理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第2章 黒い風と金のいと

王子様の決断 4

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 レティシアは、日課である昼食後の散歩中。
 少し気になることはあるが、あえて口にはせずにいる。
 隣を、祖父が歩いていた。
 
(お祖父さま、なんか話があるのかな?)
 
 いつもは後ろをついてきている、グレイとサリーがいない。
 席を外しているのだろうと、察していた。
 2人に聞かれて困る話など、それほど多くはない。
 たいていは一緒にいるので、知られていないことのほうが少ないのだし。
 
「少し座って話そうか」
 
 中庭の奥にある、西洋風東屋あずまや、ガゼボと言われる建屋。
 円錐型の丸みを帯びた真っ白な屋根に、白い柱が8本。
 造り自体は8角形になっている。
 床から1メートルくらいのところまでが、赤い煉瓦で囲まれていた。
 ここでお茶をして、時々、さらに奥にある祖父の薔薇園まで足を運ぶ。
 それが、お決まりのコースなのだ。
 
 中央に丸テーブルがある。
 祖父の引いてくれたイスに、レティシアは腰掛けた。
 隣に祖父が座る。
 
「レティ」
 
 少し緊張した。
 祖父のほうへと体を向け、居住まいを正す。
 いい話ではないと感じていた。
 今朝から、グレイとサリーの様子もおかしかったからだ。
 同じように振る舞ってはいても、わかる。
 半年以上も一緒にいて、生活をともにしているのだから。
 
「お前を不安にさせたくはないのだがね」
 
 膝に置いていた両手に、祖父の手が乗せられる。
 少し見上げると、いつもの穏やかな笑みがあった。
 
(そっか。誰かが、私を狙ってるんだ)
 
 私戦の時、祖父は、グレイの助命を嘆願するレティシアに、困った顔で微笑んでいた。
 あれは、祖父自身がレティシアを傷つけると思っていたからだろう。
 が、今はいつも通りだ。
 つまり、祖父ではなく、ほかの誰かが自分を傷つける、ということになる。
 
 良いか悪いかはともあれ「それなら、いいや」と、思った。
 あの件のおかげで、というべきか、祖父への信頼は、レティシアの中で揺らがないものになっている。
 なにかハテナが湧きあがったとしても、最終的には、自分にとっての正しい答えを祖父はくれるのだ。
 そう信じていた。
 
(誰だろ……って、あいつだろうなぁ。そのくらいしか考えつかないよ)
 
 この間、王子様は1人で屋敷に来ている。
 サイラスは伴っていなかった。
 仮に王子様の言う「転移間違い」だったとしても、付き添いがないのは、やはり妙なのだ。
 王位継承者が、転移の最中さいちゅうに命を落とすなんて、洒落にならない。
 最側近であるサイラスがいなかったことには、なんらか意味があったのではなかろうか。
 
「レティは鋭い」
 
 ちょん、と、祖父に、鼻を指でつつかれる。
 にっこりされ、心臓がドキドキした。
 半年以上が経っても、まるきり慣れない。
 やることなすことカッコ良くて、心拍数が上がる。
 
(うう~……だから、真面目な話なんだってば……しゃんとしないと……)
 
 思うのだが、ともすれば、ふにゃりとなりそうだった。
 祖父の素敵さには、慣れることなどできそうにない。
 
「私、サイラスに狙われてるんだね」
 
 ふにゃふにゃになってしまう前にと、話を切り出す。
 レティシアの言葉に、祖父が軽くうなずいた。
 
「だいぶ危ないの?」
 
 祖父は、わざわざ人ばらいをしている。
 だいたいレティシアを不安にさせると、祖父はわかっているのだ。
 にもかかわらず、話していること自体、その危険度を示している。
 サイラスが、人の心を踏みつけにするのが得意だとも知っていた。
 言葉だけで息の根を止められそうになったのだから。
 
「レティ。サイラスは、お前を殺そうとしている」
「うん」
 
 魔力顕現けんげんの時も、祖父がいなければ、消えているところだ。
 今度は、言葉だけではなく実力行使しようとしているに違いない。
 
「彼に言葉が通じるとか、話せばわかる、と思ってはいけないよ?」
「うん」
 
 この世界は、平和ではないと知った。
 それでも、なかなか自身のこととして受け止められずにいる。
 祖父は、そこを指摘しているのだ。
 
 怒りから怒鳴ってはいたものの、レスターとも最初は会話しようとした。
 相手は人間なのだから、話せばなんとかなる、という考えがどこかにある。
 現代日本では、いけ好かない相手であっても、危険と感じることはなかった。
 それが、どうしても抜けきらない。
 首に縄をかけられ、それが絞まって初めて「死ぬかも」と実感したくらいに、現実感が乏しかった。
 
「次に、もしサイラスと顔を会わせたら、殺されると思いなさい」
 
 どくっと心臓が波打つ。
 祖父は、レティシアに、ああしろこうしろとは言わない。
 いつでも自由にさせてくれている。
 即移そくいに引っかかったのも、自分に危機意識がなかったからだ。
 窮屈な思いをさせたくないとの、祖父の配慮だと、わかっている。
 
 なのに、今、祖父は「思いなさい」と言った。
 
 レティシアが、この世界に来てから初めてのことでもある。
 じわりと不安が心に広がった。
 思わず、祖父の腕をつかむ。
 
「お祖父さまは、大丈夫なんだよね?」
 
 不安は、自分に対してのものではなかった。
 祖父が強いとわかっていても、心配になっている。
 レティシアの危機を、放っておくとは思えずにいた。
 必ず、その危険を排除しようとするに違いない。
 私戦の時だって、祖父は祖父自身ですら犠牲にしようとしたのだから。
 
「私が、無茶をすると思っているのかな?」
 
 祖父が、やわらかく微笑む。
 レティシアがつかんでいないほうの手で、頭を撫でてくれた。
 レティシアは、少し口をとがらせる。
 
「だって……」
 
 お祖父さまは自分を大事にしないから、と思った。
 自分のことは祖父が守ってくれる。
 だから、なにも心配はしていない。
 けれど、ジョシュア・ローエルハイドを守れる者は、いないのだ。
 
「覚えているかい?」
 
 じっと、祖父の顔を見つめる。
 その黒い瞳にレティシアが映っていた。
 
「愛しい孫娘を置いて、いったいどこに行けるというのだね?」
 
 こくっと、うなずく。
 どこにも行ってほしくない。
 ずっとそばにいてほしかった。
 もし、それでも、どうしても、どこかに行ってしまうのなら。
 
 自分も連れて行ってほしい。
 
 口には出さなかったけれど、そう思う。
 祖父のいない世界は、恐ろしく寂しいに違いない。
 周りに大勢の人がいても、なにか欠けていると感じるだろう。
 
(心にぽっかりと穴が……くらいじゃ、すまないよ、絶対……)
 
 時も、心を癒す薬にはなり得ないと、確信できる。
 けして、想い出なんかにはできそうになかった。
 
「そう心配することはないよ。私のことはね」
 
 レティシアは、祖父の言葉に、首をかしげた。
 祖父の心配はいらない、ということだけれど。
 
「お前には、とても難しいことを言うよ?」
「うん……」
「屋敷の者たちの心配より、お前自身のことを優先させてほしいのだよ」
 
 でも、と言いかけてやめる。
 実際に、その場になったら、できるかはわからない。
 だから、祖父も「難しい」と言ったのだろう。
 それでも、祖父の言いたいことも、わかった。
 
(私がみんなを守ろうとすると、逆にみんなを危険にしちゃうんだ、きっと)
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