幼馴染は僕を選ばない。

佳乃

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郁哉

変化する生活。

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「じゃあ、何かあったら連絡しなさいね」

「そっちだって、引越し準備で忙しいでしょ?」

「こっちは父さんの地元に戻るだけだから気楽なものよ?」

 そう言って笑う母は僕が進路を変えた理由も、晴翔と会わなくなったことも何も聞かず、ただただ僕の気持ちを尊重して、僕の目指す道を応援してくれた。

「一人暮らし、大丈夫?」

「大丈夫なように家のことだって教えてもらったんでしょ?」

「まぁ、そうなんだけど。
 親は子供の心配するのも仕事なの」

 そんな風に言いながら生活用品をもう一度チェックする。

「困ったことあったら今はネットでなんでも注文できるし、自分で注文する暇なければ送ってあげるから言いなさいよ」

 母はそう言い残して帰って行った。
 と言っても、父の地元に戻るための準備もほぼ終わっている。僕の卒業を待たずに準備を始めたためGWの頃には僕が育ったあの部屋は引き払われる事になるだろう。

 あれから、晴翔の言葉を聞いてしまってからか意識をして避けたわけでは無いけれど、ほぼほぼ顔を合わせる事なく卒業を迎えた。学校ではもちろんの事、下にあるコンビニやマンションの共用部分で会ってしまってもお互いに話すこともなく、「久しぶり」と挨拶程度でやり過ごすことしかできなかった。

 晴翔が僕のことをどう思っているのか聞いてしまったことを言い出すこともできず、だけど知らないふりをしたまま今までのような付き合いをすることもできず。
 僕が何も言わないことでその関係を精算できたと思ったのかもしれない。

 母は晴翔の母と会うこともあったはずだけど、僕たちの関係についても、一緒に行くはずだった大学のことも何も言わず、ただただ僕の希望を尊重してくれた。高校生ともなれば自分の主義主張も出てくる時期だからその辺で齟齬が生まれたのだと察したつもりなのかもしれない。

 両親が引っ越すのだから生まれ育った街に行く用事も無いし、晴翔以上に親しい友人もいない。あえて連絡を取りたい相手もいないため今まではキャリア携帯だったものを格安携帯に変えた。番号の引き継ぎは敢えてしなかったためあの街との、晴翔との接点も無くなった。

「身内しかいないじゃん」

 登録された番号を見て苦笑いが漏れる。晴翔ほどではないけれど、親しくしていた友人がいなかったわけじゃない。だけど、あの街に住処がなくなった今、わざわざ連絡を取りたいと思える相手もいない。
 SNSも登録はしてあるものの見る専門だし、誰かにアカウントを教えたこともない。見るだけだからフォローしているのは公式のアカウントばかりだしフォロワーなんていない。
 新しい環境で新しい生活を始めるのにはちょうど良いかもしれない。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


「ねぇ、ここ空いてる?」

 そう話しかけられたのは初めての授業の時。やる気を出して前に座るでもなく、後ろの目立たない場所に座るでもなく。何となく居心地の良さそうな窓際の席に座っていた僕に話しかけたのは智充だった。
 誰かと約束しているわけでもないし、空いている席を空いていないと言う必要もない。

「どうぞ」

 それが智充との出会い。
 お互いに地元から離れた学校に来たせいで特別親しい友人がいなかったせいか、気付けば一緒に過ごすようになっていた。部屋は学校を挟んで逆方向だったためどちらかの部屋に入り浸るなんてことはなかったけれど、その適度な距離感も心地良かった。

「郁哉は地元に彼女とかいなかったの?」

 そんな言葉が出たのは学校生活にも慣れ、夏休みに入る前のテストの対策を立てていた時。
 地元に帰るとか帰らないとか、そんな話をしていた時だった。

「彼女はいなかったし、地元って言っても親が引っ越したから帰るとしたら父親の地元かな」
 
 その言葉に智充が訝しげな顔をする。

「僕が進学する時に親も引っ越したんだ。
 もともと将来的には父親の地元に帰る事になってたんだけど、僕がここの大学に来るって決めた時にいい機会だからって家族揃ってお引っ越し」

「大変だったんじゃない?」

「どうなんだろう?
 どのみち僕が大学卒業したら引っ越すって言ってたから」
 
「大学卒業したらって事は志望校、違ったの?」

「はじめは地元の大学に行くつもりだったんだけど、親が地元離れるなら好きなとこに行くのもいいかと思って」

「それって、志望校変えたから引っ越したのか、親が引っ越すから志望校変えたのか、どっちかよくわからないね」

 そう言って「変なの」と笑う。
 
「智充は何でこの学校にしたの?」

「ん~?
 地元にいたくなかったから?」

「じゃあ、同じだ」

 お互いに詳しい事情を話す事はないけれど、それでも余計なことを言わないでいい関係はとても楽だった。
 晴翔と過ごしていた頃は晴翔が僕から目を逸らす前は何でも知りたがり、何でも話をさせられた。僕の全てを知りたがり、僕の全てを欲しがった。
 幼い頃からそれが当たり前だと思っていたせいで智充との関係にはじめは戸惑ったけれど、周囲を見ればこの距離感が普通なのだと思うようになる。

「智充は彼女は?」

「いたら地元の大学選んだよ」

「まぁ、そうだよね」

 上部だけの当たり障りのない会話。
 穏やかなふりをして絶妙な均衡を保つ会話は必要以上に親しくなり過ぎることもなく気楽だ。

「夏休み、バイトは?」

「長いから何かやらないと勿体無いよね」

「今から探すならウチに来る?」

 そう言って自分のバイト先に来ないかと誘われる。大学の近くのドラッグストアはうちの学生が働くには便利だけど、夏休みに長期の帰省を望む学生がいるせいで夏休みのシフトがハードだと苦笑いをする。都市部からは少し離れた場所にあるせいで、地元の学生が選ぶには場所が悪いらしい。

「それって、僕でもできる?」

「女の子もいるから大丈夫だよ」

 平均よりも小さいまま大学生になった僕は体力も平均よりも少ない。男子大学生と言うだけで無条件に力仕事を求められるような仕事なら無理だろう。

「荷物の移動もあるけど専用のカートあるし、男子と女子の仕事内容だって同じだから心配ないよ」

 僕が身体的にコンプレックスを持っている事に気づいているのだろう。平均的な身長の智充と並んでも明らかに小さい僕のことを揶揄するような事はないけれど、何かにつけて卑屈な発言をしてしまう僕のことは気が付いているようだ。

「求人も出すって言ってたけど、知り合いでバイトに入れそうな子がいたら連れてきて欲しいって言われてるから。
 何なら今日の帰り、寄ってみる?」

 その言葉に素直に頷く。
 父の地元に引っ越したせいで、新しい〈実家〉に帰ったところで身内しか知り合いはいないし、生まれ育った街には戻る場所も無い。
 夏休みといってもやることがない僕に拒否するという選択肢はなかった。

 結論として、ドラッグストアのバイトには無事に採用されて夏休みは智充と過ごす時間が増える事になる。
 同じような環境で親元を離れて一人暮らしをしているのは僕と智充だけではないし、バイト仲間にも同じような環境の学生もいて少しずつ交友関係も広がっていく。
 あまり社交的ではないと思っていた僕だけど、晴翔とベッタリで気付かなかっただけで僕は案外人付き合いが嫌いじゃないらしい。
 バイト先には同じ大学の先輩もいるし、近所のおばちゃんもいて何かと声をかけられるのは僕が小さいせいだろうか?

 先輩からは「高校生かと思った」と可愛がられ、おばちゃんからは「ちゃんと食べてるの?」と心配される。
 同じ環境のはずの智充は「智充君はしっかりしてるから」と言われるのは納得できないけれど、一緒に働いているうちに僕の見方も変わってくるだろう、きっと。

 僕の学生生活は、概ね順調だ。
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