241 / 304
最終章 黒い羽と青のそら
嫌とか嫌ではないだとか 1
しおりを挟む「と、いうわけなのよ」
サリーから話を聞いて、グレイは愕然とする。
ユージーンが勤め人となった当初に、ユージーンの想いは聞かされていた。
当の本人から「レティシアを好いている」と言われたのだから間違いはない。
が、しかし。
「あいつ……もう言ってしまったのか」
正妃選びの儀で初めて顔を合わせてから、まだ1年も経っていないのだ。
気持ちを打ち明けるにしても、早過ぎるだろう、と思った。
グレイは、サリーに告白するまで5年もかかっている。
もちろん、長ければいいというものでないのは、わかっているけれども。
「あなた、知っていたの?」
「ユージーンの気持ちは知っていた。だが……」
「まぁ、そうよね。本人のいないところで、勝手に人に言うことはできないもの」
「きみには話しておくべきだったかもしれない。すまなかった」
サリーが溜め息をついた。
それから、ぽすんと、グレイの隣に座ってくる。
グレイの部屋だ。
グレイは、ベッドに座っていた。
ベッドが少し沈む感覚に、胸がドキリとする。
(いや、今は、そういう場合では……)
慌てて、緊張、もとい、下心を振りはらった。
ここで口づけなどしようものなら、何を考えているのかと、引っ叩かれかねない気がしたのだ。
とはいえ、婚姻を約束した女性が隣に座っていて、平気でもいられない。
手くらい握ってもいいだろうか、などと頭の隅で考えてしまう。
「あ~……それで、レティシア様は?」
手を握りたいのを我慢して、グレイは眼鏡を押し上げた。
ようやく気持ちが通じ合っても、グレイの「ヘタレ」さは変わらないのだ。
「お部屋で、寝込んでいらっしゃるわ」
「落ち込んでおられるのだな」
「それはそうよ。酷いことをしたと、思っておられるに決まっているじゃないの」
「あいつが勝手に告白してきて、勝手に、フラれただけなんだから、放っておいてもいいと思うがな」
グレイは、今朝のことを忘れてはいない。
酷い目に合った。
いや、合わされた。
根に持っているわけではない、けして。
ただ、一瞬、本気で、ぶちのめしてやろうかと思っただけだ。
まだ騎士であったなら、白手袋を投げつけていたかもしれない。
「それは、そうなのよね。ユージーンは、思ったことを口にする性格だし、相手の気持ちを考えて行動するということのない人だから」
サリーの言いたいことはわかる。
そのように聞けば、最悪な人物像が思い浮かぶだろう。
だが、ユージーンは、言うほど悪い奴ではない。
そこが、なにより厄介だった。
(仕事は熱心過ぎるほどだし、真面目だしな。今朝のことにしても……)
グレイがユージーンをぶちのめさなかった理由。
レティシアがいたから、というわけではなかった。
ユージーンには悪気がない。
それが、わかっていたからだ。
おふざけではなく、ユージーンは、本気で怒っていた。
グレイの性格を加味していないところはともかく。
ユージーンの思う「不逞な輩」だと判断したから、あんなことになっている。
グレイは「誓い」に対しての、自分の言動が正しかったとは言えないのも、自覚していた。
なにか後ろ暗いことでもあるのか、と思われてもしかたがない。
「あいつには、適当というところがないんだ」
「もう少し……どう言えばいいのかわからないけれど……もう少し、なんとかならないものかしら。レティシア様も、そう仰っておられたわ」
「同感だね」
熱過ぎず温過ぎず。
湯にだって、ちょうど良い加減というものがある。
その「ちょうど良い」が、ユージーンにはなかった。
常に、どちらかに振り切れている。
「ユージーンは、そんなに怒っていたのか?」
「そうね……わりと……かなり怒っていたわね……」
「めずらしいな。あいつは、怒りに持続性がないはずなんだが」
王太子の頃と変わらず、態度や口調は横柄だ。
上からものを言うところや傲慢さも、たいして変わっていない。
自分が正しいと思って行動するところも、直っていなかった。
だとしても、ユージーンの怒りは持続しないのだ。
マルクに、ぽかりとやられても、怒るのはその場限り。
すぐに、どこかに消えている。
「私が声をかけても、黙りこんで黙々と薪割りをしていたわよ?」
「それは……かなり……相当、怒っているな」
「でも、レティシア様が悪いとは言えないでしょう?」
「だが、なにか納得していないんだろう」
そもそも、ユージーンは、納得したことに対して、あれこれ言わない。
テオやアリシアに対等な口を利かれても、王太子の頃のように「無礼」だと叱り飛ばすこともせずにいた。
平然と受け入れている。
それは、自らが勤め人であり、かつ「ヒラ」の身だと納得しているからだ。
グレイがやらかした、先輩、後輩の意味も、きちんと理解している。
まだユージーンに対する抵抗感は、みんな、持っていた。
それでも、以前ほどでないのは、ユージーンの「悪気のなさ」をどこかで感じているからに違いない。
王族であるユージーンが、平民である屋敷の者たちに指図されても、文句を言わないのだから。
「どこに引っ掛かっているのかしら」
「想像がつかない。ややこしいんだ、あいつは」
「細かいところもあるものね」
およそ人が引っ掛からないような些細なことにも、引っ掛かる。
ユージーンは、そういう奴でもあるのだ。
細かくて、しつこくて、面倒くさい。
納得するまで、とにかく聞いてくる。
「そういえば……あいつ、なにも聞いて来ないな」
「そういえば……そうね」
納得できないことがあると、グレイかサリーに聞いてくるのが常だった。
内容が内容だけに、と考えられなくもないけれど。
「私に聞いて来ない理由は……だいたい想像がつくが」
女性に関することは、グレイに聞いても無駄。
そう判断しているのは想像に容易い。
それこそ納得がいかない気はするが、聞かれて困るのも事実だ。
「きみに聞いて来ない、というより、きみが話をしに行ったのに黙っていたというのが、どうも釈然としない」
「そうよね。とくにレティシア様のことなら、私に聞いてくるはずよ?」
2人で顔を見合わせる。
そして、しばしの間。
「ねえ……もしかして……」
「ああ……おそらく」
はっきりと言葉にしなくても、こういうことは、サリーとは通じ合える。
2人で、大きく溜め息をついた。
「落ち込んでいるんだ」
「そのようね」
そう、ユージーンは、レティシアにフラれて、落ち込んでいるに違いない。
だから、何も聞いて来ないし、言って来ないのだ。
常日頃のユージーンの打たれ強さから、つい忘れがちになる。
「あいつにも、人並みの感情があるんだから、当然か」
「むしろ、当然の反応だわ……」
好きな相手に拒絶されれば、誰だって傷つくだろう。
想いを返してもらえないのは、せつないし、つらい。
(私も、サリーに拒まれたらと思うと、怖くて言い出せなかった)
好意を持たれてはいると感じていても、確信はなかった。
だから、保たれていた良い関係を崩す可能性を考えてしまい、告白できずにいたのだ。
そのせいで、サリーを、長く待たせてしまった。
グレイは、サリーの手を取る。
「私は、幸せ者だな」
「あら? 今頃、気づいたの?」
「もっと早く言えば良かったと、反省しているところなんだ」
想いを寄せている相手から、同じ想いを返してもらえる者は、どのくらい、いるだろうか。
大勢いる人の中に、自分が真剣に想える相手と出会えること自体貴重なのに。
「ユージーンのことは、しばらく、そっとしておこうか」
「それがいいかもしれないわね」
自分の幸運に感謝しつつ、サリーを抱きしめる。
背中に回された腕に、グレイは「誓いの口づけ」に対する躊躇いを捨て去った。
2
あなたにおすすめの小説
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~
百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!?
男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!?
※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さくら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる