理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

お祖父さまとお出かけ 2

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 実のところ、小さなレティシアに、カツラも試してみたことがある。
 が、うまくいかなかった。
 子供の髪はやわらかくて、すぐ落ちそうになる。
 かと言って、ピンを増やすと、痛がって泣いた。
 それに、やはり蒸れるのか、幼いレティシアは、嫌がって取ってしまう。
 結果、カツラも断念したのだった。
 
「これは……いつものレティシアも良いが、これも、なかなか、似合っているではないか」
 
 感慨に浸っている間に、ユージーンに先を越され、少し癪に障る。
 黒髪ではないレティシアを見たのは、初めてだったのだ。
 少しくらい見つめる時間がほしかったのだけれども。
 
「いつものレティも可愛いが、こちらのレティも可愛らしいね」
 
 レティシアが入ってくるのに合わせ、彼とユージーンは立ち上がっている。
 扉の前に立っているレティシアは、少し恥ずかしそうにしていた。
 にっこりすると、レティシアが頬を赤くする。
 ちょこちょこと近づいてくる姿が、なおさらに愛らしかった。
 
「えへへ……すんごい時間かかっちゃって、ごめんね」
 
 高級な物ほど、薄く軽く作られており、調整が難しいらしい。
 彼も、それほど詳しくはなかったが、サリーに、そう聞かされていた。
 
「いいんだよ。夕方まで、時間はあるのだからね」
 
 夕食までに帰る予定にしているものの、出かける時間は決めていない。
 まだ昼食前にもなっていないのだ。
 時間は、十分にある。
 
「こちらにおいで、レティ」
 
 ソファに腰かけ直し、レティシアを呼んだ。
 仕上げが残っている。
 
「え、えーと、あの~……お祖父さま、あのね……もう1回、立ってもらっても、いい?」
「かまわないよ?」
 
 レティシアの要望に応え、彼は立ち上がった。
 レティシアが、少し離れたところから、じいっと見つめてくる。
 意図を察して、両手を広げてみせた。
 
「レティには、お気に召さないかな?」
 
 レティシアが、黒髪と黒眼が好きだと言っていたのを思い出す。
 今日の彼は、いつもより短めで、透明感のある灰色の髪になっていた。
 目はアンバー、いわゆる琥珀色にしていた。
 魔術で簡単に変えられるため、レティシアが気に入らないようならと、いくつか候補も考えてある。
 
 服は、騎士風。
 麻生地の、襟元がV字カットされたシャツに濃紺のズボン、膝丈のブーツという出で立ち。
 出かける際には、黒い襟なしのマントを羽織るつもりだった。
 いかにも、貴族令嬢の護衛騎士といった装いだ。
 
「そんなことない! すっごいすっごい素敵! カッコいい! ますます若い! グレイと変わらないくらいに見えるよ!」
「気に入ってくれたかい?」
「うん! いつものお祖父さまも素敵だけど、こっちもいい! 素敵!!」
 
 レティシアは、両手を合わせ、軽く飛び跳ねている。
 はしゃぐ姿も可愛らしい。
 
「む。こんなことなら、俺も……」
「きみは、きみだと気づかれる必要があるからね」
「そうだよ。ユージーンは、そのままで……てゆーか、そのままのほうが、いいんじゃないかな」
 
 レティシアは、彼の髪を見ている。
 おそらく、ウィリュアートン独特の嗜好を、思い出しているのだろう。
 が、ユージーンは、気づかなかったらしい。
 
「それもそうだ。俺は、見目にこだわったことはないが、周りからは、よく褒められていた。侍従も、どのような服も着こなす、と言っていたしな」
 
 何事も前向きに捉える性格というのは、悪くはないのだ。
 ユージーンの場合、前向きに捉え過ぎる傾向にあるのが、良くないだけで。
 
「民服も着慣れてきたことだし、これで行くとしよう」
「王都だと、街には金髪の人も多いらしいよ? まぁ、それでも、目立つとは思うけどさ」
「で、あろうな。品格は隠しきれるものではない」
 
 とたん、レティシアが呆れ顔をした。
 ユージーンは、自信過剰ではない。
 王族としての品格はある。
 ただ、それが「民服」に似つかわしいかどうか、という話なのだ。
 
 ユージーンは、前に彼がサハシーの湖で来ていたのと似た服を着ている。
 黒い編み上げのV字襟をしたシャツに、腰には赤色のベルト、黒のゆるめなズボンに茶色い布靴、といった姿。
 
 サハシーの時のような貴族服ではないため、ユージーン本人だとは気づかれにくいだろう。
 目立つ金髪に翡翠色の瞳をしていても、まさか「元王太子」が民服などを着て、街をうろちょろしているとは誰も思わない。
 屋敷を見張っている者でもなければ。
 
「それでは、仕上げをしよう。レティ」
「はぁい」
 
 彼がソファに腰かけて、レティシアに呼びかける。
 レティシアは、すぐに膝に座ってきた。
 彼は、レティシアの顎に手を添え、上を向かせる。
 
「おい、大公!」
「なにかね?」
「それは、やばいのではないかっ?」
「は……?」
 
 レティシアが、憮然とした顔を、ユージーンに向けた。
 ユージーンは、また新しいレティシア語を覚えたようだ。
 
「それ、どういう意味か、わかってて使ってる?」
「危険、驚愕、不審、そういったものを、状況に合わせて、使い分けるのだろ? 昨日、グレイに教わった」
 
 グレイは、サリーとともに、近くに立って控えている。
 名を出されても慌てた様子がないので、レティシアから受けた説明通りではあるのだろう。
 間違っては、いない。
 
「今のは、そのうちのどれ?」
「…………危険」
「どういう危険?」
「…………目に、物を入れると聞いたので、な……」
 
 レティシアは、いかにも疑わし気にユージーンを見ていた。
 彼にとっては、疑わしくともない。
 ユージーンは「あやしい」という意味で使ったに違いないからだ。
 
(まったく……私が、レティに口づけしそうな印象を受けたのだろうが……)
 
 それだって、別におかしくともなんともない。
 家族で、挨拶代わりに、軽く口づけることくらいはあるのだから。
 
「私自身、何度も試しているのでね。心配はいらないさ」
「だよね。お祖父さまが作ったんだから、大丈夫に決まってるよ」
「う、うむ。そうであったな……」
 
 ユージーンのことは、もう無視して、レティシアの顔を、再び上に向かせた。
 大きな黒い瞳が、間近で、きらきらしている。
 にっこりしてから、フッと息を吹きかけた。
 
「はわっ」
「痛かったかい?」
「ううん! びっくりしただけ」
 
 すかさずサリーが近づいてきて、手鏡でレティシアの顔を映す。
 鏡の中には、薄青みがかった目をしたレティシアがいた。
 
「うわー! すごい! つけてる感じが、まったくしない!」
「レンズの効果をつけていないのでね。かなり薄くできたのだよ」
「すごく、お金かかったんじゃない?」
 
 実際的な金銭は、かかっていない。
 自然にあるものを、魔術で加工したからだ。
 ゼラチンやケイ石を使い、レティシアから得た情報に近いものにしている。
 薄くてやわらかくて、目にペタッと張り付く、やつだ。
 
「お金がかかってたら、それはユージーンにツケといてね」
「では、そうするよ」
「大公……本当に、金が、かかったのか?」
「かかっているね」
 
 ユージーンが、ものすごく疑心に満ちた目で、彼を見ていた。
 彼は、軽く肩をすくめてみせる。
 
「私の労力さ」
「そ、そのようなもの……払いきれぬのではないか……?」
「それは、ユージーンが宰相になった時に、グレイが取り立てに行くんだって」
 
 ユージーンの視線が、グレイに移った。
 グレイは、サリーに視線を向けている。
 サリーは、そっぽを向いていた。
 それだけで、彼らの力関係がわかる。
 
「サリーは、得難い女性だね」
「ホントだよ。グレイは、果報者だなー」
 
 グレイは、額に汗しながら、眼鏡を押し上げていた。
 ここのところ、サリーと夜を過ごしていないと、ようやく気付いたのだろう。
 レティシアは、主に女性の味方をする。
 彼も、大人の男性に対しては、厳しくなる傾向があった。
 よって、ユージーンとグレイを擁護する者は、いない。
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