな」
「ただ、なんにも知らないっていうのは、なんにもできないってことなんだなぁとは思ってるよ?」
 
 あの地下室で、何が起きていたかを、サリーから聞いていた。
 グレイは、本当に命をかけていたのだ。
 もし、囚われていたのがサリーで、地下室にいたのが自分だったら、と考える。
 グレイが、あのド変態じじいをやっつけてくれる。
 きっと、そう思って、サリーを探しに行ったに違いない。
 結果、グレイは命を失っていた可能性もある。
 
 魔術は、それを知っていても、発動後の動きを見なければ、何が使われているのか、わからない。
 知識がなければ、よけいに何が起きているのか、わからないだろう。
 だから、知っておきたいのだ。
 
「あれは、サリーだったから、グレイを助けられたんだもん。私だったら、知らずにグレイのこと、見捨てちゃうとこだったよ」
「そういうことなら、知らないよりは、知っていたほうがいいかもしれないね」
 
 祖父の言葉に、こくっとうなずく。
 すっきり爽やかなオレンジジュースを、ひと口。
 
「このままじゃ、私が1番の足手まといになるし、何かあった時に、困る」
「もうあんなことは起こらない、と約束してあげられたら、と思うよ」
 
 祖父が、ちょっぴり苦笑していた。
 それを見て、レティシアも苦笑いをする。
 両手をベンチの前にあるテーブルの上に、ぺたりと投げ出した。
 
「私が、我儘だからだよ。お祖父さまのせいじゃなくてさ」
「レティがかい?」
「だって……みんなに迷惑かけないことを最優先に考えるんなら、私があの粘着王子に嫁げばすむ話だもん」
 
 大人しく正妃になっていれば、死にかけてみんなに心配をかけたりしなかった。
 さらわれて、グレイやサリーに迷惑をかけずにすんでいた。
 わかってはいるのだけれども。
 
「私は、それには、反対の立場をとらせてもらうよ。レティが、そうしたいと言っても、最後まで反対するさ」
 
 元々、祖父も両親も正妃になるのを反対していたと知っている。
 レティシアだって、最初から正妃になる気なんかない。
 
 今となっては、もっとない。
 
「ありがと、お祖父さま。私も、そーいう気にはなれないから……我儘してるんだろうなーって思っても、ぜーったいに嫌なんだよ」
 
 王子様は悪人ではないのだろう、とは思う。
 さりとて、正妃になることには繋がらない。
 ひと言で言ってしまえば。
 
 金髪粘着王子は、レティシアの好みではない。
 
 見た目はアレだし、性格は難アリだし。
 理想とは、かけ離れている。
 レティシアは、ちらっと横目で祖父を見てみた。
 
(理想がいるんだよ~こんなに近くにいるんだよ~お祖父さまなんだよ~)
 
 普通、現実と理想は違う。
 理想は理想なのであって、現実はかけ離れているものだ。
 少なくとも、理想にピッタリ当てはまる相手なんて現実にはいない。
 が、しかし。
 
「レティ?」
 
 首を少し傾け、理想の男性がレティシアを見ている。
 ふにゃ~となってもしかたがない。
 そして、嫁ぐことなど考えられなくなるのも、必然。
 
(ホント、無理……粘着王子、好みじゃなさ過ぎだし……絶対ナシ……)
 
 どうしたって祖父と比較してしまう。
 もし、これほど理想そのものな祖父が近くにいなければ、億分の1くらいの可能性はあったかもしれない。
 粘着され過ぎて、周りに迷惑がかかりまくって、もうどうでもいいや、と思い、捨て鉢気分で嫁ぐことは、あったかもしれないのだ。
 
「お祖父さまが、素敵過ぎるんデスよ……」
「おやおや」
 
 くすくすと、祖父が笑う。
 そんな姿にも見惚みとれた。
 のんびり寛げて、隣には理想の男性がいる。
 こんな幸せがあるだろうか。
 この時間を手放してまで、どこかに嫁ぎたいとは思えない。
 前の世界でも、あまり「恋」を必要とはしていなかった。
 さりとて、今ほどではなかった気がする。
 この世界では「恋」のコの字も見つけられずにいた。
 
(お祖父さまにかなう人なんかいないよなー……まぁ、私の好み重視なんだけど)
 
 それを差し引いても、祖父は素敵だと思う。
 例の公爵家の貴族令嬢みたいな女性が、大勢いるに違いない。
 ただ、祖父にその気がないのが明白だから、近づけないだけなのだ。
 だとすると、孫娘というスタンスは最高。
 しゃきっと体を伸ばし、真面目な顔で、言う。
 
「お祖父さま、大好き」
「それは嬉しいね。私もお前が大好きだよ、レティ」
 
 にっこり微笑まれて、またへにゃ~となった。
 孫娘でなければ、こうはいかない。
 さらりとあしらわれ、2度と近づけなくなる。
 祖父はとても優しいが、優柔不断ではなかった。
 スマートなやり方で、でも、きっぱりと相手をフる。
 夜会の時に、大勢の女性が挨拶だけですませていた理由がわかった。
 
(2度と近寄れなくなるより、遠くからでも見てられるほうがいいもんね)
 
 挨拶すらできなくなるのは、さすがにつらい。
 とあるアイドルのファンが「出禁」を食らうようなものだ。
 コンサートにも握手会にも参加できない、という感じ。
 
(やっぱり孫娘最強! こーいうのをチートって言うんだっけ? いや、チートはお祖父さま……?)
 
 レティシアは、あまりゲームをしないし、知らない。
 ただ、乱読してきた小説の中で知った言葉が思い浮かんだだけだった。
 いずれにせよ、祖父と孫娘の関係性が最強であるのは間違いない。
 
(いつか、私、お祖父さまに、抱っこって、ねだりそうな気がしてきた……)
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