幸せな存在 ~歩み寄る恋をしよう~

志生帆 海

文字の大きさ
1,268 / 1,865
小学生編

新春 Blanket of snow 21

しおりを挟む
 瑞樹達と入れ替わりで、兄さんと台所に立った。

「宗吾は野菜を切ってくれ」
「いいぜ」

 昔だったら投げ出して逃げ出すシーンだが、今の俺は違う。

 芽生と二人になって一から始めた料理だが、苦にならない。

 最初は手を切ったり、火傷をしたりと大変だったよな。だが場数を踏めば踏むほど、上達して面白くなってきた。そして瑞樹と出会い、彼の胃袋を満たしてやりたくて、更に腕を振るうようになったのさ。

 だから野菜を切る作業なんて、今では余裕だ。

 鼻歌交じりにトントンとリズミカルに白菜やネギを切っていると、手元に強い視線を感じた。兄さんがじっと見ている。

「なぁ、兄さんはやらないのか」
「随分、手際がいいんだな」
「まぁな、シングルファザーの努力の結晶さ」
「そうか……お前もかなり努力したんだな」
「……そうだな。まぁ、いろいろ洗礼を浴びたよ」

 俺は次男坊にありがちな性格で自由奔放で要領も良かったので、あまり失敗することもなく、何事もそつなくこなして生きて来た。だから突然離婚を突きつけられたのは青天の霹靂だった。

「当時は、本当に大変だったな」

 以前だったら絶対に兄とこんな会話はしなかった。

 いつからだろう? お互いに弱味を見せるものかと意地を張りだしたのは。

 離婚当時を思い出すと、今でも胸が痛い。

「なぁ宗吾……当時の苦しみ……兄さんには話してもいいんだぞ」
「えっ」
「今なら誰もいない。私とお前だけだ」

 ちらりと振り返ると、瑞樹は芽生を抱っこして窓の外を見ていた。母さんたちはコタツで団欒していて、誰も俺を見ていない。

「……兄さん……少しだけ聞いてくれ」
「あぁ、話してスッキリしろ」
 

 ……

 芽生を幼稚園に送った後、玲子と激しい口論になった。

 彼女は感情を爆発させて、いきなり寝室のクローゼットからスーツケースを引っ張り出したかと思うと、そのまま出て行ってしまった。

 おそらく以前から少しずつ準備していたのだろう。

 あまりに呆気なく、あまりに完璧に消えてしまったので、唖然とした。

 その日は呆然として会社を休んでしまった。

 この俺が……捨てられた? 

 子供を置いて行くなんて、あり得ない。

 いや、芽生は俺の大切な子供だ。

 俺が育てる! 

 そう誓ったのだ。

 幼稚園に迎えに行くと、芽生が驚いていた。

「ママ、びょうきなの?」
「……ママは……もういないよ」
「え?」
  
 家に帰るなり「ママー、ママー」と泣きながら部屋中のドアを開ける芽生を、必死に宥めた。

「芽生、芽生、元気だせよ」
「どうして……ママ、いないの?」
「……ごめんな、もう帰って来ないよ」
「えっ……」

 今考えると、事実をありのまま3歳の芽生に突きつけるなんて、酷なことをした。

 そこからが大変だった。

 玲子に子育ては任せっきりだったので、どう接していいのか勝手が全く分からなかった。頭の中が今この現状をどうすべきか。これからどうやってこの子と生活していくかで一杯だった。

「男だ! もう泣き止め」

 何度も言いそうになったが、ぐっと堪えた。

 それだけは言ってはならないと思った。

 とにかく記憶を頼りに、玲子がしていたことをした。

 何もかも失敗だらけだった。

 こんなに1日中失敗に塗れることは経験はなかったので、失笑した。

 泣き疲れた芽生を抱っこしながら……

「あー格好悪いな、俺」と天を仰いだ。

 その時初めて涙が目尻に浮かんだ。

 ……

「宗吾、辛かったな。私は……恥ずかしながら……以前は……大した努力もせずに成功していくお前が羨ましかったんだ。いつでもお前は人気者で、自由で眩しかったんだ。私が真面目であればあるほど、宗吾はあっけらかんとして拍子抜けもして……でも、違ったんだな」
「兄さん……」

 兄さんが眼鏡の縁を何度か指先で弄っている。 

 これは、兄が心を落ち着かせるための癖だ。

「……私も反省点ばかりだよ。失敗は宗吾だけではないさ。私も数年前まで、美智と仮面夫婦状態になっていた。彼女の心に寄り添わず、突き放してばかりで……だが……」

 そこで二人の声が揃う。

「瑞樹と出逢って、変われたんだ」
「瑞樹くんと出逢って、目が覚めたよ」

 俺たちは大きく頷き合う。

「兄さん、やっと気が合ったな」
「あぁ」

 本当にそうだ。瑞樹と知り合って、瑞樹を愛して、瑞樹と過ごすようになってから、俺は変われた。

 繊細で控えめな瑞樹の心を思いやることで、人として優しくなれ、相手を大切にすることを学んだ。

「瑞樹くんには初対面の時、本当に酷いことをした。今でも思い出すと恥ずかしいよ」
「兄さん……瑞樹はもうとっくに許し忘れていますよ。瑞樹は兄さんが大好きですよ。彼は人を愛することが好きな人間なんです。生きていてくれることが大切なんです」
「あぁ……分かる。彼といると心が浄化される。凝り固まった考えを、どんどん剥がしてもらえるんだ」

 兄さんが瑞樹を手放して誉めてくれるのが、本当に嬉しかった。

 そんな兄さんが、好きだと思った。

 あれ? この感情は初めてではないような。

 小さな頃は、5歳年上の兄の行動に、純粋に感動し感激していた。

「兄さん、すごい‼ すごい‼」と目を輝かせて拍手していた。

「兄さん、瑞樹のこと、そんなに誉めてくれて……ありがとう。男同士とかそういう垣根を越えてくれて、ありがとう」
「離婚は辛かったが……その……瑞樹くんと巡り逢えてよかったな。私たち夫婦にとっても朗報だ。彼がいなかったら……美智と私も駄目になっていたかもしれない。そうしたら……彩芽にも会えなかった」

 再び兄さんが肩を抱いてくれる。

 5歳年上の兄が……俺は好きだ。

 心の底から湧いてくる想いだ。


「宗吾、憲吾、そろそろ夕食にしましょう!」

 いいタイミングで母さんから、声がかかった。

 よし、気分を切り替えていくぞ!

「母さん、すき焼きの割り下って、どこ?」
「何言ってるの、自分で調合するのよ。うちはいつもそうだったでしょう?」

 すき焼きなんて滅多にしないが、いつも市販品のたれを使うので驚いた。

 大学入学で実家を飛び出し、中高は部活に遊びにと飛び回っていて、家族団等の記憶があまりないことに、はたと気が付いた。

 勿体ないことをしたな。

 父さんとも触れ合うチャンス逃しちまったな。

「宗吾……割り下の配合は、酒200ml・みりん200ml・醤油200ml・ざらめ60gだ」
「流石兄さん、バッチリ暗記しているんだな」
「……だがこれはおおよその目安で、あとは様子を見ながら足せばいい」
「……そうか! 肉の減り具合、野菜の水分量でも違ってくるよな」
「そういうことだ。ケースバイケースで行こう!」

 兄さんらしくない一言に心が躍った。

 俺も変わったが、兄も変わった。

 お互いに少し歩み寄ると、世界の色が少し変わって見えた。

しおりを挟む
感想 85

あなたにおすすめの小説

この冬を超えたら恋でいい

天気
BL
夜の街で、凪は人生の底にいた。 古いアパートに帰る途中、父の残した借金の取り立てに絡まれ、逃げ場を失う。 そこに現れたのは、大手企業の社長・鷹宮だった。 偶然の救い。年齢も立場も違う二人は、その夜を境に交わることになる。 事情を多く語らない凪は、不幸が当たり前のように身にまとい、誰かに頼ることを知らない。 一方の鷹宮は、完璧な成功者として生きてきた男だった。 危険から守るため、鷹宮は凪を一時的に自宅へ迎え入れる。 冬の同居生活の中で、凪は少しずつ日常を取り戻していく。 大学へ通い、温かい食事をし、夜を一人で怯えずに眠る。 しかし、守られることに慣れない凪は、距離が近づくほどに自分から一歩引いてしまう。 それは、失うことを恐れる、健気で不器用な選択だった。 一方、鷹宮は気づいてしまう。 凪が笑うだけで、胸が満たされることに。 そんな自分の感情から凪を守るつもりで引いた距離が、 凪を遠ざけてしまう。 近づきたい。 けれど、踏み込めば壊してしまうかもしれない。 互いを思うほど、すれ違いは深くなる。 2人はこの冬を越えることができるのかーー

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

【完結】番になれなくても

加賀ユカリ
BL
アルファに溺愛されるベータの話。 新木貴斗と天橋和樹は中学時代からの友人である。高校生となりアルファである貴斗とベータである和樹は、それぞれ別のクラスになったが、交流は続いていた。 和樹はこれまで貴斗から何度も告白されてきたが、その度に「自分はふさわしくない」と断ってきた。それでも貴斗からのアプローチは止まらなかった。 和樹が自分の気持ちに向き合おうとした時、二人の前に貴斗の運命の番が現れた── 新木貴斗(あらき たかと):アルファ。高校2年 天橋和樹(あまはし かずき):ベータ。高校2年 ・オメガバースの独自設定があります ・ビッチング(ベータ→オメガ)はありません ・最終話まで執筆済みです(全12話) ・19時更新 ※なろう、カクヨムにも掲載しています。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

君の想い

すずかけあおい
BL
インターホンを押すと、幼馴染が複雑そうな表情で出てくる。 俺の「泊めて?」の言葉はもうわかっているんだろう。 今夜、俺が恋人と同棲中の部屋には、恋人の彼女が来ている。 〔攻め〕芳貴(よしき)24歳、燈路の幼馴染。 〔受け〕燈路(ひろ)24歳、苗字は小嶋(こじま)

処理中です...