心を洗う洗濯機はありません。涙を乾かす乾燥機もありません。でも……

高橋晴之介(たかはしせいのすけ)

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平等とは?公平とは?

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4月12~15日
総合体育館での洗濯支援。
ここでは避難所の運営スタッフに洗濯整理券を預けておけば全てが滞りなく進んだ。須田は洗濯に専念することができた。整理券を配り終えると次々にトラックの横に洗濯物を抱えて来る。中には避難所から職場に出勤していく人もいるし、学校に通っている子どももいる。
洗濯機が回っている間はとにかく話しを聞く時間を多くとった。
避難所という非日常の狭い空間では話したくても話せないことがたくさんある。
不満があっても避難所のスタッフに直接文句を言うのは気が引けるのであろう。そんなことでも長期間留まることがわかっている須田には話しやすかった。
須田も個人のトラブル以外であれば話しを聞いて、他の避難所で見聞きした対応策を自分なりにアレンジしてスタッフに伝えていた。ほかの避難所がどんなことをしているのかの情報はなかなか横連携ができていない。役所も社会福祉協議会も1週間交代で全国から派遣された応援要員が引継ぎもないまま業務をこなしている。その熱量は個人差が大きい。

そんな時
「洗濯屋さんよぉ、これ洗ってけろ」
80歳を超えていると思われるおばあちゃんが、ヘドロで汚れた男物の和服を持って来た。きれいな光沢の絹の着物であった。
「おばあちゃん、これは水で洗うと縮んでしまうから洗えないよ」
「縮んだって、どうなったっていいんだよ。もうこれを着るおじいちゃんは波にさらわれちゃったんだ。でもさ、泥が落ちて臭いがなくなったら布団の上から掛けて寝られるっぺ。そしたら…、そしたら……、おじいちゃんが傍にいてくれるように眠れるから洗ってけろ」
おばあちゃんは泣いていた。
須田は着物を預かった。
「わかった。きれいにしておじいちゃんと一緒に寝ような。2~3日待っててね」
おばあちゃんは大切に抱えてきた着物と一緒に、例の甘いパンを差し出し、
「何にもないけど、これ食べてけろ」

須田は着物を広げてブラシで出来る限りの泥を落とした。乾いた泥はブラシで落とせたが津波で濡れるというのは単に泥が付いた状態とは大きく違う。海底から上がったヘドロや車から流れ出たオイルやガソリン、海水の塩をたっぷり含んでいる。雨水で濡れているのとはまったく違う。汚れも臭いも手ごわい上に出来れば縮ませたくないというクリーニング師としての気持ちもあった。
着物を桶の中に入れキッチン用の中性洗剤を泡立てて漬け置きするとすぐに茶色く濁る。冷たい水を何度も替えながらブラシで優しく泥を叩き出す。
洗剤液に漬け置くことでオイルやガソリンを水の中で乳化させ、浮き出した泥を着物からはがしていく。洗濯機で脱水するとまだまだ濁った水が出る。
そんなことを2日間繰り返すと汚れも臭いもほとんどなくなっていった。

桜が満開になっている。津波で幹が折れていてもその下の枝で一生懸命花が咲いている。
暖かい春風
もうこの世にいないおじいちゃんの着物がそよいでいる。

「きれいになったなあ。婆さん喜ぶぜ」
須田が着物を洗っている様子を多くの人が見ていた。泥だらけだった着物がきれいになっていく様子を見守っていた。
いつしか作業テーブルの上には煙草やお菓子、通常営業を始めたコンビニのおにぎりなどが並んでいた。
「なんすか、まるでお供えもんじゃないすか」
「俺たちの感謝の気持ちなんだから、お供えもんで合ってるよ、な」
おばあちゃんが来た。
「天気がいいからもう乾いたかな?」
「もう大丈夫だよ。今夜からおじいちゃんと一緒にいられる」
須田は竿から着物を降ろしておばあちゃんに手渡すと
「いい匂いだ、泥の臭いなんか全部消えた。洗濯屋さんありがとな。おじいちゃんも喜んでる」
着物を抱きしめたおばあちゃんはそう言いながらビニール袋を須田に手渡し
「こんなもんしかないけど食べてけろ」
それはいつもの甘くて長いパン。賞味期限が切れたものも含めて全部で7本。
須田はその気持ちもパンもありがたくいただいた。

震災から11年以上が経った今でもそのパンをスーパーで見かけると身体が拒絶反応を起こしたり、突然何本も買って泣きながら食べることもある。
その味とともに様々な記憶をずっと鮮明に刻み続けるための儀式のようなものだろう。
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