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第2章 黒い風と金のいと
白いまなざし朝ご飯 2
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体中が、痛かった。
ありとあらゆる神経に、直接的に痛みを加えられている。
全身に細かな針が、びっしりと突き立てられているかのようだ。
珍しい植物の視察中に、小さな棘が爪の間に挟まったことがある。
小さいくせに、ものすごく痛かった。
それと似た痛みが、全身を覆っているのだ。
なのに、声が出せない。
それどころか、身動きひとつ、できなかった。
もし、動けていたら、とんでもない叫び声をあげ続け、暴れていたはずだ。
「こっちから仕掛けてやれば、いーのにサ」
「それを、サイラスは待っている。あえて遊び相手をする気にはならないねえ」
「けど、この間は、それで孫娘を取りあげられかけたんだぜ?」
会話だけは聞こえてくる。
聞きたいことはあっても、声は出ない。
黙って聞いているよりしかたがなかった。
「わかっているだろう、ジーク」
「まぁね。わかってんだけどね」
ユージーンには、まったくわからない。
レティシアを取り上げられかけた、というのは、どういう意味か。
痛みの中で、思考はぐちゃぐちゃだ。
が、2人の会話に、疑問が、ぐるぐると回っている。
「サイラスは、レティのことを読み間違えている。それに、王太子のことも、彼の本当のところを、わかっていないのさ」
「本当のところって?」
「心だよ、ジーク」
「やめろよ、面倒くせえ」
大公の小さく笑う声がした。
レティシアの前以外でも、こんなふうに笑うことがあるのかと、バラバラになった思考の欠片で、そう思う。
「こいつ、間が抜けてるけど、バカじゃねーんだな」
「そうだねえ。間は抜けているが、馬鹿ではないね」
おそらく「こいつ」というのは。自分のことに違いない。
反論できない相手に悪態をつくな!と、怒鳴りたくなった。
ユージーンは身動きもできず、ひたすら痛みに耐えているのだ。
なのに、言い返せないなんて、不条理もいいところだと、感じる。
痛みのせいで、明確に「思う」ことができない。
ただ、感じるだけだった。
「アンタが忠告なんて、めすらしくねーか?」
「彼のためではないさ」
「それも、そーか」
いや、まったくわからん。
あの忠告は自分のためではなかったのかと、感情はハテナで埋まる。
2人の間で通じているからか、言葉の数が少な過ぎるのだ。
ユージーンは身動きもできず、声も出せない。
だから、傍目に見れば眠っているように見えるのだろうけれど。
実際は、痛みに、のたうち回っている。
悲鳴を上げられないから上げないだけで。
暴れられないから暴れないだけで。
思考は粉砕され剥奪。
分裂した感情の一部が、彼らの会話を捉えている状態なのだ。
「で? どーすんだよ」
「どうしようかねえ」
いつかにも感じた本能的な脅威が、ユージーンの感覚にふれる。
しかし「これ」は、自分に向けられたものではない。
よけいな思考が働かない分、率直に真を見抜けていた。
大公は、サイラスを殺す。
今日ではないかもしれないし、明日でもないかもしれない。
が、いずれ確実にそうなることだけは、わかった。
サイラスは、レティシアを害する。
ユージーンは、それを否定できずにいた。
あの薬が「怪しげ」なものだったからだ。
夢見の術も、サイラスがかけたに違いない。
自分が、レティシアに、こだわり過ぎたから。
ふっと、感情の隙間から父の顔が見えた。
父の恋した平民出の女は病で死んでいる、とされている。
が、サイラスと似た考えの持ち主に殺されたのではないか、と感じた。
そして、その女には大公のように守ってくれる者がいなかったのだ。
父が我を張らなければ、その女は死なずにすんだかもしれない。
父の判断の遅さに腹を立てていたはずなのに、同じことをしている。
レティシアを諦めるのが簡単だと、大公は言った。
が、しかし。
ユージーンは、ある意味、非常に真面目なのだ。
わからないことを、わからないままにはしておけない。
できないことを、できないままにもしておけない。
(俺は……まだ……あれに……言うておらん……己の心を伝えずして……ふられた、などと……)
「認めるわけがなかろうッ!!」
ガッターンっ!!
大きな音を立て、イスが後ろに引っ繰り返る。
ユージーンが、立ち上がったからだ。
大公と、もう1人が、顔を見合わせ、肩をすくめている。
あからさまに呆れられ、ユージーンは、憮然とした。
さっきからの言いたい放題も聞いている。
そのユージーンに、もう1人のほうが近づいてきた。
漆黒の髪に、ブルーグレイの瞳。
まだ少年と言える顔だちをしている。
「お前、俺のこと気にならねーの?」
「ならん」
「いきなり現れたのに、かよ」
「大公の手の者であれば、そのくらい出来ずにどうする。むしろ、出来て、あたり前であろうが」
確か、名はジーク。
ジークは、両手を頭の後ろで組み、くるんとユージーンに背を向けた。
「しかしね。私以外は、ジークのことを知らないのだよ」
「レティシアもか?」
大公は答えない。
答えないのが答えなのだろう。
「あれに隠し事をするのは……」
「したくなかろうが、できなかろうが、関係ないさ」
話せば「何か」が起こる。
そう直感していた。
何が起こるのか、具体的にはわからないけれども。
「……よかろう。その者のことは伏せておく」
大公が、首を横に軽く傾けるようにしてうなずく。
ほかの者がやっても嫌味なだけだが、大公は物慣れていた。
「これで、今回の夢見の術は解かれたとして、今後はどうなる? また、かけられたりはせぬのか?」
大公は返事をしない。
これが大公のやり方のようだ。
レティシアには、いつも事細かに説明しているくせに、とは思う。
が、ユージーンは世間知らずではあっても、頭は悪くない。
すぐに、大公のやり方を理解する。
「そうか。2度とかからぬようになっているのだな。ならば、よい」
あんな夢に翻弄されるのは、ユージーンとしても2度とごめんだ。
夢の中のレティシアは想いに応えてはくれるが、偽物に過ぎない。
そっけないレティシアでも、本物のほうがいいに決まっている。
「む。なんだ、さっきから」
ジークが、ユージーンの周りを歩き回っていた。
観察でもするように、じろじろと見られている。
「本当に、魔力だだ漏れだな、お前」
「王族には器がないのだから、しかたあるまい」
「そーだけどサ。見てるこっちが、恥ずかしくなるぜ」
「恥ずかしいだと?」
「俺からすると、素っ裸でうろつき回ってんのと同じなんだよ」
ユージーンは、魔力感知ができない。
だから、気にしたことがなかった。
魔術師にとっては、そう「視えて」いるのかと、少しだけ恥ずかしくなる。
さりとて、恥ずかしがっても隠せないものは隠せないのだ。
「ジーク」
言い返す前、大公の呼びかけに、ジークの姿が消える。
まるきり気配もなくなっていた。
「器用なのだな」
「きみと違ってね」
見えないはずなのに、ジークに笑われた気がする。
ムっとするユージーンに、大公が「帰るよ」と声をかけてきた。
ありとあらゆる神経に、直接的に痛みを加えられている。
全身に細かな針が、びっしりと突き立てられているかのようだ。
珍しい植物の視察中に、小さな棘が爪の間に挟まったことがある。
小さいくせに、ものすごく痛かった。
それと似た痛みが、全身を覆っているのだ。
なのに、声が出せない。
それどころか、身動きひとつ、できなかった。
もし、動けていたら、とんでもない叫び声をあげ続け、暴れていたはずだ。
「こっちから仕掛けてやれば、いーのにサ」
「それを、サイラスは待っている。あえて遊び相手をする気にはならないねえ」
「けど、この間は、それで孫娘を取りあげられかけたんだぜ?」
会話だけは聞こえてくる。
聞きたいことはあっても、声は出ない。
黙って聞いているよりしかたがなかった。
「わかっているだろう、ジーク」
「まぁね。わかってんだけどね」
ユージーンには、まったくわからない。
レティシアを取り上げられかけた、というのは、どういう意味か。
痛みの中で、思考はぐちゃぐちゃだ。
が、2人の会話に、疑問が、ぐるぐると回っている。
「サイラスは、レティのことを読み間違えている。それに、王太子のことも、彼の本当のところを、わかっていないのさ」
「本当のところって?」
「心だよ、ジーク」
「やめろよ、面倒くせえ」
大公の小さく笑う声がした。
レティシアの前以外でも、こんなふうに笑うことがあるのかと、バラバラになった思考の欠片で、そう思う。
「こいつ、間が抜けてるけど、バカじゃねーんだな」
「そうだねえ。間は抜けているが、馬鹿ではないね」
おそらく「こいつ」というのは。自分のことに違いない。
反論できない相手に悪態をつくな!と、怒鳴りたくなった。
ユージーンは身動きもできず、ひたすら痛みに耐えているのだ。
なのに、言い返せないなんて、不条理もいいところだと、感じる。
痛みのせいで、明確に「思う」ことができない。
ただ、感じるだけだった。
「アンタが忠告なんて、めすらしくねーか?」
「彼のためではないさ」
「それも、そーか」
いや、まったくわからん。
あの忠告は自分のためではなかったのかと、感情はハテナで埋まる。
2人の間で通じているからか、言葉の数が少な過ぎるのだ。
ユージーンは身動きもできず、声も出せない。
だから、傍目に見れば眠っているように見えるのだろうけれど。
実際は、痛みに、のたうち回っている。
悲鳴を上げられないから上げないだけで。
暴れられないから暴れないだけで。
思考は粉砕され剥奪。
分裂した感情の一部が、彼らの会話を捉えている状態なのだ。
「で? どーすんだよ」
「どうしようかねえ」
いつかにも感じた本能的な脅威が、ユージーンの感覚にふれる。
しかし「これ」は、自分に向けられたものではない。
よけいな思考が働かない分、率直に真を見抜けていた。
大公は、サイラスを殺す。
今日ではないかもしれないし、明日でもないかもしれない。
が、いずれ確実にそうなることだけは、わかった。
サイラスは、レティシアを害する。
ユージーンは、それを否定できずにいた。
あの薬が「怪しげ」なものだったからだ。
夢見の術も、サイラスがかけたに違いない。
自分が、レティシアに、こだわり過ぎたから。
ふっと、感情の隙間から父の顔が見えた。
父の恋した平民出の女は病で死んでいる、とされている。
が、サイラスと似た考えの持ち主に殺されたのではないか、と感じた。
そして、その女には大公のように守ってくれる者がいなかったのだ。
父が我を張らなければ、その女は死なずにすんだかもしれない。
父の判断の遅さに腹を立てていたはずなのに、同じことをしている。
レティシアを諦めるのが簡単だと、大公は言った。
が、しかし。
ユージーンは、ある意味、非常に真面目なのだ。
わからないことを、わからないままにはしておけない。
できないことを、できないままにもしておけない。
(俺は……まだ……あれに……言うておらん……己の心を伝えずして……ふられた、などと……)
「認めるわけがなかろうッ!!」
ガッターンっ!!
大きな音を立て、イスが後ろに引っ繰り返る。
ユージーンが、立ち上がったからだ。
大公と、もう1人が、顔を見合わせ、肩をすくめている。
あからさまに呆れられ、ユージーンは、憮然とした。
さっきからの言いたい放題も聞いている。
そのユージーンに、もう1人のほうが近づいてきた。
漆黒の髪に、ブルーグレイの瞳。
まだ少年と言える顔だちをしている。
「お前、俺のこと気にならねーの?」
「ならん」
「いきなり現れたのに、かよ」
「大公の手の者であれば、そのくらい出来ずにどうする。むしろ、出来て、あたり前であろうが」
確か、名はジーク。
ジークは、両手を頭の後ろで組み、くるんとユージーンに背を向けた。
「しかしね。私以外は、ジークのことを知らないのだよ」
「レティシアもか?」
大公は答えない。
答えないのが答えなのだろう。
「あれに隠し事をするのは……」
「したくなかろうが、できなかろうが、関係ないさ」
話せば「何か」が起こる。
そう直感していた。
何が起こるのか、具体的にはわからないけれども。
「……よかろう。その者のことは伏せておく」
大公が、首を横に軽く傾けるようにしてうなずく。
ほかの者がやっても嫌味なだけだが、大公は物慣れていた。
「これで、今回の夢見の術は解かれたとして、今後はどうなる? また、かけられたりはせぬのか?」
大公は返事をしない。
これが大公のやり方のようだ。
レティシアには、いつも事細かに説明しているくせに、とは思う。
が、ユージーンは世間知らずではあっても、頭は悪くない。
すぐに、大公のやり方を理解する。
「そうか。2度とかからぬようになっているのだな。ならば、よい」
あんな夢に翻弄されるのは、ユージーンとしても2度とごめんだ。
夢の中のレティシアは想いに応えてはくれるが、偽物に過ぎない。
そっけないレティシアでも、本物のほうがいいに決まっている。
「む。なんだ、さっきから」
ジークが、ユージーンの周りを歩き回っていた。
観察でもするように、じろじろと見られている。
「本当に、魔力だだ漏れだな、お前」
「王族には器がないのだから、しかたあるまい」
「そーだけどサ。見てるこっちが、恥ずかしくなるぜ」
「恥ずかしいだと?」
「俺からすると、素っ裸でうろつき回ってんのと同じなんだよ」
ユージーンは、魔力感知ができない。
だから、気にしたことがなかった。
魔術師にとっては、そう「視えて」いるのかと、少しだけ恥ずかしくなる。
さりとて、恥ずかしがっても隠せないものは隠せないのだ。
「ジーク」
言い返す前、大公の呼びかけに、ジークの姿が消える。
まるきり気配もなくなっていた。
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