理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

近くて遠い未来 2

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 ユージーンは、迷っている。
 あれから、7日は経っていた。
 まだ、レティシアからの返事はない。
 ある程度、時間がかかるのは、想定している。
 それはそれとして。
 
(あのようなこと……あれレティシアが受け入れられるはずはなかろうな……)
 
 大公から聞いた、側室を娶らず、血統を維持する手立て。
 レティシアの心を射止める前ではあるが、考えておく必要はあった。
 
 ユージーンは、レティシアとの婚姻を望んでいる。
 
 そのため、婚姻後のことについて、悩んでいた。
 生まれてからずっと、誇りでさえあった、己の血が、これほどまでに、うとましく感じるとは思わなかった。
 ガルベリーの直系男子は、自分だけなのだ。
 どうあがいても、逃れられない。
 
(まだ……男子が産まれぬとは限らんではないか……)
 
 杞憂に終わればいいのだが、今のところ、可能性は残されている。
 大公の示した手段より、側室を娶るほうが、まだしも、レティシアには受け入れ易い気もした。
 ユージーンが、初めてローエルハイドの屋敷を訪れる際に考えていたことだ。
 
 『正妃となり、それでも子が成せないまま十年も経てば、きっと彼女も側室を娶ることを承諾するだろう』
 
 正妃かどうかは関係ないものの、男子が必要なことに変わりはない。
 結局のところ、この考えに行き着いてしまう。
 が、しかし。
 
(俺が嫌なのだ……好いた女がいるというのに、なぜ、あのような、苦痛しかない労働をせねばならんのか……)
 
 ユージーンは、中庭を、とぼとぼと歩きつつ、大きな溜め息をついた。
 
 人にふれるのも、ふれられるのも好まない。
 そのユージーンが、ふれたいと思い、ふれられたいと思うのは、レティシアだけだった。
 ほかの女との関係は、苦痛でしかないのだ。
 
(……いっそ、先にすませておく、というのも、ひとつの考えではあるな……)
 
 レティシアとの婚姻前に、大公の言ったような、条件に見合う者を探し、関係を持っておく。
 子ができてから、レティシアには「婚姻前のこと」として打ち明けるのだ。
 そうすれば、側室を娶る必要もない。
 子の母や家族に「始末」をつけるかはともかく。
 
不逞ふていなことではあるが……婚姻後より傷は浅かろう……いや……しかし……)
 
 良い考えのように思えた、この手段には、大きな問題があった。
 レティシアに、男子が産まれた場合だ。
 ユージーンは、がっくりと肩を落とす。
 
(俺が、うまくやれそうにない)
 
 絶対に、レティシアとの子を、可愛がってしまう。
 まだ、産まれてもいない子であっても、それは、わかる。
 
 非道な話ではあるが、ほかの女との間にできた子と、レティシアとの子を公平に扱える気がしなかった。
 そして、そんな不公正なユージーンを、レティシアは良しとはしないだろう。
 どちらも、母は違えど、ユージーンの子であることには違いないのだから。
 
 『子供が何人いたって、普通は分けへだてしないように頑張るもんだと思うよ?』
 
 エッテルハイムの城で、レティシアに言われた言葉だ。
 あの時、彼女は、ユージーンの父に対し、少し怒っていた。
 つまり、そういう「分け隔て」は、レティシアにとって許しがたい事なのだ。
 
(やはり……あれに、男子が産まれぬと、確定した折に、決断せねばならんということだ……)
 
 先に、落胤らくいんさせ、ひっそりと育てさせておく、との手も考えた。
 けれど、それでは、自分と同じになる。
 
 ユージーンは、父に愛されていないと思いながら、育った。
 レティシアと出会わなければ、家族も不要と思い続けていたに違いない。
 あとから「お前が必要だ」と言ったって、子の心は取り戻せないのだ。
 ユージーンは誰よりも、それを、わかっている。
 
 だから、その考えも却下。
 
(む。レティシアではないか)
 
 ユージーンは、ガゼボの中に、レティシアの姿を見つけた。
 悩んでいるうちに、ここまで来てしまったようだ。
 レティシアは、1人だった。
 近くには、グレイもサリーもいない。
 なにか物憂げな表情を浮かべ、うつむいている。
 
「レティシア」
 
 ハッとしたように、レティシアが顔を上げた。
 ガゼボに入り、ユージーンは、レティシアの隣に座る。
 
「どうした? いやに憂鬱そうではないか」
「憂鬱っていうか……」
 
 心の奥に、じくりと嫌な痛みを覚えた。
 これ以上は、深追いしないほうがいい。
 心が、そう訴えている。
 
「最近……お祖父さま、ウチにいないことが多いんだよね……」
「忙しいのだろ? 領民はおらずとも、大公にも管理せねばならん領地はある」
 
 レティシアが、寂しそうに、うなずく。
 大公の忙しさに納得はしているものの、寂しさはぬぐえないのだろう。
 
「でもさ……前は、もっと近くにいてくれたんだよ?」
「それだけ、お前の身にかかる危険がなくなったということだ」
「うん……それも、わかるんだけど……」
 
 寂しいものは寂しい、と言いたげだった。
 レティシアは、すっかり、しょんぼりしている。
 
(……これは……もはや……いかんともしがたい、か……)
 
 レティシアの前では「薄々わかっていること」から目を逸らすことができない。
 気づいていない振りをし続けるのも、限界だ。
 ユージーンは、とっくに気づいていた。
 
 レティシアの理想の男が誰なのかを知った時、自分は「ふられた」のだ、と。
 
 それでも、あがくつもりは、ある。
 最後まで諦めたりはしない。
 だからこそ、目を逸らさずに向き合うのだ。
 
「お前は、大公に言わんのか?」
「なにを?」
「自分を後添のちぞえにしてくれ、ということをだ」
 
 レティシアの目が、見開かれる。
 すぐに逸らされた。
 
「なに、言ってんの? お祖父さまだよ?」
「だから、なんだ? お前は、大公を好いておるのだろ?」
「そりゃ、お祖父さ……」
「そうではなかろう、レティシア」
 
 レティシアが、黙り込む。
 瞳が不安げに揺れていた。
 
「お前は、大公を好いている。男としてな」
 
 ぎゅっと、レティシアは唇を噛む。
 眉を寄せ、なにかに耐えているようだった。
 自分と同じだ、と思う。
 
 気づかない振りをし続けていられるのなら。
 
 ずっと、そこにとどまって、幸せな夢の中にいられるのだ。
 レティシアと婚姻し、男子をもうけ、家族となる。
 ユージーンも、そんな夢を見続けていたかった。
 けれど、レティシアの心は、自分の元にはない。
 
 レティシアが呼ぶのは、いつでも大公だけなのだ。
 
 レティシアの聞きたくないことなど、ユージーンだって言いたくもない。
 知らぬ顔をして、レティシアのそばにいたいに、決まっている。
 さりとて、ユージーンは、夢見の術さえ跳ね返した心の持ち主だ。
 このままではいられないことくらい、わかっていた。
 
「なぜ言わん?」
「やめてよ……そういうこと言うの……」
「怖いのだろ? 大公に拒絶されるのが怖いから、お前は言わんのだ」
「だからっ! やめてって言ってるじゃんかっ!」
 
 レティシアが、立ち上がる。
 ユージーンは、そのレティシアを見上げた。
 初めて会った夜会の日を思い出す。
 レティシアは怒って立ち上がり、ユージーンは驚いて、彼女を見上げた。
 
 あの日の彼女に、自分は、恋をしたのだ。
 
(正妃選びの儀の日……あの日が、やはり最初で最後であったか……)
 
 大公との関係が修復される前なら、どうにかなったかもしれない。
 精一杯の愛情と心を尽くし、レティシアの気持ちを、自分に向けさせられたかもしれない。
 けれど、時間はもう、巻き戻すことはできなかった。
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