理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

信頼を胸に 4

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 大公は、恐ろしい。
 が、今は、少しも恐ろしくない。
 
「おい……大公様は、剣の腕も、私より、ずっと上なんだぞ」
「お前とは、剣のみで試合えば、一瞬で決着がついている」
 
 グレイが、ムッとした顔をする。
 が、本当のことだ。
 ただ、魔術師との戦いを想定しておきたかったので、あえて、グレイには、必ず魔術を使うようにと言ってあった。
 
 それも、ユージーンは、徐々に、かわせるようになってきている。
 魔術の発動には、動作が必要だからだ。
 見切ってしまえばけられると、悟った。
 
「せいぜい大公様に叩きのめされて来い」
「そのような無様はさらさぬさ」
 
 グレイが離れていく。
 ユージーンは、大公と向き合った。
 剣をかまえる。
 
「本当に、魔術は使わんのか?」
「きみこそ、余計な世話を焼くものではないよ」
 
 大公は、いつも通りに見えた。
 ゆったりと、そして、飄々としている。
 なにを考えているのかわからないような表情を浮かべていた。
 
「俺は、勝負に手加減はせぬぞ?」
「ああ、かまわないさ。好きにするがいい」
 
 微妙に、言葉に棘がある。
 少なくとも、ユージーンは、そう感じた。
 
「では、好きにするとしよう」
 
 一気に、踏み込む。
 ユージーンは、近距離を得意とするからだ。
 
 武術の技を使わない、とは言っていない。
 勝つためなら、なんでも使う。
 手加減をしない、との前置きは、そういう意味もあった。
 
 大公にも、わかっているのだろう。
 レイピアの先で、ユージーンの攻撃を軽く弾き、後ろに下がる。
 距離を取って戦うつもりだ。
 
「逃げ腰ではないか、大公」
「そのような挑発に乗るほど、私が、若輩だと思うかい?」
 
 剣を上に下にと動かしては、手前に引く。
 大公からの攻撃を誘導するためだが、さすがに、引っ掛からない。
 もちろん、どこかで仕掛けてはくるはずだ。
 攻撃しなければ勝ちもないのだし。
 
「そうやって、逃げておれば、楽であろうな」
 
 ぴくっと、大公の片眉が吊り上がる。
 皮肉屋の大公に、皮肉が通じたらしい。
 
 普通に歩いている時とは違い、ユージーンは、素早く動く。
 横に移動しながら、大公へと繰り返し、剣を突き出した。
 いずれも、簡単に受け流される。
 
 そもそもユージーンの感じる「隙」は、大公が、わざと見せているものだ。
 気づかないほど「素人」ではない。
 とはいえ、大公の練度が高いので、つい誤認させられてしまう。
 
「己の心に、気づいているのではないか」
「なにを言っているのか、わからないね」
「俺は、大公の心を、知っている」
 
 カチンッと剣が、変なほうに逸れた。
 が、かまわず突っ込む。
 つばに近い部分で、大公の剣を受け止め、押し込んだ。
 
「あれには、会わんのか」
「会わない」
 
 近づいた距離に、大公の顔が、はっきりと見える。
 さっきまでとは、明らかに変わっていた。
 おそらく苛立っている。
 
「それはよい。大公がおらねば……」
 
 ユージーンは、大公に、傲然とした笑みをぶつけた。
 
あれレティシアを、俺のものにできる」
 
 ざあっと、空気が変わる。
 大公の瞳が、冷たく凍えていた。
 見えたのは、ほんの一瞬。
 
 ガツッ!!
 
 うっかり、レイピアを取り落としそうになる。
 必死で握りこんだ。
 レイピアを握った手が、じんじんと痺れていた。

 大公は、体をスッと後ろに逸らせ、その瞬間にユージーンの剣をさばいたのだ。
 その上で、ユージーンのレイピアを握る手を、己の剣のつかで殴りつけた。
 
「気に食わない顔で笑うからさ」
「存外、若輩ではないか」

 レイピアには、ロングソードと違い、指を守るための護拳がついている。
 複雑な曲線を描いた格子状になっており、握りかたも複雑。
 その分、手は、がっちりと守られていた。
、普通、そんな場所は殴らない。
 弾かれるとわかっているため、無駄だからだ。

「その程度で、きみは、レティを守れるのかい?」
「だから、鍛錬しておるのだろうが」
 
 今は、大公に敵わないだろう。
 剣の腕も、女性の扱いも。
 
「俺は、大公のように、諦めたりはせぬのだ!」
 
 言い放ち、ユージーンは、後先を見ず、突っかける。
 手が痺れていて、剣は、持っているだけで精一杯といったところだ。
 それでも、剣を振るう。
 金属音が、辺りに響いていた。
 腕が重く感じられる。
 
「俺の好いた女を、泣かせおって!」
 
 大公が、ハッとした顔をした。
 ごくわずか受け手が遅れている。
 見せかけの「隙」ではなかった。
 
 ユージーンは腰を落とし、回転させた自分の足で、大公の足をはらう。
 ぐらっと、大公が体を揺らがせた。
 勝負をかけにいく。
 
 そのユージーンの前で、ひらっと体を回転させ、大公は後方に飛んでいた。
 きれいに、両足で着地する。
 ユージーンは顔をしかめ、立ち上がった。
 
「きみは、なかなかの戦術家だ」
「誰に育てられたと思っている」
「ああ、確かにね」
 
 お互いに、少し距離を取っている。
 が、剣は、かまえたままだ。
 
 サイラスは、目的を達成するための手立てを考える「戦略家」だった。
 対して、ユージーンは、それを実行する「戦術家」の役目を担っていた。
 もちろん、サイラスが、どちらも行っていたことのほうが多かったけれど。
 
「目的を達成するためなら、手段は選ばない。悪いことではないね」
「俺も、そう思っている」
 
 再び、剣を交えようと、ユージーンが足を踏み出した時だ。
 大公が、完全に、ユージーンから視線を外した。
 その視線の先を、ユージーンも追う。
 
(レティシアの、部屋か……?)
 
 ここからでは、レティシアの部屋は、見えない。
 方角的に、そうではないかと、思っただけだ。
 
 からん。
 
 音に、視線を戻す。
 そこに、大公の姿はなかった。
 レイピアが転がっている。
 転移したらしい。
 
(剣をしまうのも惜しむほど、急いでいたのか)
 
 となれば、どこに転移したかは、予想がついた。
 ユージーンの、ちゃちな挑発にさえ、乗ってくるほどだ。
 レティシアのこと以外で、大公が、それほど急ぐことなど考えつかない。
 
「勝負を捨てるとは……騎士の風上にも置けぬ……」
 
 レティシアに、なにかあったのかもしれない、とは思う。
 けれど、追うことはしなかった。
 
 大公にできないことなど、ほとんどないのだから。
 
 大きく息を吐き出したあと、ユージーンは、剣を握り締める。
 そして、ザカリーとグレイに、声をかけた。
 
「ザカリー、治癒だ! サリーの手を離して、こっちに来い、グレイ!!」
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