理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
299 / 304
最終章 黒い羽と青のそら

理想の人が旦那さま 3

しおりを挟む
 
「テオ! 厨房のほうは、どうだ?」
「お前が連れてきた王宮料理人を、料理長が怒鳴り上げてるよ!」
 
 あくせくと働いている屋敷の者たち。
 テオは、披露宴とやらの会場とした別棟の大ホールに、料理を運んでいる。
 
「やはり手数を増やしただけでは、解決はせぬか」
「まぁ、いねぇよりマシだろ!」
 
 ユージーンも、そう思って、王宮料理人を手配した。
 マルクの眼鏡にはかなわないにしても、いないよりはいいという判断だ。
 
「アリシア! レティシアとサリーの準備は、どうなっている?」
 
 アリシアも、花の準備などで忙しくしている。
 ユージーンは、グレイがいないので、みんなのまとめ役をしていた。
 
 さりとて、列席もするため、礼装している。
 さすがに、礼服はグレイに借りられず、王太子の頃のものを身につけていた。
 ザカリーに持って来させたのだ。
 そのザカリーも列席予定となっている。
 
「レティシア様は、お部屋で控えておられるわよ。サリーも自分の部屋にいる」
「そうか……しかし、お前も、良き歳なのだからな。次は……」
「ユージーン、超ウザいッ!」
 
 言って、アリシアは、さっさとユージーンから離れて行く。
 アリシアが怒った理由に、ユージーンは、思い当たらない。
 
「アリシアは、わけのわからん女だ」
 
 思った時だ、階下の奥のほうから声が聞こえてきた。
 花婿とやらの控室になっているほうだ。
 
「父上~! 本当の本当に、レティを、幸せに……うう~……」
「きみ……鼻を拭きたまえ……やれやれ……」
 
 どうやら宰相が、大公に泣きついているらしい。
 
 花嫁とやらの父親が、新郎とやらに泣きついてどうする。
 
 ユージーンは呆れながら、階段を上がって行った。
 宰相のことは、大公に任せることにしたのだ。
 面倒くさそうだったし。
 
「レティシア、よいか?」
「いいよ」
 
 入ると、レティシアの母、宰相の妻であるフランチェスカが、立ち上がる。
 座っていたレティシアの前にひざまずき、手を握っていたらしい。
 なにか、母娘での会話があったのだろう。
 
「下で、宰相が号泣しておったぞ」
「まあ……それでは、お義父さまを困らせているわね……」
 
 フランチェスカは、レティシアのほうを見て苦笑いをもらす。
 宰相の面倒を見るためだろう、部屋から出て行った。
 
「列席者も集まってきているというのに、困ったものだ」
「列席者ってさ。ユージーンに任せてたけど、やっぱり貴族の人ばっかり?」
「いや、貴族よりも民が多い」
「民って……ユージーンの知り合いにいたの?」
「買い出しで街に出ることが多くなってな。市場で親しくなった者も増えたのだ」
 
 ユージーンは、街に出るたび、そこにいる人々に、話しかけている。
 かなり風変わりな勤め人だと評判になっているのだが、それはともかく。
 
「そっか。ユージーンは、宰相になりたいんだもんね」
「そうだ。民を知らねば、国を動かすことはできん。俺は、この国を、もっとより良いものにしたいと思っている」
「いいことだね。期待してるよ」
 
 うむ、とユージーンは、いつものように鷹揚にうなずいた。
 
「それで、貴族の人は、誰が来てるの?」
「トラヴィスたちだ」
「元々、サリーの式だしね。ルーナも一緒かな?」
「少し泣いていたが、高い高いをしてやったら機嫌を直して、今は眠っている」
 
 レティシアが、ぷっと吹き出す。
 夜会のことを思い出しているのだろう。
 あの夜は、本当に「記念」になってしまったけれど。
 
「赤子のほうが、お前より泣きやませ易い」
 
 レティシアは、あまり泣かない。
 が、泣くと、ユージーンでは、なかなか泣きやませられないのだ。
 今日は、大公が隣にいるのだから、きっと泣かずにすむだろう。
 仮に、泣いたとしても、大公ならば、彼女をすぐに泣きやませられる。
 
 胸が痛くなるのを振りはらいたくて、ユージーンは、話題を変えた。
 
「よく似合っているではないか」
 
 真っ白なドレスを、レティシアは身にまとっている。
 不似合いな飾りが髪につけられていたが、これには意味があった。
 
 ジークの羽を3本使った羽飾り。
 
 レティシアが言い出したことだ。
 大公も、ユージーンも、反対はしなかった。
 ジークは嫌がるだろうが、式に列席する義務がある。
 そんなふうに、ユージーンは思っていた。
 
「馬子にも衣裳だよ……っと、待ったあ!!」
 
 口を開く前に、レティシアが、手のひらで、ユージーンを制してくる。
 理由は、わかっていた。
 
「わかっている。俺とて、お前の門出……晴れの日に、細かいことは聞かん」
「そ、そっか。そーだよね! ごめん、ごめん。つい、いつもの癖で」
「あとから、まとめて聞くことにしているのでな」
 
 がくっと、レティシアが肩を落とす。
 が、これは大事なことなのだ。
 
 ユージーンは、真面目に、字引きの編纂へんさんを考えている。
 その字引きが普及すれば、この国の言葉は、もっと表現豊かになるに違いない。
 貴族言葉は味気がなく、つまらないものが多いので。
 
「まぁ、そっちのほうが、ユージーンらしくて、いっか」
 
 レティシアが、くすくすと笑った。
 その顔を、ユージーンは、じっと見つめる。
 
(やはり、お前は、愛らしいな……笑っているのがよい……)
 
 今日は、レティシアと大公の婚姻の日だ。
 レティシアは、ユージーンの手のとどかないところに行く。
 式までの間、なにかと忙しくしていて、考えずにいた。
 
 彼女は、自分ではない者の妻となる。
 
 白いドレスをまとったレティシアの姿に、改めて、それを実感する。
 しばらく、立ち直れないだろう。
 いや、きっと長く立ち直れない。
 ユージーンにとって、初めての恋だったのだ。
 
「もし……大公が、お前を泣かせるようなことがあれば、俺が……」
 
 俺が、また抱きしめてやる。
 
 そう言いかけて、やめた。
 レティシアには、もう「粘着」はできない。
 
「俺が、ホウキの柄で、殴ってやる」
「大丈夫だよ。泣いたりしないから」
 
 レティシアの言う通り、彼女が泣くことはない気がする。
 大公がレティシアを泣かせた、あの1回限りになるはずだ。
 
「む。なんだ? 下が騒がしい。様子を見て来ねばならん」
 
 階下からのざわつきに、レティシアも気づいているらしい。
 少し立ち上がりかけていたところを、ユージーンが手で制する。
 
「お前は、ここにいろ。花嫁なのだろ?」
「あ、うん」
 
 座り直す、レティシアに背を向け、ユージーンは扉に向かった。
 出る前に、少しだけ振り向く。
 
「笑っておれよ、レティシア」
 
 レティシアの返事を待たず、部屋を出た。
 ユージーンなりのはなむけの言葉は、同時に、恋心との決別を意味する。
 今は、自分の表情を、レティシアに読まれたくなかった。
 
「絶対にけないでください! 防御魔術もなしです!」
「本気かい、ザック?」
「父上には、その義務があるでしょうっ? わ、私の……わた……っ……」
「ああ、わかった、わかったよ。避けはしないし、魔術もなしだ」
 
 声に、ユージーンは、階下を見下ろす。
 玄関ホールで、大公と宰相が向き合っていた。
 宰相は、まだ泣いている。
 涙を、ぼろぼろこぼし、鼻をすすっていた。
 
「いつもの宰相然とした姿は、どこに行ったのだ……」
 
 見る影もない。
 
 呆れるユージーンの目の前で、宰相が大公に向かって、ボカッ!
 
 大公が殴られて、後ろによろめいている。
 その光景に、ユージーンは、笑みを浮かべた。
 
「おお……やるではないか。なにやら、すっきりしたぞ」
 
 自分も、あれがしたかったのだと気づく。
 本当には、レティシアの心を手にいれた大公を、思いきり殴りたかったのだ。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった! 『推しのバッドエンドを阻止したい』 そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。 推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?! ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱ ◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!  皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*) (外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さくら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

処理中です...