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本編
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私、ユーファミア・リブレは、リブレ子爵家の長女として生まれた。領地のリブレ領はここ、王都よりもはるか東、馬車で1週間はかかる距離にある。農業と林業が主産業で、特に領地の山で長い年月をかけて育つ材木は建設や家具に重宝され、我が家の財政を潤してくれる輸出品だった。
牧歌的な田舎で生まれ育った私が、17歳の今なぜ王都の、それも国王陛下はじめ王族の方々が暮らす王宮にいるのかを話せば、とても長い話になる。
私の両親は子爵家当主夫妻と言いながらもとても庶民的で、父は領民たちと一緒に働いていたし、母は台所にも立っていた。貴族である2人は領民たちよりも魔力が高いため、重たい材木を運んだりするときには父の風魔法が大いに役立っていたし、台所で火を興すにも母の火魔法が欠かせなかった。
そんな一般的な貴族の2人の間に生まれた私には、なぜか魔力がなかった。生まれて3ヶ月後に教会で魔力を測るのがこの世界の慣しなのだが、柔らかなおくるみにくるまれた私の手のひらが触れた魔力測定装置の針は、1ミリも動かなかったそうだ。
こうなれば何が起きるのかというと、まず母親の浮気が疑われる。貴族よりも魔力が低い平民と交わったからだと揶揄する声もあったようだ。だが母を溺愛していた父は微塵もそんな思いを抱くことなく、やがて顔がそれなりに整ってきた私の風貌が明らかに父親似だったこともあって、この出来事は「両親の高めの魔力が衝突しあった結果、極めて稀に生まれる魔力なし子」という教会の神父様から教えられた伝承のひとつとして受け入れられた。
この世界の住民であれば貴族でも平民でも、大なり小なり持っているはずの魔力。しかも結婚の際に相手の魔力量が吟味される貴族の世界で、魔力なしとして生まれた私は、周囲に大変憐れまれることになった。母などは私の将来を憂いて泣き崩れる日もあったという。魔力がなければ、魔力があること前提での教育が為される王立学院にも通えない。学院に通えないということは貴族同士の付き合いに参加できないということだ。そしてそれは当然将来や結婚にも影響を及ぼす。もし私が男なら、魔力なしながらも家督を継がせて嫁を迎えるといった手段を取ることもできたかもしれないが、残念ながらこの国では女性は爵位を継げない。
このような状況で両親が出した結論は、頑張って働いて領の財政を潤し、私の面倒を一生みようというものだった。6つ下に弟のクラウディオが生まれてからも、「ユーファ姉様はずっとこのおうちにいるんだよ」と刷り込み教育を始めた。当時6歳だった私は家族のことが大好きだったので、自分がこの家に一生いるのは当然のことと思い、両親のその教育方針に微塵の疑問を抱くこともなく、むしろ自らそれを誇示するという、なんとも残念な子どもとして成長していった。
そんな両親の教育もあってか、こちらは両親並の魔力を持ち合わせたクラウディオはすっかり私に懐き、魔力のない私でも使える道具で部屋が満たされ、一見穏やかな生活が続いたわけだが、さすがに10歳を過ぎる頃になると、自分が貴族としてリブレ家の一員として、役立たずのお荷物的な存在であることに気づくようになった。私への憐れみや非難は主に口さがない親戚たちからもたらされた。一番強烈だったのは「やれやれ、あんな厄介者の姉がいる家になぞ、誰が嫁にきてくれるっていうんだ。クラウディオも子爵家後継ぎとはいえ苦労するな」「本当に。行かず後家の小姑の面倒を一生みなきゃならないなんて、かわいそうにね」というものだった。父方の叔父夫婦が呟いたその言葉は、自分たちが爵位を継げなかったやっかみが多分に含まれていたことは否めない。けれどその言葉は、それまで家の中心で大事にされていた私の心を抉り、自分の立ち位置をひっくり返すほどの衝撃だった。
事実を知った私は、それから家の手伝いに熱心になった。それまでは面倒だと逃げていた家事も率先してやるようになったし、自分の身支度をメイドに手伝わせていたのもやめて1人でできるようにした。今まで以上に弟の面倒を見るようになったし、忙しく立ち回る父の手助けになればと、領民たちとも積極的に交流して彼らの意見を聞くようになった。そして時間があけば教会に出向いて神父様に教えを乞うた。神父様は見込みのある子どもには学問を教えてくれる優しい人で、貴族でありながら魔力なしに生まれてきた私のことを殊更憐れに思ってか、私物の書物を自由に見る権利まで与えてくれた。リブレ領のような田舎では書物は滅多に手に入らない。神父様の本もそれほど数があるわけではなかったが、魔法や神学、歴史について多少は齧ることができた。
自分が世界の中心にいると思っていた私は、知識を身につけることで大いに変わった。私は貴族の末端でしかなく、また人としても大いに欠けた存在なのだと。魔力が少ないながらも日々の糧のために身を粉にして働く平民たちの方が、よほど世の中の役にたっているのだと。
そう気づいて暮らすうちに2年が過ぎた。そして大きな嵐がリブレ領を襲った。
牧歌的な田舎で生まれ育った私が、17歳の今なぜ王都の、それも国王陛下はじめ王族の方々が暮らす王宮にいるのかを話せば、とても長い話になる。
私の両親は子爵家当主夫妻と言いながらもとても庶民的で、父は領民たちと一緒に働いていたし、母は台所にも立っていた。貴族である2人は領民たちよりも魔力が高いため、重たい材木を運んだりするときには父の風魔法が大いに役立っていたし、台所で火を興すにも母の火魔法が欠かせなかった。
そんな一般的な貴族の2人の間に生まれた私には、なぜか魔力がなかった。生まれて3ヶ月後に教会で魔力を測るのがこの世界の慣しなのだが、柔らかなおくるみにくるまれた私の手のひらが触れた魔力測定装置の針は、1ミリも動かなかったそうだ。
こうなれば何が起きるのかというと、まず母親の浮気が疑われる。貴族よりも魔力が低い平民と交わったからだと揶揄する声もあったようだ。だが母を溺愛していた父は微塵もそんな思いを抱くことなく、やがて顔がそれなりに整ってきた私の風貌が明らかに父親似だったこともあって、この出来事は「両親の高めの魔力が衝突しあった結果、極めて稀に生まれる魔力なし子」という教会の神父様から教えられた伝承のひとつとして受け入れられた。
この世界の住民であれば貴族でも平民でも、大なり小なり持っているはずの魔力。しかも結婚の際に相手の魔力量が吟味される貴族の世界で、魔力なしとして生まれた私は、周囲に大変憐れまれることになった。母などは私の将来を憂いて泣き崩れる日もあったという。魔力がなければ、魔力があること前提での教育が為される王立学院にも通えない。学院に通えないということは貴族同士の付き合いに参加できないということだ。そしてそれは当然将来や結婚にも影響を及ぼす。もし私が男なら、魔力なしながらも家督を継がせて嫁を迎えるといった手段を取ることもできたかもしれないが、残念ながらこの国では女性は爵位を継げない。
このような状況で両親が出した結論は、頑張って働いて領の財政を潤し、私の面倒を一生みようというものだった。6つ下に弟のクラウディオが生まれてからも、「ユーファ姉様はずっとこのおうちにいるんだよ」と刷り込み教育を始めた。当時6歳だった私は家族のことが大好きだったので、自分がこの家に一生いるのは当然のことと思い、両親のその教育方針に微塵の疑問を抱くこともなく、むしろ自らそれを誇示するという、なんとも残念な子どもとして成長していった。
そんな両親の教育もあってか、こちらは両親並の魔力を持ち合わせたクラウディオはすっかり私に懐き、魔力のない私でも使える道具で部屋が満たされ、一見穏やかな生活が続いたわけだが、さすがに10歳を過ぎる頃になると、自分が貴族としてリブレ家の一員として、役立たずのお荷物的な存在であることに気づくようになった。私への憐れみや非難は主に口さがない親戚たちからもたらされた。一番強烈だったのは「やれやれ、あんな厄介者の姉がいる家になぞ、誰が嫁にきてくれるっていうんだ。クラウディオも子爵家後継ぎとはいえ苦労するな」「本当に。行かず後家の小姑の面倒を一生みなきゃならないなんて、かわいそうにね」というものだった。父方の叔父夫婦が呟いたその言葉は、自分たちが爵位を継げなかったやっかみが多分に含まれていたことは否めない。けれどその言葉は、それまで家の中心で大事にされていた私の心を抉り、自分の立ち位置をひっくり返すほどの衝撃だった。
事実を知った私は、それから家の手伝いに熱心になった。それまでは面倒だと逃げていた家事も率先してやるようになったし、自分の身支度をメイドに手伝わせていたのもやめて1人でできるようにした。今まで以上に弟の面倒を見るようになったし、忙しく立ち回る父の手助けになればと、領民たちとも積極的に交流して彼らの意見を聞くようになった。そして時間があけば教会に出向いて神父様に教えを乞うた。神父様は見込みのある子どもには学問を教えてくれる優しい人で、貴族でありながら魔力なしに生まれてきた私のことを殊更憐れに思ってか、私物の書物を自由に見る権利まで与えてくれた。リブレ領のような田舎では書物は滅多に手に入らない。神父様の本もそれほど数があるわけではなかったが、魔法や神学、歴史について多少は齧ることができた。
自分が世界の中心にいると思っていた私は、知識を身につけることで大いに変わった。私は貴族の末端でしかなく、また人としても大いに欠けた存在なのだと。魔力が少ないながらも日々の糧のために身を粉にして働く平民たちの方が、よほど世の中の役にたっているのだと。
そう気づいて暮らすうちに2年が過ぎた。そして大きな嵐がリブレ領を襲った。
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