理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第2章 黒い風と金のいと

そのために、ここにいる 1

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 サイラスの言葉が、信じられなかった。
 サイラスが魔力を奪っているせいで、2千人もの命が消されようとしている。
 にもかかわらず、それだけで、終わらせようとしていない。
 
 ギャモンテルの奇跡。
 
 祖父が星を落とした日。
 数十万もの敵兵が命を落とした。
 同じことを、サイラスはしようとしている。
 もしかすると、もっと酷いことになるかもしれない。
 少なくとも祖父は、敵兵に限定している。
 が、サイラスに、その意思はないのだ。
 
 理由もなく、何十、何百万もの命を奪おうとしている。
 
 戦争よりも酷い。
 もちろん戦争を肯定する気はないが、それでも理由は存在している。
 国のためとか、大事な人を守るためだとか。
 
「そんなことして、なんになるっていうんだよ。ただの人殺しじゃん!」
 
 レティシアが責めても、サイラスは顔色ひとつ変えない。
 むしろ、あたり前だと言わんばかりに、平然としていた。
 
「では、ジョシュア・ローエルハイドはどうなのです? あなたのお祖父さまとて、殺戮者ではありませんか」
「違う! お祖父さまは、そんなんじゃないっ!」
「違いませんね。大公様は星を落とし、数十万もの命を奪ったのですから」
 
 そんなことは知っている。
 それが、なぜかもわかっていた。
 
「大公様は、国など守ってはおられません」
 
 サイラスの言う通りだ。
 祖父は、国を守ったのではない。
 
「たった1人の愛する者のために、数十万を犠牲にするという……これのどこが殺戮者ではないと?」
 
 祖父が守りたかったのは、祖母だけだった。
 そのために、国を、自国の兵を守ったに過ぎない。
 言われなくても、レティシアには、わかっている。
 だとしても。
 
「お祖父さまは、殺戮者なんかじゃない! お祖父さまの力は、守るための力だよ! ただの人殺しをしようとしてるあなたと、一緒にしないで!」
 
 サイラスが、馬鹿にしたように口元を歪めた。
 祖父に「話が通じると思ってはいけない」と言われていたが、言わずにもおられない。
 彼女は、真に祖父を信じているからだ。
 そして、覚悟もしている。
 祖父には「秤」がない、と知った日から。
 
「お祖父さまのしたことを責める人がいるなら、私は、こう言ってやる! それなら自分の大事な人を差し出して見せろって! その人が目の前で殺されても、殺した相手を憎まず許してみせろって!」
 
 綺麗事を語っていられるうちは、それでいい。
 平和な世界なら、それもアリだ。
 戦う力なんていらない、と言っていられる。
 レティシアだって自分だけのことなら、綺麗事ですませられたかもしれない。
 右の頬をぶたれても、左の頬を差し出せたかもしれない。
 
 けれど、いざ大事な人が奪われるとなっても、そう言っていられるだろうか。
 戦わない選択ができるだろうか。
 
 レティシアには、そんなことはできなかった。
 大事な人を助けたいと思うし、優先させてしまう。
 綺麗事を語ってはいられない。
 
「綺麗事じゃすまないから、お祖父さまは、自分の手を汚してるんだよ! でも、でもさ、お祖父さまだけに手を汚させるなんて、私はしない!」
 
 本当には、誰でもが、そういう暗い面を持っているのだろう。
 ただ心の秤で「どちらが」「誰を」と測ることができるから、罪悪感をいだきながらも、自分の気持ちに折り合いをつけられるのだ。
 
 しかたなかった、という、ひと言で。
 
 けれど、本当に「しかたがない」ことだったのか。
 状況はしかたなくても、選ぶのは自分。
 
(お祖父さまは、私を守ろうとして手を汚す。だったら、私は、それを、ちゃんと知ってなきゃいけないんだ)
 
 祖父が「自分のためにした」ことだ、と。
 もちろん、頼んだのではない、と突き放すこともできた。
 祖父だって、それを予感していたはずだ。
 それを承知で、ラペル親子に手をかけている。
 
 祖父の無償の愛は、とてもとても重い。
 それゆえに、祖父は、ひどく孤独なのだ。
 
「私は、お祖父さまのことが大事。すっごく大事。大好きだし、失いたくないって思ってる」
 
 レティシアは、サイラスを睨む。
 祖父とサイラスは、決定的に違っていた。
 
「たった1人の愛する者のために、数十万を犠牲にしたって、あなたは言ったけど、そのたった1人ですら、あなたにはいない」
 
 王子様は、サイラスを「大事な人」だと言っている。
 裏切りたくないと、悩んでいた。
 その気持ちから、花瓶で殴られたことだって、納得しているのだろう。
 たぶん、サイラスは、王子様の思っているような人間ではない。
 それでも、王子様は、未だにサイラスを諦められずにいる。
 大事だと思っているのだ。
 レティシアからすれば「やっぱり騙されてたじゃん」と思うのだけれど。
 
「大事な人なんて、いないんでしょ?」
 
 だから、無意味に人を殺せる。
 星を落としたいのは、力を見せつけたいからに過ぎない。
 大事な人を失う痛みを知らないからこそ、できるのだ。
 
「であれば、大事な大事な孫娘のあなたを失えば、大公様は、また星を降らせるのではないですか? 私に対する怒りは、相当なものになるでしょうからね」
「お祖父さまは、そんなことしないよ」
 
 レティシアは確信している。
 そして、祖父を信じていた。
 
「なぜでしょう? 大公様の、たった1人は、あなたではないのですか?」
自惚うぬぼれ承知で言うけどさ。そうだよ、そのたった1人は、私」
 
 だからこそ、祖父は、星を落としたりはしないのだ。
 
「私は、そんなこと望んでないもん」
 
 自分の望んでいないことを、祖父はしない。
 最終的には、いつもレティシアに「正しい」答えをくれる祖父だから。
 
「それこそが、大公様の最大の弱点でしょうね。私には、そのような者がいなくて、本当に良かったと思っていますよ」
 
 祖父の言う通りだった。
 サイラスに言葉は通じない。
 話せばわかる相手でもない。
 
(あのド変態ジジイより、最悪だよ。タチ悪い)
 
 この世界に来る前、たびたび見ていた夢を思い出す。
 レティシアを繰り返し殺す、殺人鬼。
 その殺人鬼に、外見も似ているけれど、中身も似ていた。
 レティシアが逃げても、立ち向かっても、結果はいつも同じ。
 殺されて飛び起きるはめになっていた。
 だが、ここは夢の中ではない。
 現実だった。
 
 『殺されると思いなさい』
 
 祖父の言葉を、また思い出す。
 そうか、と思った。
 
(殺されるかもしれない、じゃないんだ)
 
 推測では足りない、ということだったのだろう。
 可能性としてあり得る、ということでもない。
 とはいえ、すでに、ここに来てしまっている。
 サイラスは、目の前にいるのだ。
 
(私って、甘ちゃんだよな。サイラスも王子様を大事にしてるって思ってた。だから、止められるんじゃないか、なんて思ってさ)
 
 大事な人がいれば、相手にも大事な人がいることくらい、わかる。
 わずかにでも理解できる部分があれば、利害が対立していても、妥協点を見つけられたり、譲歩を引き出せたりできるものだ。
 けれど、サイラスとは理解し合えるところが、なにもない。
 レティシアは、ちらっと王子様に視線を向ける。
 
(でも、王子様は、サイラスが大事だって言う……わかんないな……)
 
 命を救ってくれた育ての親だから。
 そう言われると、そうなのだろうとは、思う。
 だとしても、さっきの言われようにも、王子様は怯まなかった。
 自分が騙されていたことやなんかは、もうわかっているのだろうに。
 
(認めたくないだけっていうのとも、違う感じだし……)
 
 よく「相手の気持ちになって考えろ」との言葉を聞く。
 逆の立場だったらと、レティシアも考えることはあった。
 少しだけ考えてみる、嫌だけど。
 
 もし祖父が、自分に対して、サイラスみたなことを言ったりしたりしたら。
 
 深く傷つくだろうし、傷つけられて腹を立てるだろう。
 憎みさえするかもしれない。
 嫌いになって、そして。
 
(……王子様、やっぱり打たれ強いんだね。そこだけは感心するよ)
  
 彼は、サイラスの手を離したくないのだ。
 それが、どれほど寂しいことかを、知っている。
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