孔雀とナイフとヒエラルキー

石嶋ユウ

文字の大きさ
17 / 33
ナイフ

旅立ち

しおりを挟む
「ねえ、何があったの?」
 私は咲の姿を見て、思わず聞いた。彼女はただただ泣き続けていて、答えられそうな状況になかった。それでも、咲は必死で何かを伝えようとしていた。
「私ね、とも、みを……」
「友美をどうしたの?」
 彼女は泣きながら元来た道を引き返しはじめた。私は彼女の後をついて行った。

 歩き続けること数分。人気の無いところで咲は立ち止まって、膝から崩れ落ちた。
「あああ!」
 彼女は悲鳴に近い泣き声を出した。
「ねえ、何があったの?」
 私の問いかけに彼女は答えることができなかった。その代わりに彼女は向こうのほうを指差した。その方向には少し広い空き地があって、この時は真っ暗だった。目を向けると何も無いじゃないかと私は思った。だが、違和感があった。地面に寝ている人のようなものが見えた。

 私は嫌な予感がした。明かりを向けるのが怖かった。このまま、なんだ人が寝ているだけじゃないと言って、彼女と家に帰るべきだった。あるいは昼間の吉原刑事は怖いが覚悟して警察を呼ぶべきだった。だが、私はそれをせずに自転車のライトを向けてしまった。

 そこにあったのは、もう二度と動くことのない友美の亡骸だった。

 眩暈がした。この後十分間くらいのことを私はあまり覚えていない。意識が明確になった時には私は咲と抱き合って一緒に泣いていた。泣いた。泣きあった。泣き喚いた。人として正しい反応が起こった。私たちは二度と立ち戻ることのできない時点まで来てしまった。

 友美が死んだ。私は咲が言いたかったことと友美が何をしたかったのかを悟った。友美は咲を殺そうとした。だから彼女を襲ったが、最後は咲の方が友美を殺してしまった。咲が握っていたナイフはおそらく、友美のことを刺した物だろう。

 私たちはどうすることもできずに友美の前で座り込んだ。これから私たちはどうなってしまうのだろうか。私が黙り込んでいると咲は夜空の方を見上げた。私もそれにつられて見上げると星がそれなりに見えていた。咲は見上げながらようやく声をあげた。
「私、もうだめみたい」
「えっ?」
「孔雀座が見たくなっちゃった」

 突飛な言葉だった。私はその言葉の意味を理解しきれずにいると彼女は覚悟を決めた目を私に向けた。
「ねえ、私と来て。私のサイゴの旅に付き合ってほしいの」
 咲は私の方にナイフを突きつけた。だが、不思議と怖くはなかった。私は彼女がそこまで言うのならどこまでもついて行くしかないと思った。
「わかった」

 咲はナイフを仕舞って歩きはじめた。私もその後を追いかけた。
 じきに友美の亡骸は見つかってしまうだろうと思った。その時は警察が咲のことを全力で探し始めるとわかっていた。私たちに残された時間は少なかった。
「どこまで行くの?」
 私は咲に聞いてみた。
「九州の端の方まで。そこなら孔雀座が少しだけ見れるらしいの」
「どうやって九州まで行くの?」
「お金的に電車で移動するしかないかなと思ってる」
「そうだね」
 近畿地方にあるこの街から九州の端の方までは時間がかかる。私は長い旅なることを理解した。

 私は頷いて、それから彼女の身なりを見た。彼女の服が傷だらけで彼女自身も怪我をしていることを改めて理解した。
「ねえ、まずは身なりを整えようよ」
「どうして?」
「怪我もしてるし、服もぼろぼろだし」
「じゃあ、服を買おう」

 そこで私たちはひとまず開いている服屋を探した。幸い、まだ開いていた服屋があったので私たちはそこで服を買った。路地裏で私たちは服を着替えた。なるべく目立たない服装に着替え、咲の傷の手当てを済ませると私たちは最寄りの駅まで向かった。その道中でさっきまで着ていた服はゴミ箱に捨てておいた。移動しているとパトカーが何台も走っていることに気づいた。私たちは顔が見えないようにしながら道を進んだ。暗い夜道が延々と続いていた。

 最寄りの駅にたどり着いた私たちは九州まで行ける道のりをスマホで調べた。調べ終えた私たちは電車のチケットを買ってスマホを捨てることにした。私たちの状況を誰にも知られないために。近くにあったゴミ箱にスマホを捨てた。ここから先はもう引き返すことのできない道のりだと覚悟した。

 電車に乗り込んで出発を待っていると左隣に座っていた咲が私の左手を握りしめた。彼女の手は震えていた。
「怖いの?」
「……本当はね。でも、もう私たちにはこれしかないから」
「……そうだね」
 私は彼女の手に右手を重ねた。直後、発車メロディーが鳴った。合図だ。電車の扉が閉まり動き出した。もう戻れない。そう思った。

 電車は進んでいった。途中で何度か乗り換えながら目的地を目指した。移動中、咲は眠っていた。とても深く寝ていたようで、乗り換える時に起こすのが大変だった。
 気がつけば、この旅を楽しんでいる自分がいた。友美が死んでしまったというのに。もしかすると私は心のどこかでこうなることを望んでいたのかもしれない。日々の何もかもを捨て去って旅に出ることを。

 やがて、終電の時間になった。行けるところまで行ったがこの日は足止めとなってしまった。私たちはまともな場所に泊まれるような状況ではなかった。仕方ないので、駅の近くにあったベンチで仮眠をとることにした。冬の夜はとても寒かった。布団はないので私たちは寄り添いあった。咲の温度が伝わってきた。咲と私はこの先どうなってしまうのだろうかと思った。だが、それがどうしたと心の中で叫んでいる自分もいた。私は彼女とならどうなってしまってもいいと考えていた。次第に眠くなって私は目を閉じた。


 やがて朝が来た。近くの時計を見ると時刻は朝の五時くらいだった。もうすぐ始発電車が駅に着こうとしていた。私は咲を起こした。彼女は眠たそうにしながらも歩きはじめた。私たちの長い一日の始まりだった。

 始発電車に乗った私たちはしばらく無言だった。ただ車窓から朝焼けの風景を眺めていた。しばらくして彼女が私の方を向いた。
「ねえ、死んだら私たちはこんな世界に行けるのかな?」
 彼女は車窓から見える田園風景を指差した。朝焼けでとても綺麗な場所だった。
「どうだろうね」

 私は少し笑って答えた。私には想像がつかなかった。死後の世界がどんな場所なのか。
「どういう場所なのかわからないけどさ、綺麗な場所だと良いなって思うよ」
 私は思ったことをそのまま答えた。いつか私が死んだ時、そこで待っているのは天国なのか地獄なのかはわからない。けど、綺麗な世界であることを願った。咲は私の答えを聞いてどう思ったのだろうか。本当のところはわからないが少なくとも彼女は笑ってくれた。

「そうだと良いよね。私はもう地獄行きが決まっちゃったんだろうな……」
 咲は軽い口調でこう言った。
「そんなことはないでしょ」
 思わず私は否定した。すると彼女は真剣な眼差しで私の目を覗いた。
「いや、むしろそうであってほしいの。私は」

 この時の私には理解できなかったが、咲のこの言葉が今でも私の心に残っている。彼女はわかっていたのかもしれない。この先自分が辿らねばならない道を。

 この時の私は彼女の言葉が理解しきれず、死後の世界の話から話題を逸らしてしまった。
「そういえば、昨日はどうしていつもよりもお金を持っていたの?」
「ああ、それは由香里にお見舞いを買おうと思ってさ。それで念のためいつもよりも多く持ってたの。まさかこんなことになるなんて思ってもなかったから、帰り道のお金がないけどね」

 私は笑った。私へのお見舞いを用意しようとしてくれたのが嬉しかった。
「ありがとう」
 私がこう言うと彼女もまた嬉しそうだった。

 それからも私たちは電車を乗り継いで移動を続けた。お金が持つ限りで移動を続けた末に九州の中に入ることができた。大きな街に着いた私たちは朝ご飯を食べることにした。駅の近くにあった適当なファストフードの店で朝ご飯を食べた。私たちは前日の夜から何も食べていなかった。食べ物のありがたみが身に染みた。

「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
 私たちは朝ご飯を食べ終えて店を出た。人通りを進んでいると誰かが落としたと思われる新聞が目に入った。私はそれを拾い上げた。一面には大きくこう書いてあった。
「少女の遺体発見」

 友美の亡骸が見つかってしまった。本文を流し見で読んでいくとこう書いてあった。
「……で見つかった遺体は一昨日から行方不明になっていた少女と断定」
「警察は事情を知っているとして同級生二人を捜索中」
 気づいたら咲も同じ物を見ていた。やはり警察は私たちを探しはじめた。私たちは道を急がなければならなかった。警察に見つかる前に孔雀座を見に行かねば。そう思った私たちは新聞を捨てて駅の方へと走り出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

七竈 ~ふたたび、春~

菱沼あゆ
ホラー
 変遷していく呪いに終わりのときは来るのだろうか――?  突然、英嗣の母親に、蔵を整理するから来いと呼び出されたり、相変わらず騒がしい毎日を送っていた七月だが。  ある日、若き市長の要請で、呪いの七竃が切り倒されることになる。  七竃が消えれば、呪いは消えるのか?  何故、急に七竃が切られることになったのか。  市長の意図を探ろうとする七月たちだが――。  学園ホラー&ミステリー

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...