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第2章 黒い風と金のいと
そのために、ここにいる 2
しおりを挟む「どうなってんだ、これ」
ジークは、顔をしかめて、扉を見つめる。
この扉の向こうにレティシアがいるのだが、入ることができないのだ。
息子の家に行くと言った彼に、ついては行かなかった。
指示されたわけではない。
ジークの判断だ。
彼がいない間に「なにか」あったら、と考えた。
どうせ、彼は1人で動ける。
それに、必要があれば、呼ばれるだろうし。
彼よりも、彼の孫娘のほうが気がかりだった。
ウサギの時の二の舞になりかねない。
そんな気はしていたのだ。
案の定、彼女は、また突発的な行動に出ている。
彼が「屋敷の者より自分を優先しろ」と言っているのを、聞いていた。
人ばらいはされていたが、その中にジークは含まれていない。
必要があると思った際は、彼の近くにいて、話を聞く。
そのことを、彼も知っている。
彼が、どう思っているか、ジークには、だいたいわかるのだ。
1人でいたいと思っていれば離れているし、本当に孫娘と2人になりたい時も、近づかない。
彼との関係は、そういうものだった。
(わかってたサ。こーなるんじゃねーかってことくらい)
彼の孫娘に対する忠告は、すべて知っている。
彼が「難しい」と言っていたことは、ジークも思っていたことだ。
彼の孫娘には、屋敷の者より自分を優先するなんて、ほとんど不可能に近い。
頭では覚えていても、感情が、それを忘れさせるのだろう。
さりとて、面倒には感じなかった。
彼女は、彼の宝なのだ。
ジークの「どうでもよくない」の箱にも入っている。
彼の孫娘が、どう振る舞おうと、守るのが役目。
そう心得ていた。
彼がいない、もしくは連絡が取れない場合は、自分が対処する。
そのつもりで、ジークは姿を消して、彼女を近くで見守っていた。
彼の不在中、屋敷を訪れた者がいたが、その男自体に危険はないと思った。
しばらく2人の会話を聞いていて、それが王太子の弟だとわかったからだ。
王太子の行動が引き金になることはあっても、王太子自身は、彼女を害する気は、まったくない。
弟からも、その気配は感じられなかった。
血縁もないのに、間が抜けているところが、そっくりだ。
が、弟には兄にないものがある。
魔力の量を、ジークは的確にとらえていた。
弟のそれは、上級魔術師を、遥かに越える。
上手に隠しているようだったが、ジークには通じない。
彼のように個を特定するには至らないまでも、精度は彼と同程度なのだ。
使う気があるかはともかく、相当な魔術の腕の持ち主に違いない。
などと、思っていたら、彼の孫娘の口から「点門」の言葉が飛び出した。
すぐさま彼女の傍に近づき、一緒に門を抜けている。
王太子の弟に気づかれるのはわかっていたが、置いていかれるわけにはいかなかったのだ。
幸い、弟は、何も言わなかった。
気づいているのは確かだったので、ジークの存在に言及しなかった理由は不明だったけれども。
そして、ジークは初めて王宮に、足を踏み入れている。
迷うことなく、サイラスのいる場所に、彼の孫娘は向かった。
当然、ジークも2人について行った。
サイラスが、彼女を殺そうとするのは、分かりきっている。
すぐに彼も来るだろうが、それまで自分が相手をしてやろうと思っていた。
姿を消したままでも、ジークは魔術が使える。
サイラスは、ジークにとっても、ずっと邪魔な存在だった。
彼の「殺す」との言葉に、微塵も抵抗感はない。
変転で、何かの動物になって襲ってやろうか。
その考えが制されたのは、王太子の私室とやらの扉の前。
どういうわけか、ジークは足を止められてしまったのだ。
彼の孫娘と王太子の弟は、進んでいくのに。
追いたくても、追えない。
どうしても、そこから先に進めなかった。
見えない壁がある、といった感じではなく、本当に「入れない」のだ。
これは、魔術ではない。
ジークは、即座に悟った。
同じくらい瞬時にわかった。
彼も、ここに入ることができない。
サイラスが、なんらか手を打っていたのだろう。
どういう手なのか、ジークにはわからなかった。
が、彼ならわかるはずだ。
そして、破る方法も知っているに違いない。
なにせ彼以上の魔術師などいないのだから。
「早言葉も使えやしねえ」
繰り返し、彼に呼びかけてはいる。
彼も、おそらく即言葉で、ジークを呼んでいるはずだ。
王宮にある魔力の渦に、彼が気づかないはずがない。
ジークが、彼の孫娘の近くにいるのも知っている。
それでいて、呼ばない理由がなかった。
つまり、この辺りでは、彼との伝達も遮断されていることになる。
いったん彼の元に引き返すことも考えた。
が、離れたとたん、戻れなくなる可能性もある。
彼を待つほうがいい、と判断した。
「せっかちは、サイラスだけでいいってことサ」
苛々しても、焦ってもしかたがない。
彼の孫娘の魔力量が大きいからか、それでも、薄っすらと感知できている。
彼女は、まだ殺されてはいないのだ。
ジークは、最大限に魔力感知の幅を広げている。
そのため、王宮内に魔術師が、うじゃうじゃいることに、気づいていた。
「あ」
ジークの胸に、歓喜が満ちる。
その、うじゃうじゃが消えていくのを感じた。
街路に灯された明かりが、道なりに消えていくように。
「見境ねーな」
はっきりと、こちらに向かっている。
少しの間のあと、人影が見えた。
彼が、ジークのいるほうに向かって歩いてくる。
姿は消したまま、彼を待った。
(遅え)
「今の私は、機嫌が斜めに傾いているのでね」
要するに、彼は非常に腹を立てているのだ。
静かな物言いに、彼の激しい怒りが含まれている。
レスターの時は「そこまで」では、なかった。
事態が、より切迫しているからかもしれない。
(なんか手はあるんだよな?)
彼は無表情で、扉を見つめている。
それから、首を横に振った。
(ウソだろ)
「本当だよ、ジーク」
(入れねーのかよ)
「これは、刻印の術なのでね。しかも、サイラスのお手製だ」
彼に打ち破れないものがあるなんて、ジークには信じられない。
封じられているとわかっていたから、彼の機嫌は斜めに傾いていたようだ。
すぐに孫娘の傍に行けないことで、激昂している。
今にも王宮を吹き飛ばしかねない勢いだった。
「ジーク。私も、それは考えているよ」
彼女を守るためなら、彼は、どんなことでもする。
そこには、同情も憐憫もない。
誰のことも犠牲にできる。
最善の道が閉ざされてしまったら、最良を取るしかないのだ。
「刻印の術は、普通は傷をつければ簡単に緩む。だから、壁なり扉なりを吹き飛ばせばすむのだが……サイラスは、塗料を使っていない。代わりに、別のものを印にしている」
(別のものって?)
「おそらく、私の個を特定するものだ」
それで、わかった。
ジークには、彼の力が宿っている。
彼そのものではないが、彼と同等のものとして認識されているのだろう。
だから、彼の孫娘と王太子の弟は進むことができたのだ。
彼女は彼の血を受け継いでいても、力までは宿っていない。
「そこまでして、あれを見たいのか」
(サイラスか?)
「本当に碌でもない男だ」
彼の孫娘を殺して、彼を怒らせて、そこまでして、サイラスが見たいもの。
ジークには、わからない。
サイラスが禄でもない、というのには同感だけれども。
「だが、希望はあるよ、ジーク」
(希望?)
「レティさ。私の愛しい孫娘」
ジークでさえも少し苦しくなるほどに、膨大な魔力の重圧を感じた。
いつもは隠している、その力を、彼が解放しているのだ。
「あの娘は、私を信じてくれている」
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