理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
145 / 304
第2章 黒い風と金のいと

夢見の術 1

しおりを挟む
 ユージーンは焦っている。
 時間がない。
 薬は、もう飲んでしまっている。
 どんな薬かは知らないが。
 
 『そーいうのは、たいていが怪しい薬だって、相場が決まってんだからね!』
 
 レティシアは、そう言っていたのだ。
 あの時には、実感がなかった。
 サイラスの渡してくれる薬が「怪しい」はずがない。
 そう信じていたからだ。
 が、今はレティシアの言葉のほうに真実味を感じる。
 
 サイラスは「正夢」を本気にするな、と言った。
 なのに、どうしてか、言われるほどに信じたくなった。
 内容自体は真逆であるにもかかわらず、流されかかったのだ。
 大公の声が聞こえなければ、おそらくは。
 
(ともかく……ここにいてはいかん……はっきりさせねばならんのだ……)
 
 サイラスのことを信じている。
 ずっと頼りにしてきたし、誰よりも長く一緒にいた。
 疑いたくは、ない。
 それでも、1度、芽生えた猜疑心を振りはらえずにいる。
 だからこそ、はっきりさせる必要があった。
 サイラスを信じ続けるためだ。
 なんでもないことだとわかれば、それでいい。
 これからも、サイラスとの関係を変えずにすむ。
 
(どうすればよい……どうすれば……何か手立てがあるはずだ)
 
 焦燥感をいだきながら考えを巡らせた。
 そして、ハッと思いつく。
 
 『きみは、人形を相手にすべきだよ』
 
 湖で、大公に投げつけられた「忠告」だ。
 あれから、ずっと気にはしていた。
 その中で、ひとつだけ、それらしきものを見つけている。
 
(あれは、なんという魔術であったか……頭が、はっきりせぬ……)
 
 ここのところ夢のせいで、頭の働きが鈍っていた。
 サハシーで読んだ魔術書を、繰り返し頭の中で繰る。
 
(そうだ! 姿映すがたうつし! 姿映だ!)
 
 ようやく、その魔術を思い出した。
 発動の準備をするために、ユージーンは寝室から隣の私室へと移る。
 廊下に出る必要はないので、魔術師にも見つかる心配はない。
 カウチの前を通り過ぎ、書き物机に近づいた。
 引き出しから、綴り紐を取り出す。
 そして、別の引き出しの中にあった手拭き用の布をつかんだ。
 その布を机の上に広げ、抜き取った自分の髪を包む。
 丸めた端を綴り紐で、ぎゅっと縛った。
 人形というには雑な作りだが、条件が揃ってさえいればいいのだ。
 
(いかん……眠気が……早くせねば……)
 
 薬が効いてきたのかもしれない。
 急に、ぐっと眠気が襲ってくる。
 そもそも、あれは「眠るため」の薬だった。
 眠くなるのは当然で、急な眠気だけでは「怪しい薬」だとの判断はできない。
 
 ユージーンは、急いで寝室に戻る。
 布団の中に人形を入れ、魔術書に書いてあった通りの動作をした。
 指で十字を切って、それを手のひらで押し出す。
 人形が、数回、小さく震えた。
 
(これで、良い……ちゃんとかかっている)
 
 人形が、わずかに浮いていた。
 それは、魔術がきちんとかかっていることを示している。
 確認できたので、布団をかぶせ、人形を隠した。
 
(服……服を着替え、ねば……)
 
 思うのだが、ますます眠気が酷くなっている。
 このまま眠りに引き込まれてしまったら、魔術を使った意味がない。
 私室とは反対側にある、召し替え室に行くのは諦めた。
 部屋まで行けても、着替えている間に眠りかねないからだ。
 3日かけて教わったものの、ユージーンが自分で着替えをするとなると、時間がかかり過ぎる。
 絶対に、もたない。
 
 すでに、足元も覚束なくなっていた。
 ふらつきつつも、ユージーンは行きたい場所を思い描こうとする。
 転移するつもりだった。
 そのためには、転移先を頭で特定しなければならない。
 魔術にけてはいなかったが、転移ができないほどではなかった。
 サハシーの地図だって、頭の中で広げられたのだから。
 
が……浮かばん……景色が見えねば……)
 
 転移はできない。
 額に汗が浮かぶ。
 目の前が真っ暗になりかけていた。
 頭を、何度も強く横に振る。
 それでも、眠気は振りはらえず、景色が浮かんで来ない。
 
 『呼ばれなくてもここにいるよ! グレイから手を放してくれるッ?!』
 
 不意に、レティシアの声が聞こえた。
 屋敷を訪ねた時の、怒った彼女の声だ。
 
 『だいたいね、ここは私のウチ! ひと様のウチに勝手に入ってきておいて、どんな態度だよ?! 図々し過ぎるわ! 失礼過ぎだわ!』
 
 眠気と闘いならがも、ユージーンは口元に笑みを浮かべる。
 レティシアは、いつも怒ってばかりいる。
 なのに、とても愛らしかった。
 叱り飛ばされたのも初めてで、驚かされている。
 あの頃にはもう、すっかり恋をしていたのかもしれない。
 
(レティシア……俺は、夢などではなく……)
 
 あの玄関ホールの景色が、ユージーンの中に、はっきりと浮かんだ。
 改装中の光景だが、造りは変わっていないだろう。
 まだ景色の見えている内にと、転移する。
 どこにどう飛ぶかもわからないのに。
 
 ユージーンに見えていたのは、玄関ホールだった。
 転移では、光景の中のある1点に集中する必要がある。
 が、今のユージーンには、そこまでの集中力はなかった。
 玄関ホール全体が、飛び先になってしまう。
 下手をすれば空中に飛んでしまうかもしれないのだ。
 とはいえ、当然ながら、人は空を飛べない。
 空中を歩くことだって、できはしない。
 そのまま落ちるだけだ。
 
 どんっ!
 
 体に衝撃を受ける。
 案の定、空中に飛んでいた。
 ただ、そう高い位置ではなかったのが幸いしている。
 ユージーンが現れたのは、ちょうどレティシアの目の高さ。
 2メートルには満たない位置だ。
 
 痛む体を起こそうとして、失敗する。
 もとよりユージーンには下級魔術師程度の魔力しかない。
 姿映で、そこそこの魔力を消費していた。
 その上、中距離での転移で、さらに魔力を使っている。
 あげく、薬でフラフラだったのだ。
 
(明日の……昼までには、戻らねば……ならん、という……のに……)
 
 自分の力のなさを、思い知る。
 とても大公のようにはいかない。
 比べること自体がおかしいのだが、今だけは、あの大きな力が欲しかった。
 
 意識を失いかけているユージーンの近くで音がする。
 顔だけを上げて、なんとか視線を向けてみた。
 びっくり顔のレティシアが、階段の上からユージーンを見下ろしていた。
 
「ちょっとっ? 王子様じゃん! なにっ? どしたのっ?!」
 
 レティシアは、ワンピース風の寝間着姿。
 貴族令嬢のものとも、夢のものとも違う。
 階段を駆け下りてくる姿に、ユージーンは微笑んだ。
 
(ああ……やはり、お前は……どんな時も……愛らしいのだな……)
 
 夢は夢でしかない。
 本物とは違う。
 あの夢の中のレティシアは、ユージーンの恋するレティシアではなかった。
 それが、はっきりとわかる。
 
「ねえ! ちょっと! 大丈夫?! しっかりしてよ、王子様っ!」
 
 声をかけながら、彼女がユージーンのそばにしゃがみこんできた。
 レティシアは自分のことを嫌いでもないが、好きでもない。
 いつも怒るし、面倒くさがるし、好みではないと言う。
 
 なのに、ひどく心配そうな顔をしていた。
 
 本物だ、と思った。
 間違いなく、本物のレティシアだ。
 
「……俺は……ただ……お前に……」
 
 たった、ひと月が耐えられないくらい、会いたかったのだと気づく。
 レティシアの頬に手を伸ばした。
 その、ユージーンの手が、ぱたりと床に落ちる。
 レティシアの頬にふれることなく、ユージーンは意識を失っていた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

初恋の還る路

みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。 初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。 毎日更新できるように頑張ります。

【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」  男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。  ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。  それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。  クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。  そんなルドに振り回されるクリス。  こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。 ※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます ※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません ※一部変更&数話追加してます(11/24現在) ※※小説家になろうで完結まで掲載 改稿して投稿していきます

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね
恋愛
いつも推しは不遇で、現在の推しの死亡フラグを年末の雑誌で立てられたので、新年に神社で推しの幸せをお願いしたら、翌日異世界に飛ばされた話。無事、推しとは会えましたが、同居とか無理じゃないですか。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

処理中です...