幼馴染は僕を選ばない。

佳乃

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晴翔

腐った縁と捨てられた荷物。

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〈テスト勉強、クラスの奴とやるから〉

 2人の関係が変わっていったのはきっとこのメッセージが始まり。
 1年、2年とクラスが一緒だったせいでメッセージを送る回数はどんどん少なくなり、休みの日に呼び出す以外のメッセージはほとんど無くなっていた。
 クラスが変わったことで本来なら増えるはずのメッセージだって郁哉から来たものに義務的に、事務的に返したものばかりだった。

 試しに電話をかけてみるけれど、「現在使われておりません」と無機質な声に告げられて気持ちが沈む。
 通話中の音が聞こえれば着信拒否なのかと、それでも繋がっていることに希望を持つ事ができたけど、聞こえてきたアナウンスはスマホ自体を解約したことを知らせる。
 俺だけでなく他の同級生も連絡が取れないということは、今までの友人関係を全て捨て去ったということだろう。郁哉にとって必要のない人間だったのだと言われたのと同じだ。

 連絡を取りたかったわけではないし、好んで会いたいと思っていたわけではないけれど、もう会うことはないのかと思うと焦燥感に駆られる。

「晴翔っ」

「あ、遊星。
 終わった?」

 呼び出した郁哉の番号をどうしようかと考えながら歩いていると名前を呼ばれスマホを閉じる。提出物を出し忘れたと言って俺に先に行くよう促した遊星は「終わったよ」と笑顔を見せる。

 大学に入り私服で過ごすようになり、遊星のことを一段と意識するようになった俺はその笑顔に釣られて同じように笑みが溢れる。ブレザーを脱ぎ捨て髪の色を少し明るくした遊星は、はっきり言って可愛い。
 郁哉みたいに小さいわけではないし、その容姿だって女性的なものではない。身長は俺の方が少しだけ高いけれど、細身ではあっても華奢なわけでもない。服装だって特別拘っているわけではないし、他の友人と何が違うのかと問われてもはっきり伝えることはできない。
 だけどコロコロと変わる表情も、気になった事をちゃんと口に出してくれるところも可愛くて、新しい生活で新しい出会いがあっても何よりも優先したいと思うのは遊星のことだった。

「全部出したと思ってたのに別のところに挟んであるなんて、超二度手間」

 ブツブツ言うその表情も可愛くて、もっとその顔が見たくて「自業自得だろ?」と言えば「そうなんだけど…」と答えながらもまた不満そうな顔を見せる。

「そう言えば郁哉と連絡取れるかって聞かれたけど、何かあった?」

 先ほど話していた同級生に会ったのだろう。余計な事を言うなと苛つくけれど、それを悟られたくなくて何もなかったように見えるよう慎重に言葉を選ぶ。

「郁哉と同じ学部かと思って声かけたらこの学校にはいないし、連絡も取れないって言われた。
 マンションでも会う事ないし、駅までの道で会うこともないから下宿でもしたのかと思ってたけど違ったみたい」

「今更?」

 その言葉を〈今更なんで郁哉を気にするのかと〉捉えた俺だったけど、次に出てきた言葉に耳を疑う。

「郁哉、もともとこの学校受けてないし、そもそもあのマンションに家族も住んでないでしょ?」

「え?」

 よほど間抜けな顔をしていたのだろう。呆れたように遊星が言葉を続ける。

「だって、郁哉の学力ならどこだって受け放題じゃない?
 誰かさんがお荷物になってたみたいだけど、お荷物無ければ自由だし。
〈腐って途切れればいい〉とか言われたらいらない荷物なんて捨てるよね」

「何言ってるの?」

 遊星の言葉の意味も、その言葉を俺が言われている意味も全く理解できなかった。
 〈お荷物〉とか〈腐って途切れればいい〉とか、何のことなのかまるで分からない。

「いつ気づくかと思ったけど、本当に晴翔って自分のことしか考えてなかったんだよね。
 郁哉がどこの大学受けるか気にもしなかったんだ?」

「だって、ここ受けるって」

「晴翔と一緒にならね。
 郁哉の学力知ってる?
 別に地元に拘らなければ選択肢はもっとたくさんあったし、親が引っ越すならそっちの大学にだって行けるだろうし。
 自分の事、都合よく使っておいて要らなくなったら捨てるような相手と同じ進路なんて選ぶわけないし。
 そもそも、高校だって誰かさんが金魚の糞みたいに引っ付いてきたけど本当なら別だったよね?」

 そこまで言われて〈お荷物〉とか〈腐って途切れればいい〉は俺に向けられた言葉だと気付く。

「都合よく使って要らなくなったら捨てるって…」

「違った?
 郁哉のこと、自分から離れないように囲っておいて、手に入れたのに飽きて都合良く利用して。それで代わりが手に入ったら捨てるとか、人間としてどうかと思うよ?

 自覚無い?」

 言われてしまえば見て見ぬ振りをしていた自分の狡さを自覚するしかなくなってしまう。

 中学の時に郁哉をゆるキャラに仕立て上げて自分だけを頼るように仕向けたこと。

 高校に入り他に目を向けられないように、自分を意識するようにと告白したこと。

 自分の不満を、自分の欲望を解消するために捌け口にしたこと。

 そして、自分で努力することなく成績をキープするために利用しておいて、他に頼る相手が見つかったからと自分勝手に手放したこと。

「あ、自覚はあるみたいだね?」

 黙り込んだ俺に呆れたようにそう告げると言葉を続ける。

「2人が仲良くしてるの見るの、いつも嫌だった。
 小学生の時だって違う遊びしてるくせに帰りは2人で帰ってくし、中学の時に郁也が弄られるようになったの、あれだって晴翔のせいだろ?

 高校別れれば何とかなると思ったのに受かっちゃうし。
 お前なんて、落ちれば良かったのに」

 向けられた悪意に返す言葉が見つからない。先程まで笑顔を見せていた遊星と同じ人物だとは思えないし、遊星が俺に向けてこんなにもネガティヴな感情を向ける理由も分からない。

「落ちれば良かったって…」

「晴翔が来なければ郁哉と仲良くなれるかと思ったのに同じクラスにすらなれないし、離れたと思ったら晴翔が同じクラスだし。
 おまけに利用しようとしたら〈腐れ縁〉とか、お前、自分が何言ったのか分かってる?

 自分がどれだけ郁哉のこと傷付けたのか分かってる?」

 コロコロ変わる表情が可愛いと思ったけれど、自分に向けられる冷たい目が怖いと思ってしまう。コロコロ変わる表情が好きだったけれど、こんな表情を見たくなかった。

「お前が〈腐って途切れればいい〉って言ったの、郁哉聞いてたよ?
 可哀想に。
 本当はお前なんて放っておいて追いかけたかったけど我慢したんだよ」

「何言ってるんだよっ、」

 言われている言葉の意味は理解しているけれど、それを肯定したくなくて聞いてしまう。自分が思ったのと違う答えを期待してそう問いかけたけれど、返ってきた答えは予想通りのものだった。

「まだ分からない?
 お前に声かけたのは郁哉に近付くため。
 お前に優しくしたのは郁哉から引き離すため。

 郁哉のこと囲ったみたいにオレに執着するからやり易かったよ?

 耳当たりの良いこと言えば機嫌良くなるし、肯定すれば調子に乗るし。郁哉のこと、少しでも庇えば引き下がるつもりだったのに、郁哉に酷いこと言っても平気な晴翔見たら何とか引き離さないとって思ったんだ。

 郁哉が進路変えたのなんて、隠してなかったから少し気にすればすぐにわかったはずなのに…。

 お前らが仲直りしたら一緒の大学に行けるかもって期待した時もあったけど、世の中そんなに甘く無いよね」

 隠すことなく興味があったのは郁哉だと告げられる。俺に声をかけたのも、一緒に勉強しようと誘ったのも全て郁哉のためだったのだ。

「でも良かった。
 郁哉のことが無ければそれなりに良い奴だからこのままズルズル一緒に過ごすしか無いかと思ったけど、そっちから話振ってくれて助かったよ」

 言いながらニコリと笑う。
 さっきまでは1番好きな表情だったのに、その笑顔を直視できない。

「別に友達やめるとかは言わないけど、オレに恋愛感情向けるのやめてね?
 最近、やたらと距離縮めてくるから困ってたんだよね。

 オレの好みのタイプ、晴翔と似てるみたいだから次は被らないと良いね」

 そう言って歩き出した遊星は俺が動けなくなっている事を気にすることもなく、一度振り返って「あ、こう思ってたのたぶんオレだけじゃないよ」と言うとそれからは立ち止まることもなかった。
 他の友人の手前、友達関係を解消する気はないみたいだけど帰りに遊星の部屋に寄ることはもう無いだろう。

「告白しなくてよかった」

 間抜けにもそんな言葉が口から零れ落ちる。

 郁哉の時にしてしまった失敗を繰り返すことはなかったけれど、思い描いていた学生生活を送ることはできないのだと暗い気持ちになる。このまま授業を受ける気にもなれず、遊星と顔を合わせるのも気まずくてその日はそのまま帰宅してしまった。



「ねえ、郁哉が引っ越したの、知ってた?」

 帰宅した母にした問いかけは「当たり前でしょ?」の言葉で一蹴される。

「卒業式の日に郁哉君に挨拶されたし。
 あんたには言ってあるし、他の子達と盛り上がってるから呼ばなくていいって言ってたけど?」

「知ってたけど郁哉だけだと思ってた」

 知らなかったとは言えず、そんなふうに誤魔化す。

「郁哉君がこっちの大学なら卒業するまではここに住むつもりだったけど、そうじゃないなら前倒ししてお父さんの実家に帰るって。元々そのつもりだったみたいよ?」

「実家って?」

「どこだったかな?
 聞いたけど忘れちゃった。
 何かあった?」

「今日、同級生に郁哉の親も引っ越したって聞いたから」

「そっか。
 GWにはもう引っ越してたはずよ?」

 そう言われて遊星と過ごしたGWを思い出す。

 あの日も郁哉に会わないように気を付けながら駅までの道を歩いていたけれど、全く無駄な行動だったらしい。
 そう言えば高校の時の勉強会は郁哉のことを気にして俺の家を使わなかったのに、大学に入ってからは通学の時に郁哉を気にしていなかったと、その時にやっと遊星の変化に気付く。
 よくよく考えれば受験の時にも郁哉を気にしていなかった。

 あの時にはもう、郁哉の進路を知っていたのだろう。

「幼馴染って言っても実家が無くなっちゃえば会うこともないのよね、きっと」

 何気なく言った母の言葉が胸に痛かった。
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