185 / 304
第2章 黒い風と金のいと
とても残念なこと 1
しおりを挟む「で? 今日は、なにしに来たの?」
レティシアは、しかめ面で、そう聞く。
玄関先で追いはらいたかったけれど、そうもいかず。
「お前に、用があって来たのではない」
王子様は、相変わらずの横柄ぶり。
落ち込んでいるかと思ったが、そうでもないようだ。
心の奥で、レティシアは、少しだけホッとしている。
あれから、十日が経っていた。
しばらくは騒がしかった王都も、今は落ち着いている。
本当のところ、何が起きていたのか、知る者はいない。
大半は、流行り病のようなものとしてとらえていた。
そもそも被害の当事者である「半端者」は、自らが魔力持ちであることを隠して生きている。
声高に、事態の説明を求める者はいない。
王宮も、この件については口を閉ざしていた。
王宮の副魔術師長が引き起こした事態などと知れれば、大変な混乱が生じる。
王宮に対する信頼は地に落ち、統制が取れなくなるため、あの出来事は秘匿されることになった。
のだそうだ。
なんとなく釈然としないところは、ある。
レティシアからすれば、少なくない数の犠牲者が出たからだ。
サリーも危ないところだったと、グレイから聞いている。
魔力量が少ない者は、数日間の意識不明とはなったものの、命を落とすことはなかった。
魔力の量が少ないがゆえに、受ける影響も小さいらしい。
が、サリーと同じか、それ以上の者は、影響が大きかったせいで、犠牲となったのだ。
死者が出ているのだから、説明責任は果たされるべき。
レティシアは、そんなふうに思ってしまう。
さりとて、それで国が乱れ、さらなる犠牲が出るかもしれないと言われれば、すべてを公にできないのも、わからなくはない。
納得できないような、しなければいけないような。
だから「釈然としない」気持ちになる。
宰相である父の苦労を慮りながらも。
「ザカリーの好いた娘のことだ」
「ああ! そういえば、そんな話もあったね」
王子様が、ぴくりと眉を吊り上げた。
レティシアは、そろりと視線を外す。
(だって、しかたないじゃん……いろいろあったし……それどころじゃなかったし……忘れるっての……)
今日、訪ねてきたのは王子様だけだ。
弟のザカリーは、一緒ではない。
「そういう話があったとは、知らなかったよ」
隣に座っていた祖父の口調は、いつも通り、穏やかだった。
今は、3人で小ホールにいる。
玄関先に、王子様を立たせておくわけにもいかなかったので「やむなく」ここに招き入れていた。
(てゆーか、アポイントって風習がないんだよなぁ。いきなり訪ねて来るのって、どうなんだよ。こっちの都合もおかまいなしにさぁ)
かの公爵令嬢が訪ねてきた時もそうだったが、あちらに「用事」があれば、見ず知らずの間柄であっても、関係ないのだろう。
ザカリーにしたって、レティシアと面識もないのに、いきなり訪ねてきた。
(思いの丈ぶつけに来る人、多過ぎだわ。アクティブ過ぎだわ)
携帯電話という便利な手段がないのは、本当に不便だ、と思う。
魔術は便利なようでいて、融通が利かないところも多いのだ。
早言葉や即言葉という連絡手段はある、と聞いている。
けれど、今のところレティシアには使えないらしい。
父のように魔力顕現していないか、グレイやサリーのように魔術が使えるか。
どちらかでなければ、うまく声が通らないのだそうだ。
要するに、レティシアは、糸電話の糸が、びよんと弛んでいる状態。
「その娘と会わせろ」
「は? 嫌だよ」
思考を断ち切って、即答する。
ザカリーならまだしも、王子様と、いきなり会わせられるはずがない。
絶対に、嫌な展開になるに決まっている。
「これは大事なことなのだぞ」
「彼女の気持ちもあるんだからね。そっちの都合を押しつけないでよ」
「ならば、聞いて来い。今すぐにだ」
少しでも「落ち込んでいるかも」などと心配して損をした、と思う。
ちっとも、上から目線な物言いは、直っていない。
落ち込んでいる様子もないし。
「……変わらないんだね、王子様は」
はあ…と、これ見よがしに溜め息をついてみせる。
あんなことがあって、ひと月も経っていないのに、王子様は変わらない。
打たれ強いにもほどがあった。
「いや、俺は、ずいぶんと変わった」
「全然そう見えない」
「それは、お前の観察不足というものだ」
「なんで私が、王子様を観察しなきゃいけないんだよ」
興味もないのに。
と、までは言わなかったけれど、心の中では、そう思っている。
呆れているレティシアに、王子様が、少し眉をひそめた。
「お前、もしや……あの件を、自分のせいだ、などと思っているのではなかろうな?」
「え……あ~……」
そうなのだ。
レティシアは、今もまだ引きずっている。
自分の選択を後悔はしていない。
星が落とされていたら、より多くの犠牲者が出ていた。
なによりサリーの命はなかったのだ。
さりとて、まったく気にせずにいられるかと言えば、そんなことはない。
「なんとおこがましい女だ」
「は……?」
返された言葉に、思考が止まる。
(ちょっと、なに言ってるかわかんないんですケド……)
おこがましい、というのは、身の程知らず、というのと同義だ。
どこで、そう思われたのか、まったくわからなかった。
「お前が、なにをしようとすまいと、結果は同じだ。なにも変わらん。だいたい、あれは俺の決めたことであって、お前には、なんの関わりもない」
「でも……」
「でも、とはなんだ。王族の決定に口を差し挟むなど、不敬であろう」
むぅっと、レティシアは顔をしかめる。
自分に気を遣ってくれているのかと、好意的に受け止めかけていたらだ。
「どの道、死罪は免れられん。どこぞで首を刎ねられ、打ち捨てられることになっていた。結果を考えれば、あれはあれで良かったのだ」
「しかたなかったって思ってるの?」
「そのようなことは思っておらん。すべては、己の側近を説得できなかった、俺の責なのだからな。ゆえに、お前は、自らの言が、おこがましいと知れ」
なんだか、わかるような、わからないような。
曖昧気分でいるレティシアに、王子様が、ぴしゃりと言った。
「俺の責の肩代わりなぞ、お前ごときにはできん」
ぐぬぬ…と、なる。
確かに、それはそうなのだろう。
王子様は、言い訳だってしようとはしていないし、責任も感じているようだ。
が、しかし。
(物は言いようって、言葉があるだろ! えっらそーにさあ! 良いこと言ってても、良いこと言ってるように聞こえないっての!)
そして、ハッと思い出す。
本気で忘れていたけれども。
「てゆーか! あの時、私のこと見捨てたよねっ?!」
「見捨てた? どの時だ?」
「なーんの迷いもなく、私を引き渡したじゃんか!!」
しばし考えるそぶりを見せたあと、王子様がうなずいた。
すんなりうなずける神経がわからない。
後ろめたさも罪悪感も、王子様にはなさそうだ。
「俺の役目は、お前を守ることではないからな」
あの時と、同じ言葉を繰り返され、腹が立つ。
王子様には王子様としての役割があるのはわかるし、庇ってほしかったとも思ってはいない。
とはいえ、こうもあっさり認められると「この野郎」とは思うのだ。
「そうだねえ。それは、私の役目だ。きみが出しゃばった真似などしようものなら、私が許してはおかないところだよ」
祖父の声に、レティシアは、いとも簡単に怒りをおさめられてしまう。
祖父が、にっこり微笑み、レティシアの頭を、軽く、ぽんぽんとした。
「俺は正しい。わかったか、レティシア」
「あ、うん」
ふんぞり返っている王子様に、適当にうなずいてみせる。
心が少し軽くなっていた。
レティシアに、その自覚はなかったけれども。
6
あなたにおすすめの小説
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~
百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!?
男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!?
※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さくら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる