幼馴染は僕を選ばない。

佳乃

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epilogue 【それぞれの…。】

智充

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 あれから…。

 郁哉のおかげで【幼馴染】として蒼眞との関係は再構築された。
 しばらくはギクシャクしたし、こちらが意識していなくても蒼眞が言葉を選ぶことがあったけど、郁哉の言葉を思い出し、そんなことも受け入れ、少しずつ少しずつ関係を修復していく。

「今のって、不味かったか?」

「別になんとも思わない」

「これ、嫌じゃない?」

「だから、意識しすぎだって」

「仕方ないだろ、俺だって手探りだし」

 そんな会話が遠慮なくできるようになった頃には就職を考える時期が近付いていた。

 もちろん2人だけで修復して行ったわけじゃなくて、郁哉の存在は蒼眞にとって相当大きかったようだ。
 困った時には郁哉にすぐに頼り、何かとメッセージで相談していたけれど、結局は郁哉を防波堤がわりにして言いにくいことを俺に伝えていただけ。

 〈蒼眞、グループだから俺にも見えてるんだけど?〉

 《だって郁哉君、個別のメッセージ嫌だっていうし》

 《蒼眞君は智充の付属品だし》

 《それを言うなら郁哉君は智充の付属品になるの?》

 《そうそう。だから智充抜きでは成り立たないんだよ》

 空気を読まないふりをしてしっかり空気を読む郁哉の存在は、俺にとっても蒼眞にとっても有り難くて大切なものだった。


「で、結局地元に帰るんだ?」

 穏やかな顔で郁哉が笑う。

「そうだね。
 地元離れてみたけどやっぱり地元が好きだなって思うし。
 逃げる理由も無くなったしね」

 ゲイだと気を遣われたまま遠巻きにされることが辛くて逃げ出したけれど、地元に帰れば以前のように過ごすことができているのは郁哉の存在と、蒼眞の理解があったから。他の友人にはカミングアウトしてないし、親にだって言ってはないけれど、地元に帰っても実家に戻るつもりはないから何とかなるだろう。
 蒼眞の時のように受け入れてもらえるとは思っていないけれど、それでも蒼眞という味方がいるから心強い。

 地元と言っても実家から通いにくい会社を選んだのは勿論わざとだ。
 何かあった時には焦ることなく実家に顔を出せる距離。
 4年間外に出た身としてはそれくらいの距離がちょうどいい。

「郁哉は親元には戻らないんだよな?」

「僕は正直どこでも良かったから。
 父さんは地元に帰りたいって言って本当に引っ越したけど僕にしてみればたまに行く場所だったから思い入れもないし、継ぐものがあるわけじゃないし」

「そうなの?」

「そう。
 一応、祖父母は農家もやってるけど父さん向こうで普通にサラリーマンやってるし、少しずつ縮小するって言ってたし。
 単純に父さんが戻りたかっただけ。
 母さんも嫌いじゃないって言うか、マンションでできなかった土いじりが楽しいって生き生きしてるし。
 だから僕が帰る必要は全く無い」

「じゃあ俺の地元に来れば良かったのに」

「何、それ。
 プロポーズ?」

「残念、これだけ一緒にいても恋愛感情は芽生えなかったな」

「お互い様だよね」

 何度も冗談のように繰り返してきた会話ができなくなると思うと少し淋しい。

「本当、需要と供給がうまく行かないよね。あの学校、僕たち以外にゲイがいないわけじゃないのに」

「俺たち、そう見られてたとか?」

「でも智充も僕も女の子に告白されたりしてたよね」

「確かに」

 恋愛とは縁のないまま過ごした4年間は、それでも楽しいものだった。
 郁哉と過ごすのが当たり前だった日々は終わりを告げるけど、それでもこの先も郁哉との縁は続いていくだろう。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


「智充さん、少し相談があるのですが…」

 就職してしばらくしてから、たまには2人で飲もうと言われて呼び出されたのは実家の近くの居酒屋。当然のように地元に就職した蒼眞とは定期的に会っている。

「どうした、気持ち悪い」

「あのですね、」

「それ止めろ、気持ち悪い。
 なに、なんの話?」

「こっちだって緊張してるんだよ。
 ああ、もう。
 じゃあはっきり言うけど、紹介したい人がいるんだけど会う気ある?」

「お前それ、色々飛ばし過ぎじゃない?」

「説明しようとしたらお前がせかしたんだろ?」

 気負いのない会話と慣れ親しんだ関係。

「なに、仕事関係、ではないよな?」

「お前、分かってて聞いてるだろう」

 蒼眞の雰囲気でなんとなく察してはいたけれど、ちゃんと説明をしてもらわないことには返事もできない。

「はい、この人。
 会社の先輩で絶賛彼氏募集中」

 そう言って渡されたのは1枚の名刺。

「だから何でそうなってるんだって」

「この人、隠してないんだよ。
 言っておけば無駄に女が寄ってこないって」

 自意識過剰な言葉だけど、それは正論だ。郁哉も俺も大学生の頃に苦い経験があるけれど、それでもカミングアウトをするほどの思い切りの良さは無かった。

「それは理解した。
 それで、何で紹介?」

「それはだな、」

 そうして話してくれた蒼眞の日常。
 初日の挨拶でカミングアウトした先輩にどうして接していいのか分からず微妙な距離を保つ新入社員の中で、1人だけ何事もなく接する蒼眞は密かに目立っていたらしい。
 社内では認知されているせいで新入社員以外は〈当たり前のこと〉として過ぎていく毎日。先輩たちも「中には気にしない子もいるよね」くらいの感覚で、そんな蒼眞の姿を見て少しずつ他の新入社員も〈当たり前のこと〉として受け止めていく。

 学生時代は少しのことで過敏になっていたけれど、社会人になってしまえば仕事さえちゃんと回っていくことと、自分に影響さえなければ人の嗜好なんてどうでもいいことなのだろう。

 そんな時に歓送迎会でその先輩と話す機会があり、話の流れで身近にもいることを話しただけで終わったはずなのに、いつの間にか紹介する話になっていたと腑に落ちない顔をする。

 腑に落ちないのはこっちだ。

「あのさあ、ゲイだからって郁哉と俺みたいなこともあるんだけど?」

「知ってる。
 それに智充がどっちかなんて言ってないし。
 ただ、先輩が言うには近くに仲間がいるってだけで心強いんじゃないかって」

 言っていることは正論だ。
 大学生の頃も、郁哉がいたおかげで楽しく過ごすことができたのは事実だから。

「………それなら会ってみてもいいけど」

「分かった、じゃあ呼ぶから」

「えっ⁈」

 日を改めると思っていたのにスマホを取り出した蒼眞はどこかに連絡を入れる。

「30分くらいで来れるって」

「お前、はじめからそのつもりだったとか?」

「そうじゃないけど、そうかもしれない」

 ニヤニヤする蒼眞の顔を見て、そういえば昔から悪戯が成功するとこんな顔をしていたと思い出す。

 呆れと緊張で落ち着かない俺に「良い人だから大丈夫」と無責任なことを言う蒼眞の足を蹴り、新しいドリンクを頼む。

「飲み過ぎるなよ」

 誰のせいだと言いたいけれど、それは言わないでおく。実家に泊まると言ってあるから多少飲み過ぎても問題無い。

 30分も待たずに顔を出した〈先輩〉は想像していたよりも優男で、第一印象は〈同類だな〉だった。蒼眞の隣に座ると華奢に見え、一段と〈そう〉としか見えない。

「はじめまして」

 そう言った口調も柔らかく、友人として付き合うことができれば良いのになと思った俺は………認識が甘かった。

 連絡先を交換したのをきっかけに、グイグイと距離を詰めてきた先輩がいわゆる〈タチ〉だと教えられたのは2人で初めて会った日。

「全力で口説くから」

「絶対に好きにさせるから」

 見た目に反して肉食系だったと気付いたのは逃げるという選択肢が無くなってから。

 郁哉から話を聞いていたけれど、自分は耳年増だと思っていたけれど、世の中には知らないことの方が多いのだと思い知らされる日々は幸せな毎日。

 早く郁哉に報告したいのになかなか予定が合わず、顔を見て報告できたのは〈先輩〉との関係が恋愛関係だとはっきりと言えるようになってから。

『あれ、智充顔変わった?』

 4年間一緒に過ごした郁哉は俺の変化にすぐ気付き、「実は…」と報告した内容を自分のことのように喜んでくれた。

『蒼眞君は知ってるんだよね?』

「蒼眞の紹介だから」

『え、ムカつく。
 僕、何も聞いてない』

「俺が顔見て報告したいって口止めしたから」

『そっちいくことあったら奢らせる』

「うん。
 紹介したいし、また遊びに来いよ。
 母さんが郁哉君のこと何で連れて帰ってこなかったのって言ってたし」

『仕事落ち着いたら行きたいな。
 そしたら紹介してね』

 そう言った郁哉はどこまでも優しくて、そんな郁哉の幸せを願わずにはいられない。
 だけど、口では諦めたと言いながらも〈遊星〉を想い続けていることを知っているから余計なことは言わないでおいた。

 郁哉の幸せを願っているけれど、自分の幸せだって永遠に続くとは思ってない。

 蒼眞に報告をした時に自分のことのように喜んでくれたけど、家族にはカミングアウトしていないし、蒼眞と郁哉以外にはひた隠しにしたままだ。

「何かあったら相談していい?」

『もちろん』

 色々話して、色々聞き出されて、『智充が幸せそうで嬉しい』と笑う郁哉はどこまでも優しかった。

 自分が幸せだからではなくて、郁哉の幸せを願わずにいられない。

 願わくば、忘れたくても忘れられないあの人と…。
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