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最終章 黒い羽と青のそら
時間切れ 3
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クィンシー・ロビンガム男爵のことは、知っている。
社交界では、名の知れた存在だからだ。
(確か、どのような相手とでもベッドをともにする、好色家だったか)
およそサイラスの弟には、似つかわしくない。
サイラスは、好色家というものを嫌っていた。
ユージーンに、女性をあてがってはいたものの、それは、世継ぎ問題を解消するために過ぎない。
人にふれられるのも、ふれるのも嫌いなユージーンを諭すことはあれど、けして下世話な言いかたはしなかった。
王族としての義務と責任、そのために我慢してほしい。
たいていは、そんな話ぶりだったのを、覚えている。
「お前に、にぃさんのことなんて、わかりやしないんだよぅ」
そもそも、クィンシーは、サイラスに、少しも似ていなかった。
死の間際、初めてユージーンは、サイラスの本物の髪と目の色を見ている。
クィンシーのような、金髪でも青い瞳でもない。
「にぃさんは、ボクを愛してくれていたのに、お前がいたから……っ……」
それでも、クィンシーの語り口からすれば、弟なのは間違いないのだ。
だとすれば、サイラスは、あえて出自を隠していたことになる。
幼い頃から、ずっとサイラスは、ユージーンの傍にいた。
そのため、ユージーンは、サイラスの細々としたことを、気にしたことがない。
出自など調べようとも、聞こうともしなかった。
サイラスを信じていたし、疑うとの発想自体がなかったからだ。
猜疑心をいだいたのは、夢見の術をかけられた時が初めてだった。
「俺は、サイラスから、お前の話など聞いたことがない」
おそらく、隠していた理由があったに違いない。
サイラスが、無意味なことはしないと知っている。
「さっきも言ったでしょう? お前が、かわいそうで、言えなかったんだって」
そう思っているなら、クィンシーはサイラスのことを、ちっともわかっていないのだ。
サイラスに、同情などという親身さはなかったと、ユージーンは断言できる。
利で動くことの合理性を、サイラスは、ユージーンに教えた。
感情を抑制するすべや、切り捨てることも、サイラスから学んでいる。
レティシアに会うまで、ユージーンは、それを完璧にやりこなしていた。
(サイラスは、弟のことも利用していたのだな)
クィンシーは、それに気づかずにいる。
さすが、サイラスのすることに、無駄はない。
クィンシーが気づかずにいる内情を、ユージーンは理屈で理解した。
サイラスが、どこからともなく仕入れてくる情報の出どころ。
それは、クィンシーが、ベッドから運んできていたのに違いない。
不明だった部分が、ユージーンには、明確に見えている。
(パット……アンバス侯爵……それに……)
初めてレティシアと2人になった夜会。
サイラスに言われ、テラスに出た。
思惑通りではあったが、どうやって大公を引き留めていたのか。
大公を知らずにいた頃ならともかく、今は知っている。
レティシアを放り、長く離れるなど考えられない。
あの日は、大公がエスコート役だったのだから。
(おい……っ……)
(ジークかっ?!)
突然、頭の中に、声が響いた。
少し、声が遅れている。
即言葉ではなく、早言葉だろうと、察しがついた。
が、ユージーンは、不審に思う。
いつもなら、姿を消していても、ジークの存在には気づけるのだ。
なのに、その気配が感じられずにいる。
(ここは……まずい……)
(なんだ? どうしたのだ、ジーク?)
ジークの声は、苦しげだった。
遅れてとどいているから、そう聞こえているわけではない。
ひどく息が乱れている。
(こいつ……おかしいんだ……魔力感知にかからねーくせに……)
声が、切れ切れになっていた。
それでも、予測がついた。
(なにか、魔術を使っているのか?)
(……魔力が、ある……オレには……気づいてねーみてえだけど……)
(お前は、どこにいる? 気配が感じられんのだ)
(……間くらいの、とこ……)
どうやら、クィンシーとユージーンの間にいるようだ。
意識をそちらに向けてみたが、やはり気配は感じられなかった。
クィンシーの魔術で、疎外されているのかもしれない。
(あの人に……連絡……できね……)
(わかった。俺が、どうにかする)
(できるわけ、ねーだろ……間、抜け……)
クィンシーが魔術を使えるのなら、かなり分が悪い。
しかも、クィンシーは、魔力感知にかからないのだ。
大公は気づいていないだろうし、連絡する手段もなかった。
ジークは、かなり苦しそうで、話すのが精一杯という感じがする。
ジークがこんなふうになるなんて、相当に「やばい」状況なのは、間違いない。
ユージーンにもわかっている。
さりとて、大公に連絡がつけられないのなら、自分が、なんとかするよりほかないのだ。
(レティシアを、逃がすことを考えねばならん)
(どう、すん、だよ……?)
(奴の意識を、こちらに向けさせる)
(馬鹿、じゃねーの……そんなこと……)
(わかっている。だが、それくらいしか、できることもなかろう)
ユージーンは、部屋の中を、サッと見回した。
そして、気づく。
奥歯が、ギリッと軋んだ。
「どうやって、これを用意した? これは、サイラスの技であろう?」
「そうさぁ。にぃさんから教えてもらったんだよぅ」
「サイラスが、お前に、教えるはずがない」
言い切るユージーンに、クィンシーが、瞳の中の怒りを燃え上がらせる。
澄んだ空のような青色をしているのに、どこか濁っていると感じた。
洗いきれていない絵筆を使って、別の色を塗ったみたいに。
「にぃさんは、いつもボクに、ご褒美をくれていてねぇ。ボクの大好きな、チョコレート……ボクは、にぃさんにもらったものは、全部ぜーんぶ、取っておいた。箱も、ちゃあんとねぇ」
「それに、書き記してあったと言うか?」
クィンシーが、勝ち誇ったように、うなずく。
サイラスは、とても用心深かった。
出自を隠していたのも、クィンシーとの繋がりを伏せていたのも、このためだったのだろう。
(王宮に、残しておくことはできぬ書類の、保管場所であったのだな)
自らの目的が露見するような書類を、自室に置いておけるはずはない。
クィンシーが箱を大事に取っておくことも、サイラスは、想定していたのだ。
サイラスが生きている限り、安全な隠し場所だった。
クィンシーは、サイラスの言うなりだったに違いないのだから。
「やはりサイラスに教わったとは思えんな。お前は、魔力感知もできぬのだろ? お粗末に過ぎるではないか」
ユージーンは、クィンシーを、あえて怒らせている。
レティシアから意識を離れさせ、自分に向けさせるためだった。
クィンシーがこちらを見ている間、レティシアは無事でいられる。
「魔力感知なんて、必要ないもの。お前たちを捕まえるだけで、良かったんだからさぁ。この魔力は、にぃさんからの贈り物なんだぁ。何年も何年も、にぃさんは、ボクにチョコレートと一緒に、魔力をくれていてねぇ」
言葉に、ぞくり、とした。
サイラスの凄味を、今さらに感じる。
サイラスは用意周到でもあった。
大公に挑むため、魂と体を分離することさえ厭わなかったほどだ。
その上で、さらに「備え」もしていた。
(己の魔力を……弟の体に蓄積させておったとは……)
サイラスが、どんな研究をしていたのかまでは、知らない。
成功だったのか、失敗だったのか。
わからないが、少なくとも、サイラスは失敗だと判断したのだ。
もし「予定」通り、魔力が取り出せていたら、あんな姿にはなっていない。
魂だけの状態で、クィンシーの元を訪れ、けれど、思うように、魔力を取り出すことはできなかった。
その結果が、あの姿だったのだろう。
「お前はサイラスの役に立たなかった。サイラスは、さぞ腹を立てたであろうな」
「ボクは……ボクは、いつだって、にぃさんの役に立っていた!」
クィンシーの怒りが増している。
それこそ、ユージーンの望むところだった。
どうすればいいかを考える時間が、ジークに必要だからだ。
ここには、あの日のユージーンの私室と同じ、刻印の術が、かけられている。
社交界では、名の知れた存在だからだ。
(確か、どのような相手とでもベッドをともにする、好色家だったか)
およそサイラスの弟には、似つかわしくない。
サイラスは、好色家というものを嫌っていた。
ユージーンに、女性をあてがってはいたものの、それは、世継ぎ問題を解消するために過ぎない。
人にふれられるのも、ふれるのも嫌いなユージーンを諭すことはあれど、けして下世話な言いかたはしなかった。
王族としての義務と責任、そのために我慢してほしい。
たいていは、そんな話ぶりだったのを、覚えている。
「お前に、にぃさんのことなんて、わかりやしないんだよぅ」
そもそも、クィンシーは、サイラスに、少しも似ていなかった。
死の間際、初めてユージーンは、サイラスの本物の髪と目の色を見ている。
クィンシーのような、金髪でも青い瞳でもない。
「にぃさんは、ボクを愛してくれていたのに、お前がいたから……っ……」
それでも、クィンシーの語り口からすれば、弟なのは間違いないのだ。
だとすれば、サイラスは、あえて出自を隠していたことになる。
幼い頃から、ずっとサイラスは、ユージーンの傍にいた。
そのため、ユージーンは、サイラスの細々としたことを、気にしたことがない。
出自など調べようとも、聞こうともしなかった。
サイラスを信じていたし、疑うとの発想自体がなかったからだ。
猜疑心をいだいたのは、夢見の術をかけられた時が初めてだった。
「俺は、サイラスから、お前の話など聞いたことがない」
おそらく、隠していた理由があったに違いない。
サイラスが、無意味なことはしないと知っている。
「さっきも言ったでしょう? お前が、かわいそうで、言えなかったんだって」
そう思っているなら、クィンシーはサイラスのことを、ちっともわかっていないのだ。
サイラスに、同情などという親身さはなかったと、ユージーンは断言できる。
利で動くことの合理性を、サイラスは、ユージーンに教えた。
感情を抑制するすべや、切り捨てることも、サイラスから学んでいる。
レティシアに会うまで、ユージーンは、それを完璧にやりこなしていた。
(サイラスは、弟のことも利用していたのだな)
クィンシーは、それに気づかずにいる。
さすが、サイラスのすることに、無駄はない。
クィンシーが気づかずにいる内情を、ユージーンは理屈で理解した。
サイラスが、どこからともなく仕入れてくる情報の出どころ。
それは、クィンシーが、ベッドから運んできていたのに違いない。
不明だった部分が、ユージーンには、明確に見えている。
(パット……アンバス侯爵……それに……)
初めてレティシアと2人になった夜会。
サイラスに言われ、テラスに出た。
思惑通りではあったが、どうやって大公を引き留めていたのか。
大公を知らずにいた頃ならともかく、今は知っている。
レティシアを放り、長く離れるなど考えられない。
あの日は、大公がエスコート役だったのだから。
(おい……っ……)
(ジークかっ?!)
突然、頭の中に、声が響いた。
少し、声が遅れている。
即言葉ではなく、早言葉だろうと、察しがついた。
が、ユージーンは、不審に思う。
いつもなら、姿を消していても、ジークの存在には気づけるのだ。
なのに、その気配が感じられずにいる。
(ここは……まずい……)
(なんだ? どうしたのだ、ジーク?)
ジークの声は、苦しげだった。
遅れてとどいているから、そう聞こえているわけではない。
ひどく息が乱れている。
(こいつ……おかしいんだ……魔力感知にかからねーくせに……)
声が、切れ切れになっていた。
それでも、予測がついた。
(なにか、魔術を使っているのか?)
(……魔力が、ある……オレには……気づいてねーみてえだけど……)
(お前は、どこにいる? 気配が感じられんのだ)
(……間くらいの、とこ……)
どうやら、クィンシーとユージーンの間にいるようだ。
意識をそちらに向けてみたが、やはり気配は感じられなかった。
クィンシーの魔術で、疎外されているのかもしれない。
(あの人に……連絡……できね……)
(わかった。俺が、どうにかする)
(できるわけ、ねーだろ……間、抜け……)
クィンシーが魔術を使えるのなら、かなり分が悪い。
しかも、クィンシーは、魔力感知にかからないのだ。
大公は気づいていないだろうし、連絡する手段もなかった。
ジークは、かなり苦しそうで、話すのが精一杯という感じがする。
ジークがこんなふうになるなんて、相当に「やばい」状況なのは、間違いない。
ユージーンにもわかっている。
さりとて、大公に連絡がつけられないのなら、自分が、なんとかするよりほかないのだ。
(レティシアを、逃がすことを考えねばならん)
(どう、すん、だよ……?)
(奴の意識を、こちらに向けさせる)
(馬鹿、じゃねーの……そんなこと……)
(わかっている。だが、それくらいしか、できることもなかろう)
ユージーンは、部屋の中を、サッと見回した。
そして、気づく。
奥歯が、ギリッと軋んだ。
「どうやって、これを用意した? これは、サイラスの技であろう?」
「そうさぁ。にぃさんから教えてもらったんだよぅ」
「サイラスが、お前に、教えるはずがない」
言い切るユージーンに、クィンシーが、瞳の中の怒りを燃え上がらせる。
澄んだ空のような青色をしているのに、どこか濁っていると感じた。
洗いきれていない絵筆を使って、別の色を塗ったみたいに。
「にぃさんは、いつもボクに、ご褒美をくれていてねぇ。ボクの大好きな、チョコレート……ボクは、にぃさんにもらったものは、全部ぜーんぶ、取っておいた。箱も、ちゃあんとねぇ」
「それに、書き記してあったと言うか?」
クィンシーが、勝ち誇ったように、うなずく。
サイラスは、とても用心深かった。
出自を隠していたのも、クィンシーとの繋がりを伏せていたのも、このためだったのだろう。
(王宮に、残しておくことはできぬ書類の、保管場所であったのだな)
自らの目的が露見するような書類を、自室に置いておけるはずはない。
クィンシーが箱を大事に取っておくことも、サイラスは、想定していたのだ。
サイラスが生きている限り、安全な隠し場所だった。
クィンシーは、サイラスの言うなりだったに違いないのだから。
「やはりサイラスに教わったとは思えんな。お前は、魔力感知もできぬのだろ? お粗末に過ぎるではないか」
ユージーンは、クィンシーを、あえて怒らせている。
レティシアから意識を離れさせ、自分に向けさせるためだった。
クィンシーがこちらを見ている間、レティシアは無事でいられる。
「魔力感知なんて、必要ないもの。お前たちを捕まえるだけで、良かったんだからさぁ。この魔力は、にぃさんからの贈り物なんだぁ。何年も何年も、にぃさんは、ボクにチョコレートと一緒に、魔力をくれていてねぇ」
言葉に、ぞくり、とした。
サイラスの凄味を、今さらに感じる。
サイラスは用意周到でもあった。
大公に挑むため、魂と体を分離することさえ厭わなかったほどだ。
その上で、さらに「備え」もしていた。
(己の魔力を……弟の体に蓄積させておったとは……)
サイラスが、どんな研究をしていたのかまでは、知らない。
成功だったのか、失敗だったのか。
わからないが、少なくとも、サイラスは失敗だと判断したのだ。
もし「予定」通り、魔力が取り出せていたら、あんな姿にはなっていない。
魂だけの状態で、クィンシーの元を訪れ、けれど、思うように、魔力を取り出すことはできなかった。
その結果が、あの姿だったのだろう。
「お前はサイラスの役に立たなかった。サイラスは、さぞ腹を立てたであろうな」
「ボクは……ボクは、いつだって、にぃさんの役に立っていた!」
クィンシーの怒りが増している。
それこそ、ユージーンの望むところだった。
どうすればいいかを考える時間が、ジークに必要だからだ。
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