理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

道の先には 1

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 レティシアは、扉を軽くノックする。
 夕食前に帰ってきた、祖父の部屋を訪ねていた。
 
「入ってもいい?」
「ああ、かまわないよ」
 
 中からの穏やかな声に、少しだけ安心する。
 まだ、自分は手を放されていない。
 が、室内に入って、その考えが甘かったことを知った。
 
(お祖父さま……荷造り、してる……森に帰るつもりなんだ……)
 
 きゅっと、胸が痛くなる。
 ユージーンの言った「いずれ」は、そう遠くない。
 祖父は、自分の手を放そうとしているのだ。
 
「えっと……あのね……ちょっと話が、あって……」
 
 祖父が、イスから立ち上がり、レティシアの前に歩み寄る。
 頭を優しく撫でられた。
 いつも通りだ。
 けれど、いつも通りではない、とわかっている。
 
 祖父の手を、失いたくなかった。
 
 おそらく、失うことになるのだろうけれど、それでも。
 自分が動かなければ、何も変わらない。
 
「座って、話そうか」
 
 レティシアは、首を横に振る。
 腰かけてしまったら、2度と立てないかもしれない、と思ったからだ。
 祖父が、首をかしげて、レティシアを見ていた。
 
「なにかあったのかい?」
 
 穏やかで優しい口調に、泣きたくなる。
 この声も、話しかたも、言葉遣いも、何もかもが大好きだった。
 
(最初は……孫娘ってポジション最強って、思ってたのにな……)
 
 いつからかは、わからない。
 自分は、欲張りになっている。
 孫娘としてだけではなく、祖父に必要とされたくなった。
 
 欲しいのは「愛情」ではなく「愛」なのだ。
 
 己の力も、己自身も嫌っている祖父に寄り添いたいと思うのも。
 祖父と罪を分かち合いたいと思うのも。
 
(お祖父さまのことを、すごく好きだから……男の人として、好きだから……)
 
 前の世界で、恋人はいた。
 とはいえ、支えたいとか寄り添いたいとか、感じたことはない。
 ずっと一緒にいる未来さえ見ていなかった。
 
「レティ? なにか心配事があるのなら、話してごらん?」
 
 頬を、そっと撫でられる。
 ふれられるのを嫌だとも思わない。
 ふれられたいと、感じる。
 頭や頬を撫でてくれる手の感触も好きだった。
 
(ずっと……孫娘でいられたら……お祖父さまは、いつも通りを、やってくれるんだよね……私が、行かないでって頼めば、一緒にはいてくれるかもしれないけど)
 
 ラウズワース公爵令嬢が祖父の後添のちぞえ候補に名乗りを上げた時には、嫉妬もせずにいられた。
 その頃は、本当に「孫娘」として、祖父を見ていたからだ。
 なのに、以前、ユージーンが祖父のことを女性に手慣れていると言った時には、嫌な気分になっている。
 祖父の言ったことが、現実になった。
 
 『少しは嫉妬してくれてもいいのではないかな? お祖父さまを取らないで、などと言うレティが見られるかと、私は期待をしていたのさ』
 
 今、後添え候補が現れたとしたら、寛容になりきれる自信がない。
 少しどころか、大いに嫉妬するだろう。
 自分の心は、ずいぶんと醜くなってしまった。
 
(恋なんて……するもんじゃないよなぁ……家族のほうが、いいのに……)
 
 本気の恋は、諸刃の剣だ。
 楽しくて嬉しくて、幸せな気持ちになれる。
 それと同じ心で、悲しくてつらくて、嫌な気分にもなるのだ。
 
 幸せという名の安全圏には、いられない。
 
 レティシアは、恋をしてしまっている。
 だから、そこから出なければならなかった。
 
 自分で自分の心が見えている。
 気づかない振りは、お終い。
 
(死にそうになるまで、この世界が、夢だって思いこもうとしてたけど、それも、ダメだったし……今度も、ダメなんだよね……だって、ここ、夢じゃないもん)
 
 現実に、この世界は「リアル」に存在していて、祖父は目の前にいるのだ。
 心配そうに、レティシアを見つめている。
 目減りしない祖父の愛情に、いつまでも依存するのは、ズルい気がした。
 孫娘で居続けられもしないのに。
 
(ユージーンの言ってた、お祖父さまの利と……釣り合ってないじゃん)
 
 レティシアは、大きく息を吸い込んだ。
 祖父を見上げ、口を開く。
 
「私、お祖父さまのことが、大好きなんだよね」
 
 祖父の表情が、サッと変わった。
 今までの「大好き」とは、意味が違う。
 
 祖父は、レティシアのことを、いつも、わかってくれていた。
 きっと、言葉や、そこにこめられている想いも伝わっているに違いない。
 
「レティ」
 
 声に、びくっと体が震える。
 足も震えていた。
 
(あ…………)
 
 それしか、頭に浮かばない。
 自分が「別の何か」を、期待していたことに気づいたのだ。
 拒絶されるにしても、もっとやわらかいものだと、勝手に思い込んでいた。
 やんわりとなだめられるくらいのものだろうと。
 
「あ、あの……あの……」
 
 言葉が、うまく出てこなくなる。
 ただ、自分が間違えたのだ、ということは、わかった。
 これほど厳しい表情を浮かべている祖父は、見たことがない。
 
「ち、ちゃん、ちゃんと……わか、わかってる、から……」
 
 じりっと、足が後ろに下がる。
 祖父の愛情に、胡坐をかき過ぎていた。
 
 祖父は女性を断る際も、穏やかでスマート、なのに、きっぱりと拒絶する。
 さりとて、自分だけは、その枠にはいないと、高をくくっていた。
 祖父の「たった1人」との慢心があったに違いない。
 
 ひどく恥ずかしくて、悲しかった。
 
 受け入れてもらえないのは、わかっていたし、失うとも、わかっていたけれど。
 
「ちょ、ちょっとだけ……じ、時間が、あれば……だい、大丈夫……」
 
 レティシアは、無意味に笑みを浮かべる。
 恥ずかしい自分を、誤魔化したかったからだ。
 これ以上、祖父に嫌われたくなかった。
 
「お、お祖父さまに、め、迷惑、かけないよ……だ、大丈夫だから……っ……」
 
 ちゃんと孫娘に戻るから。
 とは、言い切れないまま、部屋を飛び出す。
 
 どちらに向かって駆けているのかも、わからない。
 自室に閉じこもって泣こうとか、考える余裕はなかったのだ。
 周りも見ず、ひたすら走る。
 とにかく早く立ち去ることしか、頭にはない。
 
「レティシアではないか」
 
 のんびりとした口調に、ようやく足が止まった。
 ユージーンが、薪割りの斧を置いて、近づいて来る。
 
 その姿に、ふつっと、心の糸が切れた。
 
 涙が、ぱたぱたっと、こぼれ落ちる。
 ユージーンは、一瞬だけ、表情を変えたが、すぐに戻した。
 
「ふられたか」
「そ、そ、そうだよっ! ユージーンのせいじゃんか! ユージーンが、よけいなこと言うからさあ! わ、わた、私……っ……」
 
 完全に八つ当たりだ。
 わかっているのに、止められない。
 胸が痛くて、苦しかった。
 
「お、お、お祖父さま……っ……き、きら、嫌われ……っ……ゆ、ユージーンの、せいなんだから……っ……」
「そうだな」
 
 ぐいっと、手を引っ張られ、抱き寄せられる。
 やっぱり、いつもとは違う感触だった。
 顔を押しつけているレティシアの上に、ユージーンの声が降ってくる。
 
「不足であろうが、今はこれしかない。そう思って、我慢しておけ」
 
 祖父の厳しい表情と、ユージーンの優しい声。
 どちらも悲しくて、レティシアは、涙を止められなかった。
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