幼馴染は僕を選ばない。

佳乃

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晴翔

自覚する気持ち、変化する気持ち。

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「ねぇ、高校どうする?」

 そう聞かれたのは中学2年の夏休み。

 部活のおかげかグングン背が伸びる俺と違い郁哉は小さいままで、その日はお盆で部活が休みだったから2人で宿題をしていた時だった。

「郁哉はもう決めたの?」

「そうだね」

 そう言って郁哉が口にした学校は地元では少しだけ自慢できる進学校で、郁哉の成績を考えれば妥当な学校。だけど俺の成績では少し心許ない学校。

「そこだと一緒には行けないね」

 そう言った俺の言葉に「そっかぁ」と感情のこもらない返事が返ってきてイラッとさせられる。そして、一緒の高校に行けなくて淋しいとか、一緒の高校に行きたいとか、そんな答えを期待していた自分に気付く。

「ずっと一緒だったのにな」

 何か言葉が欲しくてそう言ってみる。

「仕方ないよ。
 中学までは校区があるけど高校は自分で決めるんだし」

 正論だと分かっていても腹立たしい。
 そして、その腹立たしさの答えを探る。

「郁哉は一緒じゃなくても平気なの?」

「何で?」

「ずっと一緒だったのに、淋しくないの?」

「だって、ずっと一緒のとこに行くわけじゃないし、高校別になってもマンション一緒なんだし。
 会えなくなるわけじゃないでしょ?」

 その言葉で郁哉にとって自分は一緒にいたい存在ではないのだと自覚する。
 俺がいないと駄目なくせに、そんな風に思っているのは俺だけで郁哉は郁哉で自分の将来のことを考えているのだろう。

「晴翔は部活頑張ってるから強いとこ狙ってるの?」

 俺の想いに気付かず楽しそうに言う郁哉が腹立たしい。
 もっと俺を見て、もっと俺を意識して、そして俺の事を好きになれば良いのに。

「そこじゃなくてさ」

 そう言って郁哉の志望校よりも少しだけランクの落ちる高校の名前を出してみる。その高校なら俺の学力でも問題無いし、何よりも家から近い。

「家から近いし、そこなら一緒に行けるし」

「だから、別に同じ高校じゃなくてもいいって言ってるよね?
 そっちの方がスポーツ強いし、晴翔はそっちで良いんじゃない?」

 俺の言葉に意味を理解せずにニコリと笑う郁哉には何を言っても通じないのだろうと落ち込みたくなるけれど、それ以上に何とか自分に意識を向けないとと焦る。

「でも、進学のこと考えると郁哉と同じとこの方が良いんだよね」

「まぁ、そうだけど。
 行きたい大学とかあるの?
 そっちだって進学校だよね」

「でも郁哉と一緒なら勉強教えてもらえるし」

 想いをぶつけたところで何も気付かない郁哉に少しだけ具体的な話をしてみる。高校生になった後も続く日常。

「学校違うと授業の進み方が違うから誰が俺に勉強教えてくれるの?」

「…教えてもらうこと前提なのがおかしいんじゃない?」

「俺が同じ高校に入ったら今までみたいに一緒に勉強できるんじゃない?」

「だからって僕は進路変えないよ?」

「俺、頑張るし」

 その言葉に呆れたような笑みを見せるけど、駄目だとは言わない。だから郁哉も同じ気持ちだと思っていたんだ。

 部活をやっているせいで背が伸びた俺だけど、周りも当然成長しているせいで少しずつ体格の差が出てくる。
 郁哉は相変わらず小さいけれど女子も男子も背が伸び、それぞれ体型も変わってくる。

「郁哉、身長伸びないよな」

「華奢だしね」

 その言葉を聞いた時に見せてはいけないと思った。郁哉のことを誰の目にも触れさせたくない、そんな風に思ったのはどう考えても独占欲。
 幸い、体育の時には教室で着替えるため、制服の中は体操服を着用と決められているせいで郁哉の肌を俺以外が見ることはない。夏にはプールの授業があったけれど、3年になればプールの授業は無い。幸いまだ誰にも気づかれてはないはずだ。

 夏休みが終わると男女共に少しだけ大人っぽくなっていて、ほとんど変化のない郁哉は中学生の中に小学生が紛れ込んでしまったように見える。
 少しずつ少しずつ郁哉の存在が守られる者のようになってくる中で、その扱いをゆるキャラのように可愛がる対象になるよう率先してそう仕向ける。

「郁哉って、弟っていうか子犬とか子猫みたいな、ぬいぐるみみたいじゃね?」

「ぬいぐるみっていうか、着ぐるみ?」

「僕の中には誰も入ってないよ?」

 憮然とした表情を見せる郁哉にみんなは笑うけれど、庇護欲を駆り立てられるよりもからかいの対象の方が安心していられる俺にとってはいい傾向だった。そして、男子からも女子からもゆるキャラ扱いされるようになると「うちのゆるキャラで勝手に遊ばないでください~ぃ」とさり気なく郁哉を庇う。
 郁哉にだって男子としてのプライドがあるのか〈ゆるキャラ扱い〉に甘んじているわけでもないけれど、俺がそうやって庇うと嬉しそうな顔を見せるのようになるのはそんなに時間はかからなかった。

 少しずつ郁哉を囲い込み、少しずつ周囲と距離を置かせる。俺がいないと困ると思うようにと仕向けていく。

「ねぇ、晴翔はもう少し頑張ったら同じ高校に行ける?」

 そんな風に聞かれたのは冬休み。
 いつものように一緒に宿題をしていた時にそう言った郁哉は不安そうな顔を見せる。

「2学期の成績見てる分には後ちょっと足りないかな…」
  
「どの教科?
 僕、教えようか?」

 その言葉に手放しで喜びそうになるけれど、わざと目を逸らして答える。

「英語と数学かな。
 自分でやっててもなかなか…」

「それなら教えるし」

 郁哉が英語と数学が得意なのを分かっていて誘導したその言葉に「じゃあ、頑張ってみようかな」と答えれば嬉しそうな顔を見せる。

「でも、どうしたの?
 同じ高校じゃなくても会えるからいいって言ってたのに」

「なんかさ、不安なんだよ。
 今は晴翔がいてくれるけど高校別になるとね…」

「大丈夫なんじゃなかったの?」

「最近、やたらと小さい子扱いされてない?高校行って知らない相手ばっかなのも不安だけど、同じ中学だった子にそんなこと広められたらまた同じ扱いになりそうで…。
 晴翔がいてくれたら安心できる」

 俺がそう仕向けたくせに俺に頼る郁哉はその意図になんて全く気付いていないのだろう。俺にとってはいい傾向だけど、それでもすぐにその考えに乗るつもりはない。

「でも、部活続けるならそっちの高校行くと厳しいんだよね」

「それなら高校行ってからもサポートするし」

「これからの成績次第だね。
 とりあえず頑張ってはみるけど」

 それだけの言葉なのに嬉しそうな顔を見せる郁哉は少しでも俺を意識してくれているのだろうか。このまま俺と同じように気持ちを向けてくれればいいのに、そう思いながら何かと理由をつけて会う時間をますます増やしていく。

 部活のない日には勉強を見てもらうことを口実にどちらかの部屋に行き、テスト週間は周りの誘いを断って2人で勉強をする。会えない日には何かと口実をつけてメッセージを交わし、時には電話を繋げて言葉を交わす。

「晴翔、同じ高校行こうね」

 寝る前に電話を繋ぎ、勉強の仕方を聞きながら雑談を交える。この時間が大切なものだと思ってもらえるように郁哉にとって耳障りのいい言葉で話し、俺の事を支えているのだと思うように、依存しているように見せて依存させていく。

「頑張るから、郁哉は俺の事ちゃんと見てて」

 少しずつ少しずつ俺に気持ちを向けさせて、気付いた時には俺が居ないと駄目になってしまえばいいんだ。

「ちゃんと見てるから同じ高校行こうね」

 少しずつ少しずつ、俺に気持ちを向けて俺の事を好きになればいい。

 少しずつ少しずつ、俺に気持ちを向けて俺がいないと不安になればいい。

 俺が守るから。

 俺が守るから。

 だから、俺のことだけを見ればいい。
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