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第2章 黒い風と金のいと
とても残念なこと 1
しおりを挟む「で? 今日は、なにしに来たの?」
レティシアは、しかめ面で、そう聞く。
玄関先で追いはらいたかったけれど、そうもいかず。
「お前に、用があって来たのではない」
王子様は、相変わらずの横柄ぶり。
落ち込んでいるかと思ったが、そうでもないようだ。
心の奥で、レティシアは、少しだけホッとしている。
あれから、十日が経っていた。
しばらくは騒がしかった王都も、今は落ち着いている。
本当のところ、何が起きていたのか、知る者はいない。
大半は、流行り病のようなものとしてとらえていた。
そもそも被害の当事者である「半端者」は、自らが魔力持ちであることを隠して生きている。
声高に、事態の説明を求める者はいない。
王宮も、この件については口を閉ざしていた。
王宮の副魔術師長が引き起こした事態などと知れれば、大変な混乱が生じる。
王宮に対する信頼は地に落ち、統制が取れなくなるため、あの出来事は秘匿されることになった。
のだそうだ。
なんとなく釈然としないところは、ある。
レティシアからすれば、少なくない数の犠牲者が出たからだ。
サリーも危ないところだったと、グレイから聞いている。
魔力量が少ない者は、数日間の意識不明とはなったものの、命を落とすことはなかった。
魔力の量が少ないがゆえに、受ける影響も小さいらしい。
が、サリーと同じか、それ以上の者は、影響が大きかったせいで、犠牲となったのだ。
死者が出ているのだから、説明責任は果たされるべき。
レティシアは、そんなふうに思ってしまう。
さりとて、それで国が乱れ、さらなる犠牲が出るかもしれないと言われれば、すべてを公にできないのも、わからなくはない。
納得できないような、しなければいけないような。
だから「釈然としない」気持ちになる。
宰相である父の苦労を慮りながらも。
「ザカリーの好いた娘のことだ」
「ああ! そういえば、そんな話もあったね」
王子様が、ぴくりと眉を吊り上げた。
レティシアは、そろりと視線を外す。
(だって、しかたないじゃん……いろいろあったし……それどころじゃなかったし……忘れるっての……)
今日、訪ねてきたのは王子様だけだ。
弟のザカリーは、一緒ではない。
「そういう話があったとは、知らなかったよ」
隣に座っていた祖父の口調は、いつも通り、穏やかだった。
今は、3人で小ホールにいる。
玄関先に、王子様を立たせておくわけにもいかなかったので「やむなく」ここに招き入れていた。
(てゆーか、アポイントって風習がないんだよなぁ。いきなり訪ねて来るのって、どうなんだよ。こっちの都合もおかまいなしにさぁ)
かの公爵令嬢が訪ねてきた時もそうだったが、あちらに「用事」があれば、見ず知らずの間柄であっても、関係ないのだろう。
ザカリーにしたって、レティシアと面識もないのに、いきなり訪ねてきた。
(思いの丈ぶつけに来る人、多過ぎだわ。アクティブ過ぎだわ)
携帯電話という便利な手段がないのは、本当に不便だ、と思う。
魔術は便利なようでいて、融通が利かないところも多いのだ。
早言葉や即言葉という連絡手段はある、と聞いている。
けれど、今のところレティシアには使えないらしい。
父のように魔力顕現していないか、グレイやサリーのように魔術が使えるか。
どちらかでなければ、うまく声が通らないのだそうだ。
要するに、レティシアは、糸電話の糸が、びよんと弛んでいる状態。
「その娘と会わせろ」
「は? 嫌だよ」
思考を断ち切って、即答する。
ザカリーならまだしも、王子様と、いきなり会わせられるはずがない。
絶対に、嫌な展開になるに決まっている。
「これは大事なことなのだぞ」
「彼女の気持ちもあるんだからね。そっちの都合を押しつけないでよ」
「ならば、聞いて来い。今すぐにだ」
少しでも「落ち込んでいるかも」などと心配して損をした、と思う。
ちっとも、上から目線な物言いは、直っていない。
落ち込んでいる様子もないし。
「……変わらないんだね、王子様は」
はあ…と、これ見よがしに溜め息をついてみせる。
あんなことがあって、ひと月も経っていないのに、王子様は変わらない。
打たれ強いにもほどがあった。
「いや、俺は、ずいぶんと変わった」
「全然そう見えない」
「それは、お前の観察不足というものだ」
「なんで私が、王子様を観察しなきゃいけないんだよ」
興味もないのに。
と、までは言わなかったけれど、心の中では、そう思っている。
呆れているレティシアに、王子様が、少し眉をひそめた。
「お前、もしや……あの件を、自分のせいだ、などと思っているのではなかろうな?」
「え……あ~……」
そうなのだ。
レティシアは、今もまだ引きずっている。
自分の選択を後悔はしていない。
星が落とされていたら、より多くの犠牲者が出ていた。
なによりサリーの命はなかったのだ。
さりとて、まったく気にせずにいられるかと言えば、そんなことはない。
「なんとおこがましい女だ」
「は……?」
返された言葉に、思考が止まる。
(ちょっと、なに言ってるかわかんないんですケド……)
おこがましい、というのは、身の程知らず、というのと同義だ。
どこで、そう思われたのか、まったくわからなかった。
「お前が、なにをしようとすまいと、結果は同じだ。なにも変わらん。だいたい、あれは俺の決めたことであって、お前には、なんの関わりもない」
「でも……」
「でも、とはなんだ。王族の決定に口を差し挟むなど、不敬であろう」
むぅっと、レティシアは顔をしかめる。
自分に気を遣ってくれているのかと、好意的に受け止めかけていたらだ。
「どの道、死罪は免れられん。どこぞで首を刎ねられ、打ち捨てられることになっていた。結果を考えれば、あれはあれで良かったのだ」
「しかたなかったって思ってるの?」
「そのようなことは思っておらん。すべては、己の側近を説得できなかった、俺の責なのだからな。ゆえに、お前は、自らの言が、おこがましいと知れ」
なんだか、わかるような、わからないような。
曖昧気分でいるレティシアに、王子様が、ぴしゃりと言った。
「俺の責の肩代わりなぞ、お前ごときにはできん」
ぐぬぬ…と、なる。
確かに、それはそうなのだろう。
王子様は、言い訳だってしようとはしていないし、責任も感じているようだ。
が、しかし。
(物は言いようって、言葉があるだろ! えっらそーにさあ! 良いこと言ってても、良いこと言ってるように聞こえないっての!)
そして、ハッと思い出す。
本気で忘れていたけれども。
「てゆーか! あの時、私のこと見捨てたよねっ?!」
「見捨てた? どの時だ?」
「なーんの迷いもなく、私を引き渡したじゃんか!!」
しばし考えるそぶりを見せたあと、王子様がうなずいた。
すんなりうなずける神経がわからない。
後ろめたさも罪悪感も、王子様にはなさそうだ。
「俺の役目は、お前を守ることではないからな」
あの時と、同じ言葉を繰り返され、腹が立つ。
王子様には王子様としての役割があるのはわかるし、庇ってほしかったとも思ってはいない。
とはいえ、こうもあっさり認められると「この野郎」とは思うのだ。
「そうだねえ。それは、私の役目だ。きみが出しゃばった真似などしようものなら、私が許してはおかないところだよ」
祖父の声に、レティシアは、いとも簡単に怒りをおさめられてしまう。
祖父が、にっこり微笑み、レティシアの頭を、軽く、ぽんぽんとした。
「俺は正しい。わかったか、レティシア」
「あ、うん」
ふんぞり返っている王子様に、適当にうなずいてみせる。
心が少し軽くなっていた。
レティシアに、その自覚はなかったけれども。
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