182 / 304
第2章 黒い風と金のいと
守るための力 2
しおりを挟む「……グレ、イ……?」
グレイは片手でサリーの体を支え、もう片方の手で、サリーの手を握っている。
サリーが、グレイを、じっと見つめていた。
目で会話ができる2人だ。
隠し事は、できそうにない。
とはいえ、あえて言う必要もない、とグレイは思う。
大公からの魔力分配が切れていた。
何かあったのか、必要があって切ったのかは、わからない。
王宮と屋敷は、それなりに離れている。
騒ぎになっていても、声まではとどいてこないのだ。
玄関ホールには、グレイとサリーの2人だけ。
ほかの者は、地下に逃げ込ませている。
マルクは残ると言い張っていたが、なんとか説得した。
彼は、屋敷で最も年長であり、責任感も強い。
最終的には「マルクのクリームシチューが食べられなくなったら、レティシア様が悲しむ」と言って、引き下がらせている。
グレイは、サイラスのしそうなことを、薄々、察知していた。
だから、どうしても、みんなを地下室に逃げ込ませる必要があったのだ。
あの空を、グレイも見ている。
あの場では会わなかったが、たぶんサイラスも「あれ」を見たに違いない。
そして、自らの手で落とそうと考えているのではないか。
なんとなく、そう感じる。
そうでもなければ、これほどの魔力をかき集める必要はない。
だいたいサイラスの行動は、どれもおかしかった。
思い返してみると、微妙に歪だったことが、わかる。
レティシアの魔力を顕現させた時も、エッテルハイムの時も、私戦の時も、同じ歪みがあった。
標的が死んでもかまわないが、死ななくてもかまわない。
なぜ、そんな中途半端なのか、今まで理解することができずにいた。
確実に殺す方法だってあったはずだし、サイラスが、その方法を見逃したとは思えない。
選ぶべくして、いわば「失敗」の道を進んでいるようにしか見えないのだ。
その奇妙な矛盾が、グレイに仮説を立てさせている。
サイラスは、あの空を再現しようとしているのではないか。
そのためには、大公に星を落とさせるか、自らの手で落とすしかない。
さりとて、大公が2度目の星を落とすことは、なかった。
これからだって、きっと起こりえないのだ。
大公の傍には、レティシアがいる。
彼女が、そんなことを望むわけがない。
だとすれば、サイラスに残された道はひとつ。
(あんなものを見たがるなんて……魔術師ってやつは……)
グレイは、魔術を使いはするが、芯は騎士だった。
確かに、美しい光景だった、とは思う。
けれど、残酷さの印象のほうが強かった。
それまであったはずの敵兵たちの名は、星とともに消えている。
もちろん比喩だけれど、グレイにすれば、彼らは死とともに「名も無き兵士」となったのだ。
大公の絶対防御の領域から飛び出した者たちも、似た感覚を持ったに違いない。
だからこそ、後悔に涙した。
大公1人に、これほどまでの残酷な仕打ちをさせてしまったと。
「……グレイ……あなたの魔力は……」
魔力を注いではいたが、彼女の顔色は蒼を通り過ぎて白くなりつつある。
グレイは、ぎゅっと強くサリーの手を握りしめた。
グレイ自身、すでに半分以上の魔力を消費している。
それでも、グレイが、サリーに魔力を注ぎ続けなければ、彼女は命を失うのだ。
残量など気にしてはいられなかった。
「大丈夫だ。きみとの約束を、守らなければならないからな」
「あら……必死なのね……?」
茶化したように言う、サリーの声は、とても小さい。
グレイは、寄聴を発動している。
魔力の無駄遣いと言われてもかまわなかった。
サリーは目を閉じたり、開いたりしている。
が、少しずつ閉じている時間が長くなっていた。
目での会話も、すぐにできなくだろう。
だから、サリーの声を、聞いていたかったのだ。
「そりゃあ、必死さ。きみと口づけのひとつもできないなんて、無念過ぎる」
サリーが小さく、弱々しく笑った。
その手を、ぎゅっと強く握る。
「それだけで……いいの……?」
「いや……まぁ……それは……なんというか……」
サリーを失うかもしれない。
だが、失いたくない。
執事も騎士もどうでもよくなるほどに、そう思った。
だからこそ、求婚に踏み切れたのだけれど、基本的にグレイは女性を口説くことには、弱腰なのだ。
「しようのない人ね、グレイストン……私が、押し倒すしかないみたい……」
「そうだな。そうしてもらえると、助かる」
口元に笑みは浮かんでいるが、サリーは目を伏せている。
グレイの手を握り返してくる力も、ほとんどない。
大公の言葉が思い出された。
『サリーは素晴らしい女性だ。そう思わないかね、グレイ?』
その通りだ、と思う。
騎士を捨てられず、女性を口説くこともできない、自分のような不甲斐ない男を、サリーは見捨てずにいてくれた。
それどころか、妻になってくれると言う。
サリーのような女性は、ほかにはいない。
絶対に、彼女を、逝かせるわけにはいかないのだ。
(魔力がサイラスに奪われている……強制的に引き剥がされている、ということだ……それなら……)
グレイの魔力自体が、かなり残り少なくなっている。
これは賭けになるだろう。
グレイの身も危うい。
それでも、サリーのいない世界など、グレイには考えられなかった。
グレイは騎士だ。
守るために、戦う。
そして、グレイは優秀だった。
一縷の望みであれ、手立てを思いつく。
迷わず、釣引を発動した。
サリーから魔力を引き寄せる。
サリーの体を介しての綱引き。
サリーは、魔力を奪われていた。
つまり、引き剥がされ、そちらに引っ張られているということだ。
だから、グレイは、その引く力に抗っている。
引っ張り返した魔力を、そのままサリーに戻していた。
グレイの釣引は、引き込んだ魔力を己のものに変換はできない。
それゆえに、サリーに「返す」ことができる。
(そうとも……必死さ……サリー……きみを繋ぎ止めておくためなら、私は、なんだってする)
グレイはサリーと、命を分け合っていた。
お互いに死ぬかもしれないけれど、1人で生き残るのも寂し過ぎる。
けれど、諦めてはいない。
サリーの白い頬を、じっと見つめる。
意識を失いかけながらも、グレイは引き合いを続けた。
釣引は、その性質上、1度、発動してしまえば、魔力を注ぎ足す必要はない。
たとえ器が空でも、グレイが切るか、意識を失うまでは、持続する。
サリーに魔力を「返す」際、グレイは、残りの魔力を上乗せしていた。
『自分の器に、人の魔力を引き込むなんて、危険過ぎるわ。使い道がないのなら封印しておくべきね』
釣引についてサリーに話した時に、言われたことだ。
魔力は、与えられたものであっても、器を持つ者の特性に染まる。
それが魔力の意思となり、歪められるのを嫌う「元」でもあった。
だから、人の魔力を自分の器に引き込むのは、色も形も硬さも違う石を、無理に器にねじ込むようなものなのだ。
もちろん、無理を続ければ、器のほうが壊れる。
「サリー、きみの魔力は、きみに似て優しいんだな」
グレイの器を壊そうとしていない。
むしろ、ぴったりと寄り添っているかのように感じられる。
その分、体にかかる負荷が、軽減されていた。
サリーは、世話焼きで、面倒見がいい。
心配性でもあるが、しっかり者だから、自分でなんでもやり切ろうとする。
グレイが気づかないところでも、支えてくれていたはずだ。
ようやくグレイは、気づく。
エッテルハイムの城から戻った時、私戦にケリがついた時、サリーが怒っていた理由について。
自分を失うことを、サリーは悲しんでいた。
グレイも、今、同じ立場に立たされている。
こんなにも苦しいのか、と思った。
サリーの頬に、自分の頬をすりつける。
「……きみを……とても愛しているよ……サリンダジェシカ……」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】恋につける薬は、なし
ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。
着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…
【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))
あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。
学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。
だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。
窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。
そんなときある夜会で騎士と出会った。
その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。
そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。
表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。
結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。
※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)
★おまけ投稿中★
※小説家になろう様でも掲載しております。
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ化企画進行中「妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される」完結
まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。
コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。
部屋にこもって絵ばかり描いていた私は、聖女の仕事を果たさない役立たずとして、王太子殿下に婚約破棄を言い渡されました。
絵を描くことは国王陛下の許可を得ていましたし、国中に結界を張る仕事はきちんとこなしていたのですが……。
王太子殿下は私の話に聞く耳を持たず、腹違い妹のミラに最高聖女の地位を与え、自身の婚約者になさいました。
最高聖女の地位を追われ無一文で追い出された私は、幼なじみを頼り海を越えて隣国へ。
私の描いた絵には神や精霊の加護が宿るようで、ハルシュタイン国は私の描いた絵の力で発展したようなのです。
えっ? 私がいなくなって精霊の加護がなくなった? 妹のミラでは魔力量が足りなくて国中に結界を張れない?
私は隣国の皇太子様に溺愛されているので今更そんなこと言われても困ります。
というより海が荒れて祖国との国交が途絶えたので、祖国が危機的状況にあることすら知りません。
小説家になろう、アルファポリス、pixivに投稿しています。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
小説家になろうランキング、異世界恋愛/日間2位、日間総合2位。週間総合3位。
pixivオリジナル小説ウィークリーランキング5位に入った小説です。
【改稿版について】
コミカライズ化にあたり、作中の矛盾点などを修正しようと思い全文改稿しました。
ですが……改稿する必要はなかったようです。
おそらくコミカライズの「原作」は、改稿前のものになるんじゃないのかなぁ………多分。その辺良くわかりません。
なので、改稿版と差し替えではなく、改稿前のデータと、改稿後のデータを分けて投稿します。
小説家になろうさんに問い合わせたところ、改稿版をアップすることは問題ないようです。
よろしければこちらも読んでいただければ幸いです。
※改稿版は以下の3人の名前を変更しています。
・一人目(ヒロイン)
✕リーゼロッテ・ニクラス(変更前)
◯リアーナ・ニクラス(変更後)
・二人目(鍛冶屋)
✕デリー(変更前)
◯ドミニク(変更後)
・三人目(お針子)
✕ゲレ(変更前)
◯ゲルダ(変更後)
※下記二人の一人称を変更
へーウィットの一人称→✕僕◯俺
アルドリックの一人称→✕私◯僕
※コミカライズ化がスタートする前に規約に従いこちらの先品は削除します。
【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。
お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること
大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。
それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。
幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。
誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。
貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか?
前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。
※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる