理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第2章 黒い風と金のいと

守るための力 3

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 サイラスは、12歳から長きに渡り、大公に憧れてきた。
 心酔しているフリではない。
 本気で、大公だけが、サイラスの尊敬の対象だったのだ。
 
 偉大なる魔術師、ジョシュア・ローエルハイド。
 
 大公の落とした星に感動し、涙している。
 あまりにも美しかった。
 そして、残酷でもあった。
 だからこそ、よけいに惹かれたのだろう。
 
「なぜ、大公様は、そのお力を使おうとなさらないのです? 大公様ほどの御方であれば、世界を統べることさえ、お出来になるでしょう?」
「つまらないことを言うねえ」
 
 サイラスの心に、細くひびが入る。
 サイラスは、そのためだけに、長い時間を費やしていたからだ。
 けして、つまらないことなどではない。
 サイラスの矛盾した2つの目的。
 そのいずれもが、大公を起点としていた。
 
「私は……あなたに付き従ってもかまわないとさえ、思っていたのですよ」
 
 サイラス自身は気づいていないが、少しずつ冷静さが失われている。
 大公は、表情をまったく変えない。
 それどころが、どうでも良さそうに、ズボンのポケットに両手を入れていた。
 いかにも、サイラスに関心がないといった様子だ。
 
「きみのような者に、付き従われても迷惑だ」
「私には、力がございます」
「ああ、その無粋な力のことかい?」
 
 大公と話すたびに、感情が乱されてしまう。
 抑制しようとしているのに、なぜかうまくいかない。
 大公は、もっと自分に注意をはらうべきなのだ。
 無関心でいられるはずがない、とも思う。
 彼の孫娘を、たびたび危険にさらした。
 それに対する、怒りの感情はあるに違いない。
 
「私はね、きみのことなど、どうでもよいのだよ」
 
 口調はとてもなめらかで、落ち着いている。
 が、声には感情が微塵もこもっていなかった。
 どこにも起伏がなく、ひたすらに、平坦。
 
 大公は、両手をポケットに入れたままだ。
 サイラスに攻撃されることを、なんとも思っていないらしい。
 逆に、サイラスは、額に細かな汗を滲ませている。
 なにもされていないのに、感情が揺らされていた。
 
「そこいらにある石にだって、注意は、はらうのだがね。ほら、馬車の車輪に巻き込んで、輪木を壊してしまうかもしれないだろう? どんなものにでも、なにかしらの意味ってやつが、あるものだよ、たいていはね」
「私には、その意味がない、と仰られているのですか?」
 
 大公は、答えず、肩をすくめる。
 大公の意図は、わかっていた。
 サイラスが、彼を怒らせようとしたのと同じだ。
 大公も、サイラスの怒りを煽っている。
 乗せられてはいけないと思うのに、じわじわと感情に支配されつつあった。
 息が乱れ、肩が小さく上下している。
 
(今の私には、力があるのです。大公様にも、それを、わかっていただかなければなりませんね)
 
 自分の力を、認めさせればいい。
 どうでも良いと切り捨てられないほどに、見せつけるのだ。
 そうすれば、大公も思い直すだろう。
 
 サイラスという、大公に並ぶ魔術師がここにいる、と。
 
 左手を前に突き出す。
 右手で素早く空気を掻いた。
 魔術を発動するには動作が必要となる。
 その正確さと速さが、重要なのだ。
 サイラスは、ただの1度も間違ったことがない。
 速さも十分に身に着けている。
 
 大公の足下から、数百もの剣が突き上げた。
 人1人、簡単に串刺しになる。
 
「小石のほうが、これよりか危険だ。さっきも言ったかな?」
 
 剣は大公を避けて、くにゃりと折れ曲がっていた。
 サイラスは分配をやめ、魔術師たちからも魔力を奪っている。
 これまでとは比較にならない威力のはずだ。
 なのに、まったく手ごたえがない。
 
 『大公とやり合って、勝てるはずがなかろう』
 
 王太子の言葉が聞こえたが、サイラスは耳を塞ぐ。
 勝算がなければ、戦いを挑んだりはしなかった。
 己の判断の間違いを、サイラスは認めない。
 
 大きな鎌の刃先に似た、黒い曲線の刃を飛ばす。
 同時に、大公を中心に、炎の柱を噴き上げさせた。
 その内側へ、光の矢を放つ。
 
 ぱきん。
 
 実際は、音はしなかった。
 けれど、聞こえる気がするくらい、刃が綺麗に2つに割れる。
 しかも、曲線に沿って、真っ二つになっていた。
 炎の柱の下に、折れた光の矢が落ちてくる。
 最後に、丸カーテンが滑り落ちるようにして、炎の柱が消えた。
 
 大公は、いまだポケットに手をつっこんだままだ。
 なにもなかったような顔をしている。
 おそらく、大公にとっては、本当に「なにもなかった」のだろう。
 
「拍手をする気にもならないね」
 
 言葉に、腹が立った。
 全身が怒りに満ちてくる。
 これほど近くにいるのに、大公はサイラスを見ていない。
 もうずっと、視線を明後日のほうに向けていた。
 
 こんなに近くまで、ようやく来たというのに。
 
 したくもない努力をし続けた。
 うんざりすることも我慢し続けた。
 使える時間をすべて使い、階段をのぼり続けてきたのだ。
 ただ、大公といういただきに辿り着くためだけに。
 
 サイラスは、ジョシュア・ローエルハイドに心酔している。
 同じ魔術師でありながら、自分にはない力を、彼は与えられていた。
 天からの祝福を受けているかのごとき、尊い存在なのだ。
 なにものにも脅かされず、屈することもない。
 彼は、孤高で気高かった。
 
 人ならざる者。
 
 そのようなものになりたいと、サイラスは思っている。
 思い続けてきた。
 彼に憧れて、憧れて、憧れて、憧れ尽くして。
 
 憎んだ。
 
 あんなにも美しく残酷な空を見せておきながら、それっきり。
 彼に、2度目はなかった。
 サイラスは、渇望し、飢えている。
 大公が見せようとしないのなら、自分で自分の望みを叶えるしかない。
 
 両腕を交差させてから、それを大きく横に開く。
 おびただしい量の鉛の球が現れる。
 腕を前に出し、ぱんっと両手を打った。
 瞬間、鉛の球が光の速さで、大公に向かって飛ぶ。
 死体ともつかない肉の粒にするつもりだった。
 
 鉛には、炎や氷、光といった属性がない。
 そのため、魔術師にとっては厄介なものとなる。
 魔術師には得手、不得手な属性があるからだ。
 資質とでもいえるものであり、克服するのは生易しいことではなかった。
 たとえ大公でも、魔術を使う者である限り、属性には縛られる。
 不得手な属性を探してぶつけるよりも、簡単で効果的。
 それが「無」なのだ。
 
「きみに似合いの魔術ではあるがね」
 
 鉛の球が、いっせいに動きを止めた。
 大公は、先ほどと変わらない様子で立っている。
 
「私は、常々、王宮道化師も、舞台道化師のように、これをつければいいのじゃないかと、思っているのだよ」
 
 すっかり上の空といった調子だった。
 空中に浮遊している鉛の球が、つうっと融ける。
 
 まるで道化師の左頬に描かれた、涙の形。
 
 鈍い銀色が、ひとつずつ、ゆっくり、ぽたん…ぽたん…と、床に落ちていく。
 それを見つめるサイラスの頭に、あることが浮かんだ。
 
(皮肉にも……ほどがあるでしょう……)
 
 大公には、同情も憐憫もない。
 サイラスを、徹底して無視している。
 今さらに、気づいた。
 
 手がとどいたと思った嶺は、遥か遥か先。
 
 爪も引っかかってはいなかった。
 大公が、どれほどの高みにいるのか、サイラスには見えなくなる。
 自分は、彼にとって、何者でもないのだ。
 
 大公は、この部屋に入ってから、1度も、サイラスの名を呼んでいない。
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