【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@コミカライズ決定

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 混み合う正門を避けて裏門を選んだが、こちらも既に多くの馬車が押し寄せていた。逆方向へ向かう馬車は少なく、なんとか王都の通りへと出る。そのまま一刻ほど揺られた後、王都の外れと思われる場所で御者に馬車を降りるよう指示された。

 白々と明ける空の元、私を待っていたのは一台の地味な馬車と身なりの整った女性だった。聞けば魔道士だと言う。マクレガー家ともなればお抱えの魔道士がいてもおかしくはない。ただ、彼らは使用人というよりも客人に近い扱いをされるほどの位置付けだ。私なんかのために魔道士が迎えにきてくれたのが驚きだった。馬車での長旅は必ずしも安全とは言い難い。しかし魔道士が防御魔法をかけてくれれば、安全度は飛躍的に上昇する。きっとメラニア様のお気遣いだろうと思いつき、姿だけでなく心根まで美しいだなんて、本当に出来たお方だとため息が出た。私の薄暗い心根が醜いのと対照的だ。

 魔道士は外から防御魔法をかけた後、私の正面席に乗り込んできた。すぐに馬車は走り出し、昨晩一睡もできていなかった私はいつの間にか眠りに落ちていた。










 女性魔道士の呼びかけで私は目を覚ました。気づけばすっかり日は上って、窓からさわやかな風が吹き付けてくる。

 昼食の時間をとっくに過ぎていたようで、次の街でしばしの休憩をとるとのことだった。今夜の滞在予定先までまだ距離があるらしく、30分ほどしか休憩がとれないことを謝罪された。むしろ私などのために護衛付きの旅程を組んでいただけたことに感謝しきりだ。

 スケジュール通りの休憩を挟んですぐに出発する。すでに王都からは離れており、まっすぐマクレガー領を目指しているのかと思いきや、一旦マクレガー家の親戚筋にもあたる、別領にある別荘に滞在するとのことだった。

「リブレ子爵令嬢は王都の外に出られたご経験が数えるほどしかないと伺っております。この機会に別の土地を案内してさしあげるようにと、主からのお達しです」
「まぁそんな……私はただの使用人としてマクレガー領に参りますのに」

 光栄なお申し出ではあるがいささか身に余る待遇だ。けれど固辞しようにも、すでに旅程は立てられている。それらを反故にするわけにもいかず、私は大人しく馬車に運ばれることにした。

 そうして夜遅くに到着したのは、こじんまりとした屋敷だった。

 マクレガー家の別荘にしてはやや地味な印象を受けるその建物は、月明かりの中にぼんやりと浮かんでいた。背後には深い森が広がり、どこからともなくフクロウと思しき声が聞こえる。

 私が屋敷に入るやいなや、魔道士がまた屋敷全体に防御魔法をかけた。どんなに優秀な魔道士とはいえ、家全体に魔法をかけるのは簡単なことではない。馬車1台にかけるよりも家全体にかける方がずっと労力を使う。屋敷に戻ってきた彼女の顔色はかなり悪く疲労困憊していた。マクレガー家の持ち物としては小さいと感じたこの家だが、魔道士の力を考えればこの大きさがぎりぎりだったのだろう。

 だがそんなことよりも、私なんかのためにそれだけの力を使わせてしまったことが申し訳なかった。屋敷の使用人は老夫婦のみで、足元もおぼつかない彼女をベッドに運ぶのも一苦労のようだった。私は手伝いを申し出て、老夫婦と一緒に魔道士の彼女を部屋へと連れて行き、旅装をといてやった。部屋まで食事を運ぶ私を見て彼女は驚き固辞しようとしたが、私はそれらを制し、ねぎらいつつ、ゆっくり休むよう声をかけた。

 看病をした後、私も用意してもらった部屋へとさがる。防犯のために窓は開けないでほしいと老夫婦に注意されていたので、それに従いつつ、ついいつもの癖でトランクから取り出した詰襟のワンピースに着替えた。

 時計は12時を回ろうとしていた。今頃殿下のお誕生日を祝うパーティはお開きを迎えている頃だろうか。

 殿下はとっくに学院の卒業認定資格を得ていらっしゃるが、正式な卒業は今月末。その後、時間をおかずにメラニア様との婚約発表がなされると聞いている。私という邪魔者を側におかなくてもよくなった今、早々にメラニア様をお側に呼び寄せるかもしれない。私が約6年を過ごした王太子宮の続き部屋はすぐに改修され、メラニア様好みの豪奢な内装に置き換わるのだろう。落ち着いた淡いグリーンの壁紙と、クロシェ柄のレースカーテンも、きっと取り払われてしまう。家具もすべて一新されて、本来の王太子妃のための美しい部屋がメラニア様を迎える。

 私の居場所はもう、あそこにはない。何一つ残さず、立ち去ってきた。いや、唯一残したものがカイエン様に預けた殿下への手紙だ。カイエン様は渡してくださるだろうか。たとえ一度目を通してそのまま捨てられる運命なのだとしても、私のぎりぎりの思いを伝えられてよかった。

 私の思いは私の中だけに。今までも、これからも。

 6年ぶりに王都を離れた私の夜はこうして更けていった。






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