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第2章 黒い風と金のいと
そのために、ここにいる 3
しおりを挟む「口上は、それで終わりですか?」
うんざりしてもいいところだったが、サイラスは少し機嫌がいい。
レティシアが、必死な姿を見るのは、心地良かったのだ。
その心を折る瞬間の楽しみがある。
彼女の言葉を察するに、彼女は大公の「人ならざる」部分を受け入れたらしい。
16歳の女性には無理だとの判断は、誤っていた。
レティシアの大公に対する愛情もまた、とても強いのだ。
とはいえ、それは現状を覆す、なんの「足し」にもならない。
「ああ、ところで……」
サイラスは、レティシアに視線を向けた。
彼女の考えは、読めている。
運に任せるなど、それこそサイラスの趣味ではない。
さりとて、これは運が良かったとしか言いようがなかった。
王太子が突然に「即位しない」と言い出したこと。
レティシアが「この部屋」にやってきたこと。
どちらも偶然の産物だ。
ツキ、というものが、自分にあったのかもしれない、と思う。
「大公様のお出ましを、お待ちなのでしょう?」
レティシアは、時間稼ぎをして、大公を待つつもりだったのだろう。
1人で飛び込んでくるのは、いくらなんでも無謀に過ぎる。
サイラスは、とことんレティシアを読み間違えていた。
が、しかたがない。
彼女が「そういう」性格なのだとは、知らないので。
「残念ですが、大公様は、この部屋には入れません」
もちろん彼女のために、大公は来るはずだ。
けれど、この部屋には入れない。
「大公様を、魔術で追いはらうことはできませんがね。世の中には、ほかにも手立てがあるのですよ」
サイラスは、エッテルハイムの城で仕入れた情報を元に刻印の術を使っている。
レスターだけが、なぜあの城から出られずにいたのか。
それは、彼の血に、禁忌の印が刻まれていたからだ。
もちろん、大公の血に、禁忌の印など刻めようはずもない。
「あなたもご覧になった、あの写真。大公様にも、お渡しをしました。ふれたものには、手の痕が残ります。ご存知ではないと思いますが……」
「指紋……?」
サイラスは、その言葉に、かなり驚かされていた。
このことを知る者はいない。
少なくとも、サイラスが知る限り「個」を特定する方法は存在していないのだ。
魔力感知でさえ、限界がある。
大公であれば、あるいは魔力感知による「個」の特定はできるかもしれない。
それでも、可能性の範囲に過ぎなかった。
しかも、魔術を使わない「個」の特定など、誰も考えもしなかっただろう。
自分以外は、とサイラスは思っていた。
が、なぜか彼女は知っている。
言葉自体の意味はわからなかったが、口調から、即座に「彼女は知っている」と悟ったのだ。
「なぜあなたがそれをご存知なのかは知りませんし、どうでも良いことです。私が大公様を特定できる、ということが、重要なのですから」
「お祖父さまに、なにかしたのっ?」
「何もしておりませんよ、大公様にはね」
ただ、この部屋の周りに、刻印の術を張り巡らせているだけだ。
レスターとは真逆の性質を持つ術。
レスターは、レスターという「個」を特定され、あの城に閉じ込められていた。
魔術ではないので、魔術で破ることはできない。
当然、力業でも不可能なのだ。
レスターは、城から出ようと、どれほどあがいたことだろう。
扉を破るために、どんなことでもしたはずだ。
それでも、出られなかった。
ほかの者は、簡単に出入りができたのに、レスターだけは例外。
その逆で、サイラスは、大公という「個」を、この部屋から弾いている。
サイラスが血の代わりに使ったのは、大公の指の痕。
前々から、これで「個」を特定できる、との結論を得ている。
魔術だけではなく、様々なことで、サイラスは研究熱心だった。
なにしろ、目指す相手は大公なのだ。
魔術だけでは、心もとない。
「この部屋に、お入りいただくことはできない、というだけです」
「そっか……お祖父さまは、この部屋には入れないんだ」
レティシアの反応は、サイラスの予想とは違う。
待っていた祖父が来られないと知れば、彼女の心は折れるに違いない。
己の死を確信し、絶望する。
そう考えていた。
予想を外され、サイラスは眉をひそめる。
彼女は、なにかおかしい。
初めて会った時の印象が、サイラスの中には残っていた。
そのせいで「読み」を切り替えることができずにいる。
多少の変化はあったのだろうとは思うものの、人の持つ資質というのは、そう簡単には直せないものだ。
とくに、レティシアは、我儘で高慢だった。
負の性質ほど、いったん定着すると直しにくいものもない。
(ですが……この娘は、前とは違いますね……まるで別人のようではありませんか……)
大公に、心を操られている、との考えも捨て切れずにいる。
いくつもの推測は立てられた。
が、そのどれもに「裏付け」が取れない。
しつこいくらい確認したと思っていた、王太子のことでも失敗している。
なんとなく落ち着かない気分になった。
さりとて、引き下がれないところまできている。
(大公様が、この部屋にいらっしゃれないのは、確定でしょうね。この段階でも、姿を現さないのですから)
孫娘の危機を、これだけの時間、放置しておくとは考えにくい。
間違いなく、刻印の術は効いている。
ならば、問題はなかった。
目の前の小娘を、始末する。
邪魔を排除するだけではない。
大公の嘆くさまを、この目で見られるのだ。
再び、心が安定してくる。
レティシアに対しての読み間違いが、些末なことに感じられた。
サイラスは、レティシアから視線を外し、王太子に向ける。
「殿下。私も長く殿下にお仕えしてまいりましたから、ひとつだけ殿下に、機会をお与えしましょう」
これまでずっとそうしてきたように、サイラスは、王太子に微笑みかけた。
内心の嘲りも、そのままに。
「星を落とすのを、やめてさしあげましょうか?」
もちろん、そんな気は、さらさらない。
まるきりの嘘だ。
王太子は、まだレティシアを庇うようにして立っている。
「その娘を、私に引き渡せば、星を落とすのはやめますよ」
「殺すのか?」
「仰る通りにございます、殿下」
王太子が、顔をしかめた。
どちらを選ぶか、わずかながら興味がある。
大半の理由は、王太子に対する罰だけれども。
「殿下は、王であらせられます。国の平和と安寧のためにおわすのでしょう?」
たっぷりと皮肉をこめて、そう言った。
王太子が、それを理由に、サイラスの「予定」を引っくり返したからだ。
「わかった。レティシアを、お前に渡す」
「は……?」
レティシアが、唖然とした顔をしている。
が、すぐに正気に戻ったようだ。
王太子に向き合うように、わざわざ前に出てくる。
「ちょぉっとーッ! 少しは庇おうって気はないのっ?!」
「なぜ、俺が、お前を庇わねばならん?」
「な……っ……そ、そりゃ、王子様は王子様だから、国のことを考えるのが仕事だけどさあ! 少しは、こう、もっと……なんかあるじゃんかっ!」
「俺の役目は、お前を守ることではないのでな」
怒鳴るレティシアにも、王太子の心が動かされた様子はない。
見捨てられたレティシアの姿に、サイラスは笑いたくなった。
「それでは、殿下は、少しお下がりを」
王太子が、素直に後ろへと下がる。
どの道、星を落として巻き添えにするつもりではあるが、今は、レティシアが先だ。
サイラスは、目を細めて、レティシアを見つめた。
彼女の体が、目に見えて震える。
恐れ慄く姿に、心から満足した。
そして、すいっと手を伸ばす。
「あなたの亡骸に、大公様はすがるのでしょうねぇ」
思い描きながら放った、無数の光の矢が、彼女に向かって飛んだ。
彼女の体が、光につつまれたかのように見える。
それほどの数を、放ったからだった。
念には念を、サイラスは、神経質で芸の細かい男なのだ。
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