【完結】髪は女の命と言いますが、それよりも大事なものがある〜年下天才魔法使いの愛には応えられません〜

大森 樹

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12 素直な気持ち

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「もう大丈夫です。放っておいても、そのうち治りますから」

「何を言っているんですか。消毒は終わりましたので、一日に二回このお薬を患部に塗ってくださいね」

「……」

 医務室に行くと、中からレオンさんと魔法省専属の医師の声が聞こえてきた。ベッドの上にいるレオンさんの声には覇気がなく、どこか諦めたような投げやりな感じだった。

「必ず塗らせますのでご安心くださいませ」

 そう言いながら、医務室に入ると医師は「あなたがいれば大丈夫そうですね。お任せましたよ」と言って私に塗り薬を渡して部屋を出て行った。

 彼と私の関係は魔法省にいる人なら、知らない人はいないだろう。だからこそ、任せて下さったのだ。

「レベッカ……さんっ!?」

 レオンさんは驚いた顔をした後、慌ててシーツをガバリとかけてすっぽりと姿を隠した。

 一瞬だけ見えた彼の顔はなかなかに酷い物だった。目の周りは青紫に変色しているし口元や頬も所々切れていた。相当派手な喧嘩だったことがわかる。

 だけど、お互い魔法を使っていなくて良かった。魔法を使っていればこんな怪我では済まない。しかも魔法使い同士の魔法を用いての喧嘩は、魔法省内で御法度だからレオンさんにも罰が下る可能性もあったのだ。

 私はベッド横の簡素な椅子に腰掛けた。未だに彼は包まったままだ。

「……私のことを庇って下さったそうですね。ありがとうございました」

「まさか聞いたんですか!?」

「ええ」

「……すみません。あなたにあんな暴言聞かれたくなかったのに。俺が派手に暴れたせいで、結局レベッカさんを傷付けてしまった」

 彼はシーツの中でもごもごと動きながら、謝っている。その声は哀しそうで弱々しい。

「俺は最低です」

 最低?一体どういうことだろうか?私が首を傾げていると、レオンさんはシーツから少しだけ顔を出した。

「レベッカさんを傷付けてしまったのに……それよりも喧嘩したことで、こうして久しぶりにあなたに逢えて話せていることの方が嬉しいと思っている自分がいます。だから最低です」

 チラリと見えた彼の頬は、真っ赤に染まっていた。

「……馬鹿ね。こんなに怪我しているのに」

「あなたと話せるなら安いものです。ちなみにあいつの暴言分俺もやり返して、ボッコボコにしてやりましたから」

 何の張り合いかわからないが、彼は得意げにそう言っている。

「そんなこと自慢しないでください。庇ってくださったことはお礼を言いますが、本来暴力での解決は褒められたものではありません」

 私は呆れたようにため息をついた。するとレオンさんは「ごめんなさい」とシーツの中にまた潜っていった。

「せっかくの綺麗な顔に傷が残ったらどうするのですか?」

「別に傷の一つや二つ構いません。男ですから」

「傷に男とか女とか関係ありません。私が……嫌なんです。私のために自分を大事にすると約束してください」

「え……?」

 部屋がシンと静まり返った。まるで世界の時が止まってしまったみたいに思える。

「そ……れ……は……」

「……」

「そ、そ、そんなこと言われたら俺、誤解しちゃいますよ!揶揄わないでくださいよ。そんなの……まるで……俺のこと好き…………みたいな言い方じゃないっすか」

 彼はグッとシーツを握りしめて、力なく俯いた。私は心を落ち着かせるために、ゆっくりと息を吸った。


「好きですよ」


 私の声だけが部屋に響いた。レオンさんは目を見開いて、口を開けたまま固まっている。私はドキドキと煩い心臓をきゅっと握りしめた。


「私はレオンさんが好きです。今まであなたの気持ちに真っ直ぐに向き合うのが怖くて……弱くてすみません」


 彼はいつも真っ直ぐ気持ちを伝えてくれた。だからこそ、私も素直に気持ちを伝えようと思ったのだ。


「……」



 あれ?なんの反応もない。これはどうしたらいいのだろうか。私は一気に不安になってきた。

「好きって俺の……ことですか?」

「ええ」

「レベッカさんは……俺を好きなんですか?」

 彼は信じられないというように、私を見つめながらそう呟いた。

「ええ」

「それは……男として?弟みたいな意味じゃないですよね?」

「ええ」

 その瞬間に彼に腕を引かれて、抱き締められた。あまりの力強さに私は息苦しくなる。

「本当の本当に……本当ですか?」

「はい」

「嘘だって言ってももう取り消せないですからね。もう……俺は絶対にレベッカさんを離しません」

 さらにぎゅうぎゅうと抱き締められた。私もそっと彼の背中に手を回す。

「俺はあなただけを一生愛します」

 レオンさんの声は震えていた。私の背中は彼の涙でびしゃびしゃに濡れている。

「嬉しくて……うっ……俺、今すぐに死んでもいいくらい幸せです。やばい……嬉しすぎて涙止まらない」

 私に抱きつきながら、グスグスと泣いているレオンさんが愛おしい。

「レオンさんは泣き虫ですね。それに今死んでしまっていいのですか?」

 私が揶揄うように笑うと、彼の涙はピタッと止まった。

「……」

「レオンさん?」

 なんか急に彼の反応がなくなってしまった。大丈夫だろうか。

「よく考えたら今死ぬなんてめちゃくちゃ勿体ないですよね。絶対に死ねません!レベッカさんとデートしたいし、ちゅーしながらイチャイチャしたいし愛し合いながら朝を迎えた……」

 私はギロリと睨んで、彼の口を手で塞いだ。全く何を言い出すのだ。

「へへ……レベッカさんの手柔らかくて気持ちいい」

 なんか聞いたことがある台詞だなと思っていると、レオンさんは私の手の平にちゅっとキスをした。

「ひゃあっ!」

 驚いて慌てて手を引くと「そんな嫌がらなくても」としゅんと拗ねていた。ドクドクと心臓の音が激しく音を立てている。そうか……付き合うってことはこういうことも普通にするってことなのよね。

「せ、せ、節度を持ったお付き合いをしていきましょう」

 私がこほんと咳払いをしてそう告げると、彼は嘆いていた。

「ええっ!そんな。せっかく両想いになれたのに!十歳から好きなんですよ?俺の溢れる愛を伝えさせてください」

「こ、困ります。私は恋愛に慣れていないので。ゆっくり関係を進めたい……です……お願いします」
 
 私は真っ赤になって小声でそう告げた。彼よりだいぶ年上なのに、恋愛に関しては全く駄目だ。

「レベッカさん……真っ赤。すごく可愛い」

「か、可愛いなんて冗談はやめてください。私は五つも年上ですよ」

「年なんて関係ないです。レベッカさんは俺にとってこの世で一番可愛いから」

 レオンさんはニッコリと嬉しそうに笑い、私の頬にちゅっとキスをした。

「……唇にもしてもいいですか?」

 彼は欲を持った瞳を、ギラッと光らせて真っ直ぐこちらを見つめてくる。

「怪我が治ったら許可します」

 そう言った私に、彼は八の字に眉を下げて困ったような顔をした。

「そんな……お預け辛いです。ちょっとだけでいいですから!」

「駄目です。キスにちょっとも何もないでしょう!だって私は生まれて初めてなのよ。だから……もう少し……心を落ち着かせる時間をください」

「初めて……初めてなんですか!?」

 レオンさんは大声を出して、驚きの声をあげた。私はその反応にムッと不機嫌になる。悪かったわね、二十歳にもなって口付けの一つや二つしていなくて。

「悪い?」

「だってレベッカさん、前に婚約者いたんですよね?」

 なるほど。婚約者がいるということはイチャイチャしていたと普通は思うのか。

「完全なる政略結婚のお見合いでしたから、お互い愛などありませんでした。彼は私を嫌っていましたし、キスどころかエスコート以外で手を繋いだことすらありませんわ」

「そんな……そんなことが……あるのか……」

 まさかレオンさんは私のことを恋愛に慣れていると思っていたのだろうか?まさか恋愛をリードしてくれる大人の女性が良かったとか?

「すげー……嬉しい」

「はい?」

「婚約者がいたならきっとキスは経験済みだろうなって勝手に思ってたんで。過去は過去だしそんなこと全然気にしないですけど、それでもやっぱり……俺とが全部初めてなんてやっぱりめちゃくちゃ嬉しいです!」

 彼はとても幸せそうに、蕩けるような笑顔でこちらを見つめてきた。

「俺、レベッカさんのこと大事にします。だから二人で急がずゆっくり進んでいきましょう。俺なんて誰とも付き合ったことないんで、わからないことだらけですから」

 へへっ、と少し照れ臭そうにはにかんで私の手をぎゅっと握ってくれた。

 。それを聞いて私はどうしてもの言葉が気になっていた。

「レオンさんはカトリーナ様とはお付き合いされていらっしゃらなかったの?」

「カトリーナと?そんなわけないじゃないですか」

 レオンさんは何言ってるのだ、という風に首を左右に振って不思議そうな顔をした。これが演技ならば大した物だ。私は核心に触れてみることにした。

「カトリーナ様のファーストキスはレオンさんだとお聞きしましたので」

 私がそう言った途端に、彼はゴッホゴホと盛大に咽せた。

 ――心当たりがあるようね。

 さらりと誤魔化せないレオンさんは、嘘がつけない性格らしい。素直な彼のことが好きだが、今回ばかりはその素直さに少し腹が立った。


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