幼馴染は僕を選ばない。

佳乃

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郁哉

好きの形、好きの意味。

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 その後、昼食を買って戻ってきた晴翔に引っ張られるように家に連れ込まれ、「話をするだけだから」という言葉を信じた僕は深く後悔する事になる。

 いつものように晴翔の部屋で隣り合わせて座る。ベッドを背もたれがわりにしてセンターテーブルの前に座るのが定位置なので何も考えずにそうしてしまったけれど、話をするのには不向きでチラチラと晴翔の顔を見るもののすぐに手元に視線を落としてしまう。
 電話に出ないことを責められ、メッセージすら見なかったことを責められ、落ち込んだ顔をする晴翔を見ると罪悪感に苛まれる。

「こんな事なら好きなんて言うんじゃなかった」

 ポツリと呟いた言葉に焦燥感に駆られるけれど、答える言葉が見つからない。

 晴翔の〈好き〉と僕の〈好き〉は同じじゃないけれど、晴翔の中の〈好き〉が無くなるのは嫌だと思ってしまった。

「ごめんね、好きになって」

 今なら晴翔の作戦だったのだと思うのだけれど、その時は気持ちを押し殺して謝る晴翔に申し訳ない気持ちが勝ってしまったのだろう。

「嫌じゃないよ?」

 恐る恐る告げた言葉に晴翔が僕の顔を覗き込む。さっきまでシュンとしていたクセに嬉しそうな顔を見せる晴翔は僕の扱い方なんて熟知していたのだろう。

「それ、期待していいって事?」

 言いながらどさくさに紛れて抱きしめられてしまう。

「ちょ、やめろって。
 そう言う意味じゃないし」

 思ったよりも強い力に少し焦って晴翔の腕から抜け出そうとするけれど、あまり背の高さにだいぶ差が出てしまい、力でも全く敵わずだんだんと怖くなってきてしまう。

「晴翔、離して」

 押し除けようとしても離れない身体がもどかしくて、力を込めて逃がさないようにする晴翔が怖くて、だけど力で敵わないと気付いてしまいどうしていいのか分からなくなってしまう。

「晴翔、やめて?」

 ついつい出てしまう拒否の言葉。
 晴翔が嫌なわけではないけれど、力で敵わない事に対する恐怖が言葉に表れてしまったのだろう。

「なんで期待させといてそんなこと言うの?」

 僕の頭を抱え込んでいた晴翔の冷たい声に恐怖が増していく。

「やっぱり俺のこと嫌なんだろ?
 電話に出ないし、メッセージも見ないし。
 ねぇ、郁哉は今の状況わかってる?」

 質問を重ねる言葉に答えることができないまま晴翔を刺激しないようジッとしていることしかできない。

「うちの親も郁哉の親も夜まで帰ってこないんだよね」

 ギュウギュウと力を込めながらそう言って僕を拘束し、僕を怯えさせる。

「はると、こわぃ」

「だって、郁哉が逃げるから」

 言い切る前に言葉を重ねられてしまう。強い力と責める言葉が怖くて震え出した僕を、自分の都合のいいように解釈した晴翔はとんでもないことを言い出す。

「郁哉、寒いなら暖まらないと」

 そう言いながらベッドに促され、恐怖のため言いなりになってしまう。

「別に嫌がることはしないから」

 僕が怯えながら横になると同じように横になる。晴翔のベッドはシングルなので2人で横になるには狭くて、壁の方を向いたまま動けない僕を背中から抱きしめる。

「ごめんね、怖がらせて」

 僕のことを抱きしめるだけで本当に何もすることなくポツリポツリと言葉を続ける。

「昨日言ったことは本気だよ。
 好きなんだ…。
 でも、無視されて、こんなふうに怯えさせるなら言わなければよかった」

 先程までのように力で押さえつけようとすることなく、それでも僕のことを逃さないと言うかのように少しだけ腕に力を込める。晴翔の手は僕のお腹に回されたままだ。

「いつから?」

 僕の髪に鼻先を埋め、何も言わなくなってしまった晴翔に問いかける。
 僕だって好きか嫌いかと言われればもちろん好きなんだけど、晴翔の好きと僕の好きは違いすぎるし、そもそも晴翔の〈好き〉がいつからなのかも全くわからない。

「ん~?
 いつからって、ずっと前から」

 そう言ってポツリポツリと話し出す僕と晴翔とのエピソード。

 幼稚園の時に僕が先生のことを好きと言った時に先生に対してヤキモチを妬いたのが始まりだと言われ、その頃のことを思い出そうとするものの、僕が思い出すのは晴翔と楽しく遊んでいることばかりで言われている意味がわからない。

 小学生になると男女の差が出てきてそれぞれ同性同士で遊ぶことが多くなる。そんな中、僕が晴翔以外の子と遊ぶのが面白くなかったと言うけれど、晴翔は晴翔で僕とは違う友人達と楽しんでいたはずだ。

 遊びが激し過ぎて叱られる姿は見慣れた光景で、「晴翔と郁哉は仲良いのに正反対だよね」と一緒に遊ぶ友人は呆れていた。
 その時もブランコを揺らしながら話している僕たちと違い、晴翔達はジャングルジムから水入りの水風船を投げて遊んでいた。下で狙われている友人達は足元をドロドロにしつつ、ゲラゲラ笑いながら風船の残骸を拾い、狙われるのがわかっているのに水を詰めた水風船をせっせと貢いでいる。
 ジャングルジムに登っている相手を狙えば叱られるけれど、投げられている側が大喜びをしているものだから大人も見て見ぬ振りで「小さき子が来たらやめなさいよ」と寛容だ。
 怖がりだった僕はそんな遊びに憧れながらも見ていることしかできなかったのに、晴翔は晴翔で面白くない気持ちを抱えていたらしい。

 中学生になれば色々と心身ともに成長していく。
 ぐんぐん背を伸ばしていく晴翔に比べ、成長が緩やかな僕。
 同級生だけでなく、先輩や後輩からも声をかけるようになっていく晴翔。
 いつの間にか背の高い女子にも身長を抜かれ、男女共にマスコット扱いされるようになった僕。マスコットならばまだ可愛いけれど、下手をしたらゆるキャラ扱いだ。
 そんな晴翔にコンプレックスを抱くようになった僕だけど仲の良さは相変わらずで、朝は一緒に登校して帰りはそれぞれの部活の状況に合わせて帰宅する。

 晴翔は運動部らしく同じ運動部の仲間と、僕は美術部だったため自分のペースで帰宅時間を決めるせいで大抵1人きりだった。
 仲間に囲まれて帰宅する晴翔を目にすることも多く、僕だけ取り残された気になることもあったけれど声をかける勇気はなかった。
 だけど、晴翔は晴翔でゆるキャラ扱いされて男子にも女子にも可愛がられるのが腹立たしかったと言う。

「俺の郁哉なのに」

 そう言われても僕は晴翔のものじゃないと反論しそうになり、今の状況を思い出して言葉を飲み込んだ。

 自分の想いを口にする晴翔は真剣で僕を揶揄っているわけではないのだろうけれど、〈僕〉と〈晴翔〉の認識の違いに戸惑ってしまう。
 僕のことを恋愛対象として見ていた晴翔と、晴翔に憧れを抱きつつも少しずつ自分との違いを自覚して疎外感を持ち始めた僕。
 だけど、離れることはできなかった僕。

 高校生になれば少しずつまた2人の関係は変わっていくだろうと思いながら〈幼馴染〉という関係に甘えていたけれど、その気持ちの中に恋愛感情は無かったし、晴翔からのそんな気持ちにだって気付いていなかった。

〈憧れ〉という言葉が1番しっくりとくるのかもしれない。

 誰からも好かれて、同級生の中でも少し大人っぽい存在。幼馴染だから隣を歩くことを許されているけれど、幼馴染でなければ接点などなかったであろう僕と晴翔。
 このまま隣に居られるとは思っていなかったけれど、恋愛対象として隣に立つことなんて想像したことすらなかった。

「今までは知ってる奴らばっかだろ?」

 僕のことを抱え込んだまま晴翔が話し続ける。

「高校に行ったら人数増えるし、いろんな奴がいるだろうし。
 今まではマスコット扱いされてても知ってる奴ばっかりだったから我慢したけど、今度からは知らないやつの方が多くなるから焦ってたんだ」

 そう言って、少しだけ腕に力を込める。拘束されて、身動きできなくなったさっきの出来事を思い出して緊張で身動ぎしてしまう。それが晴翔に伝わったのだろう、頭の上でクスリと笑い言葉を続ける。

「別に何にもしないよ。
 郁哉、どうせ昨日ちゃんと寝てないだろ?このまま寝ちゃいな」

 そう言うと「顔色、悪いよ?」と付け加える。エレベーターで会った時から気にしていたのかもしれない。

「今はそうやって俺のこと、意識してくれてるだけでいいから」

〈好き〉を撤回する気は無いし、諦めるつもりもないらしい晴翔は僕のことを包み込みながら言葉を続ける。

「俺のこと意識して、俺を好きになって、俺に夢中になるまで待つから」

 優しい言葉と晴翔の体温が心地良い。
 拘束された時は恐怖の方が大きかったのに、こんな風に優しくされると何故だか安心するのは一緒に過ごした時間が長いからだろうか。
 だけど、僕にとって晴翔は〈家族〉とか〈兄弟〉であって恋愛対象では無い。

「好きだよ?
 でも、晴翔の好きとは違う」

「今はね」

「きっと、ずっと、このままの好きだよ」

「今はそう思ってても変わってくるよ」

「変わらないよ?」

「大丈夫、変わるから」

 そんな会話を繰り返し、僕はそのまま眠ってしまった。
 晴翔の体温は心地良かった。

 これが、僕たちの始まり。

 この事を晴翔が後悔しているなんて考えたこともなかったし、知りたくもなかった。

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