理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
167 / 304
第2章 黒い風と金のいと

意志を継ぎたがる者 3

しおりを挟む
 
「アンタの言う通りだったぜ?」
「そうかい」
 
 なんでもなさそうに言う彼の前に、ジークは立っている。
 彼は、いつものごとくイスに座り、足を組んでいた。
 口元を、少し緩めている。
 
「あいつに呼ばれたら行けって、アンタが言ったからだろ」
「そうだね」
「あいつに使われる気なんか、ねーからな」
「わかっているよ」
 
 王太子が悪人ではないと、彼も思っているはずだ。
 ジークだけが思っているのではない。
 
「アンタの孫娘だって、あいつが死んだら嫌な気分になるんじゃねーの?」
「その通り」
 
 彼のすることに不満はなかった。
 ただ、ちょっぴり気にいらないことがある。
 それは、彼が、王太子のところにあえて行かせたことだ。
 結果がわかっていることは、省く。
 会話も行動も、必要のないことは言わないし、しない。
 なのに、必要のないことをした、とジークは思っていた。
 
「必要がなかったとは、私は思っていないよ、ジーク」
 
 彼は、王太子が代案を出してくると予測していたのだ。
 ジークも、ほんの少しだが、その可能性は考えていた。
 王太子は、諦めが悪くて面倒くさい。
 だからこそ、小さなきっかけを見つけられもする。
 
「本当に、諦めの悪い王子様だね、彼は」
 
 皮肉じみてはいるが、王太子をいくぶんか気にめているのだろう。
 もちろん、それは、今後すべきことに関わってくるから、というだけのこと。
 王太子の生死を気にかけているのではない。
 
 彼は、いつもの通りに振るまっている。
 それでも、ジークにはわかっていた。
 空気が、わずかにひりついている。
 彼の放つ殺気が、こぼれ出しているのだ。
 
「サイラスを殺すのか?」
「殺すよ」
 
 口調は、穏やかだった。
 そこいらの石ころを、蹴飛ばすほどの感情もこめられていない。
 むしろ、その感情のなさが、彼の心を表している。
 
 彼は、たいていは誰しもに優しくある。
 周りの人々を大事にもしていた。
 けれど、帰結する点は、たったひとつ。
 
 彼が守りたいのは、孫娘だけなのだ。
 
 世界が滅びようが、そんなことは、どうでもいいに違いない。
 息子も、屋敷の者たちも、ジークでさえも、犠牲にできる。
 当然のことながら、彼自身も。
 
 なぜ、そうなのかは、わからない。
 それでも、わかる。
 ジークにとっても、守りたいのは彼だけだから。
 
「最終的には、だがね」
 
 とってつけたような彼の言葉に、ジークは肩をすくめる。
 言わなくてもわかっているのに、と思った。
 
 彼は、最も良い結果を出そうとしている。
 それが、彼の孫娘の願いだからだ。
 彼自身は誰を犠牲にできたとしても、彼女は、両親も、屋敷の者たちも、王太子でさえ犠牲にはできない。
 彼は、彼の孫娘の心も守ろうと考えている。
 が、どこまでも枝葉を伸ばすつもりもないのだろう。
 せいぜい王太子まで、だ。
 
「難しいことじゃねーだろ」
 
 ジークにすれば、ちょっと面倒だな、という感じ。
 彼の孫娘については、彼の宝なので、どうでもよくないの範疇に入れている。
 が、そのほかは、わりと、どうでもいい範疇に入っているのだ。
 彼を守るため、しかたなくというところ。
 
「ジークは、直線で飛ぶのが好きなのだろう?」
「そーだよ。でも、しかたねーから、つきあってやるサ」
 
 彼のしたいことや、やろうとしていることに異議はない。
 置いていかれるほうが嫌だった。
 だから、多少の曲線くらいはえがいてみせる。
 自分は彼の武器であり、相棒。
 どこへなりと、ついていくまでだ。
 
「それほど面倒くさがりなのに、めずらしいこともあるものだねえ」
「あいつが、間が抜けてるんだよ」
 
 王太子は、ジークを遠招えんしょうの魔術を使って呼んでいる。
 それは、彼の読み通りで、驚くことではなかった。
 場所だって、彼が「おそらく」と言っていた、息子の家の裏庭で、当たり。
 
「さすがに、そこまでは、私にもわからないさ」
「だろーね」
 
 あの裏庭には、彼が魔力を散らしている。
 魔術師の感知に引っかかりにくいのと同時に、彼の感知には引っかかり易い。
 散らしてあるのが彼の魔力なのだから、あたり前だ。
 わずかにでも引っかかれば、彼が即座に認識できる。
 王太子が来たことも、知っていたに違いない。
 なにしろ、王太子は魔力だだ漏れ。
 
 とはいえ、魔術師たちの魔力感知からは、逃れられていただろう。
 ただ、それは魔術師に限っての話だ。
 近衛騎士が通りかかりでもすれば、目視で見つかる。
 普通に考えれば、わかりそうなものなのだけれど。
 
「あいつ……」
 
 肉眼で丸見えな王太子に、呆れながら、蔽身へいしんの魔術をかけてやった。
 ジークは、彼のように動作なしで魔術の発動はできない。
 しかも、烏姿だと、人型の時とは動作が違う。
 そのため、王太子の肩にとまり、爪で「ぐにぃ」っとしたのだ。
 肩になんか、本当には、とまりたくなかった、と、ジークは思っていた。
 王太子は「痛い」と文句を言っていたが、そのくらいは我慢すべきだろう。
 わざわざ手間をかけて、間の抜けた穴をふさいでやったのだから。
 
「あいつ、馬鹿じゃねーくせに、なんで、ああなんだろ」
 
 烏を、王太子は、即座にジークだと見抜いている。
 その際に、審議で彼が言ったことを引用していた。
 つまり、勘ではなく理屈で見抜いたのだ。
 頭は悪くないのだ、けして。
 にしても、あまりに間が抜け過ぎている。
 
 彼は、答えを返さない。
 ジークも返事を期待して言ったのではなかった。
 理由は、わかっている。
 
 王太子が「人」だからだ。
 
 そして、ジークの言った「ああなのか」は、蔽身のことではない。
 あれもあれで、間が抜けてはいるが、それはともかく。
 ジークには考えられないような「間の抜けた」ことがあった。
 
 王太子はサイラスを、まだ信じている。
 
 騙されていたと思っているかどうかも、怪しい。
 夢見の術までかけられて、痛みに、のたうち回るはめになったのに、サイラスに対する信頼を、切り捨ててはいないのだ。
 王太子は、サイラスの目的のためだけに育てられていた。
 親に見捨てられるよりも、残酷な仕打ちではなかっただろうか。
 
 そのことに、王太子が気づいていないはずはない。
 気づいていてなお、信頼を打ち捨てずにいる。
 
 ジークは、人というものが嫌いだ。
 彼や自分のように、シンプルではない。
 ややこしくて面倒くさくて、意味がわからないことをする。
 彼以外と関わらずにきたのも、人が嫌いだからだった。
 
 さりとて、王太子とは顔を合わせ、会話をしてしまっている。
 夢見の術を解く際に必要だったので、そこはしかたがない。
 納得はしていた。
 ただ、あまり長つきあいをしたいとは、思えずにいる。
 
「それほど長く時間はかけないよ」
「なら、いーけどサ」
 
 彼の口調が、冷ややかなものになっていた。
 サイラスとケリをつける時のことを考えているのだろう。
 空気が、また微かに軋む。
 
「偶然というのは、恐ろしいものだからね」
 
 その時が来てみなければ、どうなるかはわからない。
 万が一に備えておくことを示唆されていた。
 森でのことが思い出される。
 備えている「つもり」では、駄目なのだ。
 彼は、ジークのせいではないと言ったが、ジークは、己のしくじりだと感じている。
 心にあった、わずかな隙を突かれた。
 
「絶対なんて、ねーからな」
「そうだとも」
 
 ジークは、烏に姿を変え、彼の肩にとまる。
 彼からこぼれ出ている殺気を、全身で感じた。
 同じ闇に、ジークも染まる。
 もうすぐ事態が動く。
 予感するまでも、なかった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

初恋の還る路

みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。 初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。 毎日更新できるように頑張ります。

【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」  男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。  ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。  それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。  クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。  そんなルドに振り回されるクリス。  こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。 ※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます ※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません ※一部変更&数話追加してます(11/24現在) ※※小説家になろうで完結まで掲載 改稿して投稿していきます

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね
恋愛
いつも推しは不遇で、現在の推しの死亡フラグを年末の雑誌で立てられたので、新年に神社で推しの幸せをお願いしたら、翌日異世界に飛ばされた話。無事、推しとは会えましたが、同居とか無理じゃないですか。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

処理中です...