幸せな存在 ~歩み寄る恋をしよう~

志生帆 海

文字の大きさ
899 / 1,865
小学生編

ハートフル クリスマス 6

しおりを挟む
「葉山くん、お疲れさま、この後一杯飲んでいかない?」
「すみません、先約があって」
「あら、彼女とデートなの? 野暮なお誘いしちゃったわね」
「すみません」
 
 帰り支度を整えていると職場の女性から声をかけられたので、いつものようにやんわりと断り、僕は駅に向かって一気に走り出した。
 
  1分1秒でも早く、会いたい人がいる。

 会いたい家族がいるから。

 クリスマスの外出帰りのせいか、普段より混んだ電車に揺られながら、ふと芽生くんと交わした言葉を思い出した。
 
『お兄ちゃん、電車のなかでも走ったら、もっとはやくつけるかなぁ?』
『そうだね。気持ち……早く着くかも?』

 気持ちだけでも早く着きたいよ。
 可愛い芽生くんに、早く会いたい。
 
 昨日はもう眠ってしまっていたし、今朝もまだ寝ていたので、今日はひと言も話せていない。

 もちろん宗吾さんにも、早く会いたいです。

 休日がクリスマス当日だったこともあり、お店には幸せなそうなカップルが沢山来店した。恋人に贈る真っ赤な薔薇を、少しだけ羨ましく思ったのを認めよう。
 
『僕にも大切な人がいる』と声を大にして、言いたくもなった。

 僕、もしかして我が儘になった? いや、自分の気持ちに正直に素直になったのかもしれない。

 最寄り駅からは、一度も立ち止まることなく走った。

 愛する人の元へ、まっしぐらに!

 走ると、疲れが身体から剥がれていくようで、爽快な気持ちになり、2日間の激務から解放された喜びと家族の元に戻れる喜びを、全身で感じていた。

 息を切らし玄関を開けると、僕の帰宅を待ち侘びてくれていたのか、二人に抱きつかれて更に喜びが弾けた。

 待っていてくれたんだ。

「ただいま」と言えば、「お帰り」と応じてくれる。ただそれだけの事が嬉しくて、ほっとして、また少し涙が浮かんでしまったんだ。

 僕は泣き虫になった。

 心を開けば、こんなにも日常は感動で溢れている。

 キラキラと輝いている。

 それは宗吾さんと芽生くんが、僕の心に優しく触れてくれるから。

 心まで暖めてくれるから。

 湯船に浸かりながら目を閉じて、今日1日を振り返った。

「おーい、みーずき、そろそろ上がらないと逆上せちゃうぞ」
「は、はい! 今上がります」

 さっき僕にクリームを塗ってくれると、芽生くんが言ってくれた。それは嬉しいが、少し心配だ。彼の手は大きくて暖かいから、変な意味で気持ち良くなってしまいそうだ。

 特にこんな日は、人肌恋しい日は駄目だ。

「お、お待たせしました」

 僕はパジャマを着ずに、薄手のバスローブと下着姿でリビングに戻った。

 この薄手のバスローブは宗吾さんがボーナスで買ってくれたもので、この方が全身にクリームを塗りやすいと思ったので着てみた。

「お、似合うな! そんで、やる気満々だな」
「やる気って……えっと……芽生くんはどこですか」
「寝ちゃったよ」
「えぇ? そうなんですか」
「だが今日は少しでも会えて良かったな」
「それはそうですが、芽生くんにクリームを塗ってもらおうと思って、この格好なんですよ」

 決して宗吾さんのマッサージを受けたいからではないですよとアピールしたつもりなのに、そのまま宗吾さんに手を引かれ、寝室に連れて行かれてしまった。

「この部屋、暖房が効き過ぎじゃ?」
「マッサージの間は動かないから寒いだろう」
「それに、いつの間にマットまで」
「マッサージしてやりたかったんだ」

 宗吾さんが少しも悪びれずワクワクと目を輝かせているので、観念して床のマットの上に横になった。

「クリームを塗るだけですよ」
「マッサージは?」
「いりません」
「どうして?
「意地悪ですね」

 バスローブの腰紐を外して仰向けになると、何やら不穏な気配を感じた。

 モコモコ蠢くのは…‼︎

「あっ、ベッドの下!」
「わぁぁ~ 見るな」
「そうだ、結局掃除をしてなかったです。くしゅん――」
「この場所は駄目だな。ベッドに移動だ」
「あっ」

 あっという間に横抱きされて、ベッドの上にポンっと置かれた。

「宗吾さんはもう……っ」

 憎めない人だ。

 それにさっきからこの部屋には、芳しい香りが漂っている。

「花の匂いがしますね、薔薇の香りですね
「流石だな、気付いたか」

 宗吾さんがクローゼットに隠していたのは、真っ赤な薔薇だった。

「瑞樹、愛してる」

 ストレートな言葉と共に、大きな薔薇の花束を渡されてびっくりした。



「こ、これって」
「今日は買いに行く暇がないのが分かっていたから、事前に加々美花壇に特別注文しておいた。俺からのクリスマスプレゼントだ」
「し、知りませんでした」
「内緒で菅野くんに聞いてあれこれ教えてもらったんだよ、君が好むものをさ」

 薔薇のアレンジメントを手にとってすぐに分かった。

「こ、これって……僕が作ったもの?」
「そうだよ。君はこれを昨日の午前中に菅野くんに頼まれて作っただろう」
「なんで?」
「いつも人のためにブーケを作る君に、自分のために作って欲しかったのさ」
「驚きました。こんな仕掛け」

 昨日、菅野は午前中は元気だった。急に作業場に呼ばれて、大切な人に贈るアレンジメントだから気合いを入れて作ってくれと言われたんだ。

 どんなのが好みだと聞いたら、僕が好きなものが好みだと意味不明のことを言われた。

「驚きました、こんなサプライズ……僕が僕のために花束を?」
「そんなこと、したことないだろう?」
「はい」
「この1年、君は頑張った。自分にご褒美も時には大切だぞ。瑞樹、君は自分に厳しい男だ。クリスマスくらい、甘やかしてやれよ」

 宗吾さんはすごい。
 やっぱり斜め上を行く人だ。

「宗吾さん、すごく嬉しいです。僕に花束を贈ってくれてありがとうございます。こんなサプライズ、知らない、知らないです!」
「よしよし、喜んでくれて嬉しいぞ。あぁやっぱり手が荒れてしまったな」

 優しく指先にクリームを塗ってもらった。

 薔薇の香りにすずらんの香りが混ざり、グッと官能的な匂いに変わった。

「この香り……」
「あぁ、薔薇と交じると、求めたくなるな」
「はい……」
 
  僕のバスローブは開かれ、クリームを纏った彼の指が辿っていく。

「今から、瑞樹という男を抱く」
「今日の宗吾さん……なんだか……」
「ん?」
「かっこいいです」
「おいおい、いつもはヘンタイだと?」
「だって今日は練乳じゃなくて、芳しい花の香りクリームだから」
「練乳! それも用意しているぞ」
「わー 思い出さないで下さいよ」

 かさついた手、立ちっぱなしで疲れた足を、宗吾さんに手当してもらう。暖めてもらう。

 口づけから始まる恋を、今日もしよう。

 深く絡め合う身体は、白いシーツを今日も乱す。

 
  
しおりを挟む
感想 85

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

この冬を超えたら恋でいい

天気
BL
夜の街で、凪は人生の底にいた。 古いアパートに帰る途中、父の残した借金の取り立てに絡まれ、逃げ場を失う。 そこに現れたのは、大手企業の社長・鷹宮だった。 偶然の救い。年齢も立場も違う二人は、その夜を境に交わることになる。 事情を多く語らない凪は、不幸が当たり前のように身にまとい、誰かに頼ることを知らない。 一方の鷹宮は、完璧な成功者として生きてきた男だった。 危険から守るため、鷹宮は凪を一時的に自宅へ迎え入れる。 冬の同居生活の中で、凪は少しずつ日常を取り戻していく。 大学へ通い、温かい食事をし、夜を一人で怯えずに眠る。 しかし、守られることに慣れない凪は、距離が近づくほどに自分から一歩引いてしまう。 それは、失うことを恐れる、健気で不器用な選択だった。 一方、鷹宮は気づいてしまう。 凪が笑うだけで、胸が満たされることに。 そんな自分の感情から凪を守るつもりで引いた距離が、 凪を遠ざけてしまう。 近づきたい。 けれど、踏み込めば壊してしまうかもしれない。 互いを思うほど、すれ違いは深くなる。 2人はこの冬を越えることができるのかーー

勘違いへたれアルファと一途つよかわオメガ──ずっと好きだったのは、自分だけだと思ってた

星群ネオン
BL
幼い頃に結婚の約束をした──成長とともにだんだん疎遠になったアルファとオメガのお話。 美しい池のほとりで出会ったアルファとオメガはその後…。 強くてへたれなアルファと、可愛くて一途なオメガ。 ありがちなオメガバース設定です。Rシーンはありません。 実のところ勘違いなのは二人共とも言えます。 α視点を2話、Ω視点を2話の後、その後を2話の全6話完結。 勘違いへたれアルファ 新井裕吾(あらい・ゆうご) 23歳 一途つよかわオメガ 御門翠(みがと・すい) 23歳 アルファポリス初投稿です。 ※本作は作者の別作品「きらきらオメガは子種が欲しい!~」や「一生分の恋のあと~」と同じ世界、共通の人物が登場します。 それぞれ独立した作品なので、他の作品を未読でも問題なくお読みいただけます。

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

処理中です...