理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第2章 黒い風と金のいと

守るための力 4

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 彼は、レティシアのことを思っている。
 きっと泣いているに違いない。
 そのことに胸が痛んだ。
 
(私がお前を守ろうとすることは、お前を傷つけることでもあるのだね)
 
 対象がサイラスならばいい、とは、彼女は思えずにいるだろう。
 それでも、レティシアは、彼に寄り添おうとする。
 どんな脅威も跳ねのける彼を、守ろうとするのだ。
 彼の決断は、彼女を傷つけると、わかっている。
 
(だが、私は、もう誤った判断はしたくないのだよ、レティ)
 
 一瞬で片づけられた戦争を、8ヶ月も引き延ばした。
 より良い結果を得ようとして、判断を誤ったのだ。
 サイラスを生かすも殺すも、彼には簡単なことだった。
 レティシアのためを思うのなら、きっと生かすのが正しいに違いない。
 人の命を奪う選択をしたと、彼女が思い続けずにすむ。
 
 だとしても、彼には、サイラスを「生かす」理由がなかった。
 
 生かしておけば、サイラスは、何度でも同じことを繰り返す。
 考えを改めることは、絶対にない。
 魔力を奪われても、別の手だてを考えるに決まっていた。
 そして、周囲を篭絡ろうらくし、あらゆる策を弄して「悪さ」をする。
 
 サイラスは、彼の脅威を知ってしまった。
 直接やり合うおうとはしなくなるに違いない。
 それならそれで、諦めればいいのだが、サイラスが諦めるとは思えなかった。
 王太子が即位を拒んだ今、サイラスの標的はレティシアになるはずだ。
 
 ここで始末をつけておかなければ、必ず、そうなる。
 
 わかるから、彼はサイラスを許せない。
 レティシアが傷つくとわかっていても。
 
「やはり、きみとの会話は、極めて退屈だった」
 
 床は、溶けた鉛の滴痕しずくあとで汚れている。
 固まっているので、掃除するのは、さぞ骨が折れることだろう。
 
「私は……私の目的を果たすまでです。あなたに、どれほど無視されようとも」
 
 サイラスの体から黒い瘴気が立ち昇っていた。
 器にめた魔力を解放している。
 2つの魔力が混在しているため、光の帯にはならないのだ。
 サイラスの周りに、真っ黒な渦が巻いている。
 空気も、ぐっと重くなった。
 
「ジーク」
「あいよ」
 
 ジークが、彼の隣に姿を現す。
 そのジークを見て、サイラスの目が見開かれた。
 
「どうして……なぜ、そのような者が、あなたの隣にいるのですかっ?!」
 
 黒い渦に取り巻かれながらも、サイラスが叫ぶ。
 瞳から、怒りという感情があふれていた。
 
「あなたの隣には誰もいないはず……並ぶのなら、私であったはず……っ……」
 
 魔力の渦が、サイラスの感情に引きずられ、怒りと狂気に染まっていく。
 室内だけにとどまらず、外にも闇が広がっていた。
 渦が空に向かって伸びていく。
 陽射しが遮られ、王都全体が、薄暗がりにつつまれた。
 
「なぜ、お前のような者が……お前が……」
 
 サイラスの視線を、ジークは軽く受け流している。
 いつものように両腕を頭の後ろで組み、どうでも良さげにサイラスを見ていた。
 
「アンタがやり過ぎるから、俺には出番がねーのかって思ってたぜ?」
「そうだねえ。うっかり忘れるところだった」
「あいつの芸の細かいとこは、見習えよ」
 
 本気ともつかない言葉に、彼は肩をすくめる。
 いつもの2人の会話だ。
 どんな光景が目の前にあろうと、心は揺らがない。
 
「ここは嫌いなんだ。早く帰りてえ」
 
 少しだけ、彼は笑った。
 今のはジークの本音。
 本気で帰りたがっている。
 
「私もさ」
 
 レティシアに、サリーのことを頼まれてもいた。
 グレイへの魔力分配が、ここにいるとできないのだ。
 時間は、永遠にあるわけではない。
 少し手間をかけ過ぎたと、反省している。
 レティシアのことが気がかりで、わずかな逡巡があったためだった。
 
 が、決断は、した。
 くつがえることはない。
 
(お前が私を信じるように、私もお前を信じるよ、レティ)
 
 彼は、ゆっくりとポケットから手を出す。
 ふっと、軽く息を吐いた。
 
「にーさん、お前は、運がなかったのサ」
 
 言って、ジークが飛び立つ。
 どんなものもジークを遮ることはできない。
 天井を抜け、ジークは姿を消した。
 
 すでに、刻印の術は、解けている。
 レティシアが「命の危険」を感じたからだ。
 屋敷を離れるのだから、当然に、彼は、レティシアに「個」の絶対防御をかけて出た。
 彼女に「殺されると思え」とさとしたのも、いざという時のためだ。
 サイラスが刻印の術を使うとまでは予測していなかったが、発動しさえすれば、命の保証はされる。
 
 レティシアは、ちゃんと言いつけを守った。
 
 そして、部屋の中で彼の力が発動した瞬間、外にいた彼と繋がっている。
 その繋がりを鍵として、彼は刻印の術を破ったのだ。
 
 レティシアが彼を呼んだから。
 
 彼女の声に応えるためであれば、どんなものをも打ち崩す。
 阻むものは、それがなんであっても、排するだけだった。
 彼は、彼の基準をまっとうする。
 いつでも。
 
「あなたは、孤高でなければならない……それなのに……あんなものを……連れている……」
 
 サイラスの、にじるような声がした。
 黒い渦に巻かれ、サイラスの姿は見えない。
 が、何をしようとしているのかは、知っている。
 
 ジークは、空で待機していた。
 刻印の術が解けたので、ジークの気配も感じられる。
 
「……あなたは、誰よりも気高い存在だというのに……あんな俗な……」
 
 彼は溜め息をつきたくなる。
 誤解もいいところだ。
 
(私は、孤高でも気高くもない。ただの孤独な男さ)
 
 レティシアが、彼の腕に飛び込んでくるまでは、だけれど。
 
 彼女は力を持たない。
 にもかかわらず、強い。
 人ならざる者だと知ってなお、彼を受け入れようとする。
 彼の愛しい孫娘は、恐怖を愛情で抑えこみ、いつも笑ってくれるのだ。
 拒絶する理由なんて、いくらでも見つけられるだろうに。
 
 ジークを通じて、正確な位置を、彼は把握する。
 サイラスが星を落とし始めていた。
 
 彼は、指を、ぱちんと鳴らす。
 
 ジークのいる場所を基点にして、光の輪が大きく広がった。
 それは、王都の空を覆う円となる。
 落ちてくる星が、ことごとく光の円に弾かれた。
 細かな粒も残さず、消えて行く。
 ジークが、さらに高度を上げた。
 それに倣って、彼は動作もなしに、光の円を押し上げる。
 
「そんな……星が……私の星が……」
 
 悲痛とも言える声だったが、なんの感慨もなかった。
 やはり、彼とジークにとっては、ただの「工程」に過ぎない。
 
 彼は、虫をはらう仕草で、左手を軽く振る。
 その程度が、ちょうどよかったからだ。
 だんだんに、サイラスの周りの渦が薄くなっていく。
 連れて、サイラスが棒立ちになっているのが見えた。
 魔力を奪っていた際の、光の筋も消えている。
 
 彼が、とっくに断ち切っていた。
 
 サイラスとの会話は、なにも皮肉を言いたかったからではない。
 サイラスの心に「ひび」を入れ、魔力糸を切るためだった。
 サイラスも冷静であれば、気づいていただろう。
 なににしろ繋がりを断ち切られれば、小さくとも痛みを伴う。
 
 そして、め込んでいた魔力は、星を落とすために、あらかた使ってしまっているはずだ。
 強掠ごうりゃくは、大きな技であるため、2度も使える代物ではない。
 
 サイラスは、今、とても無防備だった。
 
「お別れの前に聞くのも失礼なのだがね。きみは、なんという名だったかな?」
 
 答えを聞くつもりもなく、問う。
 サイラスの瞳は、暗い光さえも失っていた。
 
 最後に、その目を見つめ、彼は、ぱちんと指を鳴らす。
 
 瞬間、サイラスの体が砕けて、散った。
 きらきらと光っていた粒子も、すぐに消えてなくなる。
 それを、じっと見つめる彼の耳に、ジークの言葉がとどいた。
 
(先に帰ってるぞ)
 
 ジークは、待ってくれないらしい。
 そのあっさりとした置き去りに、彼は少し笑う。
 
「私だって、早く帰りたいのだよ、ジーク」
 
 彼を守ろうとしてくれる、愛しい孫娘を、早く抱きしめたかった。
 彼が、王都の空に晴れ間が戻っているのを確認することはない。
 
 彼の力は、たった1人を守るためにあるのだから。
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