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最終章 黒い羽と青のそら
籠の鳥 4
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心臓を貫かれていても、生きている。
というわけではない。
光の矢が、心臓まで到達していないから、ギリギリで生きているのだ。
クィンシーの力が弱かったのでも、ユージーンの運が良かったのでもなかった。
ジークが、ユージーンを守っている。
はっきりとはわからないが、気配を感じられるようになっていた。
自分の体に、影響を与えているからに違いない。
ユージーンは、いつも理屈で物を考える。
当てずっぽうなんてことは、しないのだ。
レティシアに対しての勘違いや思い違いは多々あれども。
「ユージーンッ!」
悲鳴のような声に、ハッとなる。
意識が飛びかけていたらしい。
片膝をついているユージーンの傍に、レティシアがしゃがみこんでいた。
体を支えてくれている。
自分より、ずっと小さな体で、小さな手で。
「死にはせぬさ」
レティシアが、ぽろぽろと涙をこぼしていた。
ウサギの耳が折れた時は、声を上げて泣いていたが、今は、ただ涙をあふれさせている。
唇が、小刻みに震えていた。
大声を上げられないくらいに、恐ろしいのだろう。
クィンシーが、ではなく、ユージーンの死を恐れている。
ユージーンは、レティシアに、微笑んでみせた。
「死にはしない。案ずるな」
レティシアが、ユージーンを支えている手に、力をこめている。
どうすれば、レティシアを安心させられるのか。
誰かを安心させたいなどと考えたことがなかったので、わからない。
大公ならば、うまくやれるのだろう、と思った。
ウサギの耳だって簡単に直して、レティシアを笑顔にしている。
が、ユージーンに、そのような力はなかった。
魔力を与える力は宿しているが、使える魔術は、ほとんどない。
剣で戦うことはできても、魔術には太刀打ちできないのだ。
これほどまでに、自分は無力なのか、と痛感する。
好きな女性を守れもしない。
王太子だった頃は、無力さなど感じずにいられた。
なんでも思い通りになる、くらいに思っていた。
義務や責任のため、面倒なことや嫌なこともあったが、基本的に、ユージーンの願いは叶えられてきたのだ。
どれだけサイラスに寄りかかっていたのか、と思う。
自分で願いを叶えようとしたとたん、なにもかも思い通りにならなくなった。
『殿下のお傍には、いつでも私がおりますから』
そう言ってくれたサイラスは、もういない。
ユージーンには、ほかに頼れる者もいなかった。
自分で選んだことだ。
ならば、結果も自分が引き受ける。
「まぁだ、死なないんだぁ。苦しそうで、いいねぇ」
「もう、やめてよッ! サイラスが死んで悲しいからって、こんなことしても意味ないでしょっ!」
レティシアが、泣きながら声を張り上げていた。
恐怖でいっぱいになっているはずなのに、ユージーンを庇おうとしている。
必死な姿に、胸が締めつけられた。
「意味ない? にぃさんをボクから奪って、そのくせ裏切って、にぃさんを見捨てた、そいつを殺すことに、意味がない? そんなわけないでしょうっ? にぃさんだって、喜んでくれるよぅ。ボクは、にぃさんの代わりをしているのだもの」
ユージーンは、もうずっと、クィンシーに腹を立てている。
サイラスの力を勝手に使っていることにも、サイラスの望みを勘違いしていることにも。
「願いというのは、自分で叶えねば、意味がないのだ」
サイラスがいなくなって、初めて知った。
自分で願いを叶えるのは、とても難しい。
それでも、サイラスは長い時間をかけ、ありったけの力を使い、己の目的を自らで叶えようとしていたのだ。
人に願いを叶えてもらうのは、楽だし、居心地もいい。
困難も試練もなく、望み通りになるのなら、何とも誰とも立ち向かわずにすむ。
何も、考えずにいられる。
だとしても、それでは意味がない、と感じた。
楽に手に入れたものと、苦労して手に入れたもの。
価値は同じでも、感情の上では、等しくならない。
『だって、あなたじゃなくたって、いいんだもん。』
レティシアに、2度も言われた言葉だ。
人に願いを叶えてもらう、というのは、そういうことなのだろう。
自分でなくとも、かまわない。
それが、ずっとつきまとう。
代替の利く存在なんて、つまらないものだ。
「お前など……サイラスの代わりになれるものか。身の程をわきまえろ」
クィンシーの視線が、レティシアからユージーンに戻る。
無機質な瞳には、憎悪と狂気しか見えなかった。
晴れた空のように綺麗な青色をしているのに、美しくは、ない。
「なぜお前が、にぃさんのことを語るのさ……お前がいなきゃ、にぃさんは、死ななかったのに……お前なんか……死んでしまえばいい……っ……」
「ユージーン……ッ……!!」
レティシアが、ユージーンを庇おうとしたのか、前に出ようとする。
その体を、ユージーンは、抱き込んだ。
背中に、鋭い痛みを感じる。
口から血があふれた。
(お前……っ……)
(ジークなら、そうすると思っていた)
(オレを……使うんじゃ、ねーよ……ッ……)
光の矢は、ユージーンの体を突き抜けてはいない。
今度も、ジークが寸でのところで、止めてくれている。
とはいえ、体に刺さってはいるのだ。
無傷ではないし、むしろ重症。
「い……や……嫌だ……嫌……」
ユージーンにも感じられる。
抱き締めているレティシアの体が熱い。
魔力が暴走し始める予兆だろう。
魔力顕現した際、レティシアは死にかけている。
ユージーンは、まだ自分がレティシアを殺しかけたと思い込んでいた。
サイラスの言葉により、レティシアの魔力が顕現したと、知らないのだ。
だから、なおのこと、自分が、レティシアの魔力暴走を促すことを恐れる。
「俺は死なん……と、言ったではないか……」
暴走しきってしまう前に止めなければ、と焦った。
だが、止めかたがわからない。
このような有り様では「大丈夫」だと言っても無駄だ。
誰が見ても「大丈夫」だとは思えないだろう。
(落ち、着かせろ……感情を……抑えさせ……)
ジークの声も、聞こえにくくなっている。
刻印の術に耐えながら、ユージーンを守っているのだから、相当に消耗しているに違いない。
ユージーンは、ジークの言葉に、瞬時に考えを巡らせた。
すぐに、ハッとなる。
折られた腕が治癒されていたのは、幸いだった。
血塗れの上着のポケットを、右手で探る。
「これは、お前に、似合う」
廊下で拾ったネックレス。
それを、レティシアの首にかけた。
「落ち着け」
目を赤くして、まるでウサギのような目をして、レティシアは泣いている。
それでも、愛らしかった。
自分を、こんなふうに変えてしまうとは、なんというひどい女だ、と思う。
思いながら、微笑んだ。
「レティシア」
瞳からは、涙がこぼれ落ちていた。
ネックレスに下がっているロケットを指で押す。
「ここには誰がいる?」
自分であれば良かったのだが、と、少しだけ思った。
初めて会った時には、つけていなかったと記憶している。
正妃選びの儀の日が、本当には、最初で最後だったのかもしれない。
レティシアの言う条件をすべてのんでいれば、もしかすると。
「良いか、レティシア」
レティシアを落ち着かせることができるのは、たった1人。
それが自分ではないことを、ユージーンは知っている。
レティシアの瞳を、まっすぐに見つめた。
「お前の理想の男は、必ず間に合う」
というわけではない。
光の矢が、心臓まで到達していないから、ギリギリで生きているのだ。
クィンシーの力が弱かったのでも、ユージーンの運が良かったのでもなかった。
ジークが、ユージーンを守っている。
はっきりとはわからないが、気配を感じられるようになっていた。
自分の体に、影響を与えているからに違いない。
ユージーンは、いつも理屈で物を考える。
当てずっぽうなんてことは、しないのだ。
レティシアに対しての勘違いや思い違いは多々あれども。
「ユージーンッ!」
悲鳴のような声に、ハッとなる。
意識が飛びかけていたらしい。
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体を支えてくれている。
自分より、ずっと小さな体で、小さな手で。
「死にはせぬさ」
レティシアが、ぽろぽろと涙をこぼしていた。
ウサギの耳が折れた時は、声を上げて泣いていたが、今は、ただ涙をあふれさせている。
唇が、小刻みに震えていた。
大声を上げられないくらいに、恐ろしいのだろう。
クィンシーが、ではなく、ユージーンの死を恐れている。
ユージーンは、レティシアに、微笑んでみせた。
「死にはしない。案ずるな」
レティシアが、ユージーンを支えている手に、力をこめている。
どうすれば、レティシアを安心させられるのか。
誰かを安心させたいなどと考えたことがなかったので、わからない。
大公ならば、うまくやれるのだろう、と思った。
ウサギの耳だって簡単に直して、レティシアを笑顔にしている。
が、ユージーンに、そのような力はなかった。
魔力を与える力は宿しているが、使える魔術は、ほとんどない。
剣で戦うことはできても、魔術には太刀打ちできないのだ。
これほどまでに、自分は無力なのか、と痛感する。
好きな女性を守れもしない。
王太子だった頃は、無力さなど感じずにいられた。
なんでも思い通りになる、くらいに思っていた。
義務や責任のため、面倒なことや嫌なこともあったが、基本的に、ユージーンの願いは叶えられてきたのだ。
どれだけサイラスに寄りかかっていたのか、と思う。
自分で願いを叶えようとしたとたん、なにもかも思い通りにならなくなった。
『殿下のお傍には、いつでも私がおりますから』
そう言ってくれたサイラスは、もういない。
ユージーンには、ほかに頼れる者もいなかった。
自分で選んだことだ。
ならば、結果も自分が引き受ける。
「まぁだ、死なないんだぁ。苦しそうで、いいねぇ」
「もう、やめてよッ! サイラスが死んで悲しいからって、こんなことしても意味ないでしょっ!」
レティシアが、泣きながら声を張り上げていた。
恐怖でいっぱいになっているはずなのに、ユージーンを庇おうとしている。
必死な姿に、胸が締めつけられた。
「意味ない? にぃさんをボクから奪って、そのくせ裏切って、にぃさんを見捨てた、そいつを殺すことに、意味がない? そんなわけないでしょうっ? にぃさんだって、喜んでくれるよぅ。ボクは、にぃさんの代わりをしているのだもの」
ユージーンは、もうずっと、クィンシーに腹を立てている。
サイラスの力を勝手に使っていることにも、サイラスの望みを勘違いしていることにも。
「願いというのは、自分で叶えねば、意味がないのだ」
サイラスがいなくなって、初めて知った。
自分で願いを叶えるのは、とても難しい。
それでも、サイラスは長い時間をかけ、ありったけの力を使い、己の目的を自らで叶えようとしていたのだ。
人に願いを叶えてもらうのは、楽だし、居心地もいい。
困難も試練もなく、望み通りになるのなら、何とも誰とも立ち向かわずにすむ。
何も、考えずにいられる。
だとしても、それでは意味がない、と感じた。
楽に手に入れたものと、苦労して手に入れたもの。
価値は同じでも、感情の上では、等しくならない。
『だって、あなたじゃなくたって、いいんだもん。』
レティシアに、2度も言われた言葉だ。
人に願いを叶えてもらう、というのは、そういうことなのだろう。
自分でなくとも、かまわない。
それが、ずっとつきまとう。
代替の利く存在なんて、つまらないものだ。
「お前など……サイラスの代わりになれるものか。身の程をわきまえろ」
クィンシーの視線が、レティシアからユージーンに戻る。
無機質な瞳には、憎悪と狂気しか見えなかった。
晴れた空のように綺麗な青色をしているのに、美しくは、ない。
「なぜお前が、にぃさんのことを語るのさ……お前がいなきゃ、にぃさんは、死ななかったのに……お前なんか……死んでしまえばいい……っ……」
「ユージーン……ッ……!!」
レティシアが、ユージーンを庇おうとしたのか、前に出ようとする。
その体を、ユージーンは、抱き込んだ。
背中に、鋭い痛みを感じる。
口から血があふれた。
(お前……っ……)
(ジークなら、そうすると思っていた)
(オレを……使うんじゃ、ねーよ……ッ……)
光の矢は、ユージーンの体を突き抜けてはいない。
今度も、ジークが寸でのところで、止めてくれている。
とはいえ、体に刺さってはいるのだ。
無傷ではないし、むしろ重症。
「い……や……嫌だ……嫌……」
ユージーンにも感じられる。
抱き締めているレティシアの体が熱い。
魔力が暴走し始める予兆だろう。
魔力顕現した際、レティシアは死にかけている。
ユージーンは、まだ自分がレティシアを殺しかけたと思い込んでいた。
サイラスの言葉により、レティシアの魔力が顕現したと、知らないのだ。
だから、なおのこと、自分が、レティシアの魔力暴走を促すことを恐れる。
「俺は死なん……と、言ったではないか……」
暴走しきってしまう前に止めなければ、と焦った。
だが、止めかたがわからない。
このような有り様では「大丈夫」だと言っても無駄だ。
誰が見ても「大丈夫」だとは思えないだろう。
(落ち、着かせろ……感情を……抑えさせ……)
ジークの声も、聞こえにくくなっている。
刻印の術に耐えながら、ユージーンを守っているのだから、相当に消耗しているに違いない。
ユージーンは、ジークの言葉に、瞬時に考えを巡らせた。
すぐに、ハッとなる。
折られた腕が治癒されていたのは、幸いだった。
血塗れの上着のポケットを、右手で探る。
「これは、お前に、似合う」
廊下で拾ったネックレス。
それを、レティシアの首にかけた。
「落ち着け」
目を赤くして、まるでウサギのような目をして、レティシアは泣いている。
それでも、愛らしかった。
自分を、こんなふうに変えてしまうとは、なんというひどい女だ、と思う。
思いながら、微笑んだ。
「レティシア」
瞳からは、涙がこぼれ落ちていた。
ネックレスに下がっているロケットを指で押す。
「ここには誰がいる?」
自分であれば良かったのだが、と、少しだけ思った。
初めて会った時には、つけていなかったと記憶している。
正妃選びの儀の日が、本当には、最初で最後だったのかもしれない。
レティシアの言う条件をすべてのんでいれば、もしかすると。
「良いか、レティシア」
レティシアを落ち着かせることができるのは、たった1人。
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