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最終章 黒い羽と青のそら
時間切れ 2
しおりを挟む「ほぅらね、やっぱり来たぁ」
クィンシー・ロビンガム男爵と名乗った青年が、スッと扉の横に立つ。
開け放たれた扉の向こうから、足音が聞こえた。
「ユージーン! 来ないでッ!!」
叫んだが、間に合わない。
ユージーンが、部屋に駆け込んでくる。
直後、クィンシーが、また扉の前に立った。
が、ユージーンは振り向きもせず、レティシアの元に走り寄ってくる。
「大丈夫か、レティシアっ?」
「ユージーン……」
「怪我は、しておらんな」
「……ユージーン……」
狙われているのは、ユージーンなのだ。
自分のことを、どうするつもりかは知らない。
けれど、ユージーンを殺す気なのは、わかっている。
レティシアの前に立つユージーンに、顔をしかめた。
「ご、ごめん……待ってろって、言われたのに……ごめん……」
謝ってすむことではない。
今まさに、ユージーンの命を、危険に晒している。
クィンシーの言葉から、彼がユージーンを恨んでいる理由もわかった。
それだって、ユージーンのせいではないのに。
「そのようなことはよい。それよりも……」
ユージーンが、レティシアを背中に庇うように体を返す。
いつも、こうして自分は守られているのだ。
祖父にしても、ユージーンにしても、レティシアを守ろうとしてくれる。
(足ばっかり引っ張って……なんにもできなくて……)
グレイやサリーも、そうだ。
巻き込んで、危険な目に合わせている。
人の好意や善意に甘えているだけで、自分には、なんの力もない。
「お前は、たしか……」
「さっき、その子に自己紹介したよぅ。その子に聞けばぁ?」
体にまとわりついてくるような声音が不快だった。
そして、怖いとも感じている。
が、ユージーンには、絶対に伝えなければならない。
震える唇を、レティシアは開いた。
「クィンシー・ロビンガム男爵……サイラスの、弟……」
「サイラスの?」
クィンシーは、感情のない瞳で、こちらを見ている。
ユージーンを見ているのか、レティシアを見ているのかも、わからなかった。
それほどの無感情なのだ。
「そのような話、聞いたことがない」
「お前は、にぃさんを、独り占めしたがっていたでしょう? 誰からも愛されていないお前のことを、にぃさんは、かわいそうに思っていたからねぇ」
だから、家族がいるとは言えずにいた、と言いたいのだろう。
あり得なくはないのかもしれない。
ユージーンは、父親に愛されていないと言っていた。
家族についても、よくわからないような話しぶりだったのだ。
けれど、なんとなく違和感を覚える。
(サイラスって……ユージーンのこと、そんなに大事にしてなかったよ……)
ユージーンをかわいそうに思うほど、大事にしていたとは思えない。
サイラスがユージーンに放った言葉を、レティシアは思い出す。
聞いていて、レティシアのほうが腹を立てた言葉だ。
『私は、殿下に、どんな期待もしていませんでした。にもかかわらず、勝手に王様気取りで、国の平和と安寧を語るようになって、迷惑な話です』
ユージーンがサイラスを大事に思っている、と言ったレティシアの言葉にも、サイラスは「それがどうした」と答えた。
言葉からも態度からも、サイラスがユージーンを大事にしていたとは、どうしても思えない。
そんなサイラスが、ユージーンに「同情」したりするだろうか。
「ボクは、にぃさんの、たった1人の弟。たった1人の家族。なのに離れて暮らさなきゃならなかったのは、誰のせい? お前が、にぃさんがいないと、なぁんにもできないクズだったせい」
レティシアは、どんどんユージーンが心配になってくる。
ユージーンは、本当にサイラスを大事にしていたのだ。
あんなふうに言われても、サイラスを庇っていた。
裏切られたのはユージーンなのに、サイラスを責めなかった。
「そうだ。俺は、サイラスがおらねば、何もできぬ愚か者であった」
「わかっているなら、どうして、にぃさんを裏切ったのさぁ?」
クィンシーは、やはり誤解をしている。
ユージーンは、サイラスを裏切ってはいないのだ。
止めようとしていたと、レティシアは知っている。
「サイラスは星を落とそうとしてた! それを、ユージーンは、止めようとしたんだよ! 裏切ってない!」
「レティシア! 口を差し挟むでない!」
「だって、その人、誤解してるんだもん! 裏切ったのは……」
「レティシア!!」
ユージーンが肩越しに振り向き、顔をしかめていた。
ひどくつらそうで、レティシアは言葉をなくす。
ユージーンの打たれ強さが、悲しかった。
こんなことになってもまだ、サイラスが大事なのだ。
その名誉を守ろうとしている。
自分が傷つくことなんて考えもしないで。
「にぃさんが、星を落としたがってたって、知ってるよぅ。なんで邪魔したの? にぃさんのやりたいようにさせてあげれば、良かったでしょう?」
「許していたら、国が滅んでいた」
クィンシーの瞳に、初めて感情が宿る。
怒りだった。
「国がなに? にぃさんの星で、みんな、死ねば良かったのに!」
クィンシーの言葉に、狂気じみたものを感じる。
瞳に感情がなかったのは、そのせいかもしれない。
理性も感情も、狂気に飲み込まれているのだ。
「ねえ? ねえっ?! ボクの大事な、大事な、にぃさんの命と、引き換えにしたのは、誰の命ッ? ボクにとって大事なのは、にぃさんだけだったんだようっ!」
ずく…と、胸の奥が痛む。
クィンシーの精神状態は、まともではない。
が、言っていることは、わかるのだ。
(私が……引き換えにしたんだ……サリーの命と……)
祖父に、サリーを助けてくれと頼んだのは、レティシアだった。
サイラスよりも、サリーを選んでいる。
サイラスがどうなるか、わかっていた。
それでも、レティシアは選んだのだ。
戦争の論理。
それが、まざまざと突き付けられている。
レティシアにとって守りたかったのはサリーで、そのために、サイラスを犠牲にすることを選択した。
そのサイラスを大事に思っていたクィンシー。
たった1人の家族を失い、どれほどの悲しみをかかえているだろう。
狂気に染まらずにはいられないくらい、深いものに違いない。
レティシアにも、ユージーンにも、クィンシーにも、守りたい者がいる。
それが、食い違い、等しくならないから、どちらかを、犠牲にしなければならなかったのだ。
レティシアは、守りたい者を守った。
自分の選択に後悔はしていない。
だとしても、クィンシーを責められるだろうか。
「お前は、間違っている」
罪悪感にさらされているレティシアの前で、ユージーンが、はっきりと、クィンシーを否定する。
いっさいの、迷いのない口調だった。
「サイラスの命は、誰の命とも引き換えにはしておらん」
「国を守ったくせに! 大勢の民の命と引き換えに……」
「違う。そうではない」
どういう理由なのかは、わからない。
が、ユージーンは、ひどく怒っている。
これほどの怒りを、ユージーンから感じたのは、初めてだった。
「国を守るため、俺がサイラスの願いを叶えなかったのは事実だ。だが、サイラスの命と、誰かの命を引き換えになどしておらん」
ユージーンの口調は、静かだ。
それでも、激しい感情にあふれている。
「サイラスは、己の命を持って挑んだのだ。サイラスとは、そういう者であった。偉大な魔術師であったのだ」
ユージーンは、いつも、自分が正しいと思う道を行く人だった。
レティシアを背に庇ったまま、ユージーンが、きっぱりと、言う。
「その最期を穢すことは、たとえ弟であろうと、俺は許さん」
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