【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@コミカライズ決定

文字の大きさ
54 / 106
本編

54

しおりを挟む
  応接室に移った私たちは向かい合ったまま、長い話が始まった。

「そもそもおまえは、私の誕生日のその日、王都内のとある邸宅に移り住むことになっていたんだ。その邸宅は王家が借り上げたもので、そこでしばらく過ごす予定になっていた。だから私の誕生日の祝いがなされている間に、おまえはそちらに引っ越しているものと思い込んでいた。まさか王都から出ているとも知らずにな」

 事態が発覚したのは翌日の昼。殿下が突然その邸宅を訪れたのがきっかけだ。そこで彼は私の不在どころか、そもそも到着していなかったことを知った。屋敷の使用人たちは「引っ越しの予定が延期になった」という知らせを受け取ったと証言した。王宮からもたらされる伝令は誰から届いたものかきちんと記録される。受け取る側もそれが本当に従うべき命令かを精査しなければならない。

「その伝令の送り主がカイエンだった」

 殿下の腹心として彼を支える立場の者からの伝令であれば、使用人たちが疑いもせず従うのは当たり前。その時点で、私の不在は誰に不審がられることもなく見過ごされた。翌日殿下が思い立って訪ねなければ、もっと長く知られることはなかっただろう。

「急ぎおまえの行方を追うための指令を出そうと思った。だが、それを止めたのがカイエンとマクレガー侯爵令嬢だ。私は2人から、ユーファミアが自分の意思で王宮を出て行く決意を示したと聞かされた」

 カイエン様はともかくとして、メラニア様は普段王宮にはいない。それがその日はお父上である宰相閣下の忘れ物を届けるという名目で本宮の方にいた。カイエン様が彼女を呼び出し、そして2人が私の希望を叶えるために私の逃亡に手を貸したと証言したらしい。

「そんな……私は確かにマクレガー家と契約はしましたが、逃亡だなんて」

 ますます青ざめる私に、殿下は「わかっている」と頷き返した。

「私も初め信じることができなかった。おまえが私に無断で私の傍を離れるなど……ずっと離れたがっていたなどと、到底信じることができなかった。だがおまえが書いた別れの手紙を見せられて……おまえの本心は、やはりここを離れることを希望していたのか、と」
「別れの、手紙?」

 なんのことかと首を傾げると、殿下は胸元から便箋を取り出した。開かれたそれを目にして「あっ」と声を漏らす。

「確かに、これは私が書いたものです」

 それは殿下と最後の晩餐を終えた日、部屋に戻る直前カイエン様から声をかけられ、書いてもよいと言われたあの手紙だった。だが成人を迎えられ、メラニア様と婚約も間近の殿下を煩わせないよう、当たり障りのない言葉を綴った。確かにこの文面なら別れの挨拶に見える。というより、別れの挨拶として書いたのだがら間違いない。でもこれは、そうした事情下においてしたためたものだから、致し方ない。

「この手紙を見せられ、2人がおまえから今後の進路について相談を受けていたと聞かされた。ユーファミアの希望は王宮を辞し、自活することだと。王家の用意した道ではなく自分の力で生きていきたいと職を求めていたところに、別邸に移される話を耳にして、これ以上束縛されたくない、一刻も早く新しい職場に行きたいと願ったため、王家との契約がきれたその日に王宮を出る手助けをしてやったのだと言われたよ。私にその事実を伝えれば引き止められて面倒なことになるから言わないでほしいと念を押されたとまで」
「そんな……そんな事実はありません!」

 私は震えながら首を強く振った。あれだけお世話になった殿下に何も言わぬまま飛び出すなど、失礼にも程がある。私は無能な人間だが、最低限の礼儀くらいは身につけているつもりだ。それに、別邸に移される予定だったという話も初耳だった。もしそう命令されればマクレガー家の契約など受けず、素直に従っていただろう。

 私の必死の訂正に、殿下は小さく息を吐いた。

「では、あの2人が言っていたことは嘘だったと思っていいんだな? おまえが……私の束縛を嫌がって新しい世界を望んでいたというのは」
「そんなことは絶対にありません。できることならここにずっといたいと……!」

 言いかけた口をはっと閉じる。殿下の傍にいたいのは本当だった。けれど殿下とメラニア様の仲睦まじい姿を見続けるのは辛いと、そう思って逃げ出す決意をしたのではなかったか。

 落ち着かない自分の心にいろんなものが揺らいでいく。縋るものが欲しくてーーーつい殿下を見上げてしまった。

 私の視線の先で、殿下は泣きそうな表情をしていた。そんな表情のまま、小さく「よかった」と漏らした。

「私はおまえに嫌われていたのかと……」
「―――!!」

 今度は反射的に首を振る。私が殿下を嫌うなどと、それはまったくもってありえない。たとえメラニア様と結婚されても、その事実は変わらない。

 殿下は泣きそうな表情のまま、今度は笑みを浮かべた。今まで見たことのない表情だった。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」 「……あぁ、君がアグリア、か」 「それで……、離縁はいつになさいます?」  領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。  両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。  帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。  形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。 ★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます! ※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。

幸せな政略結婚のススメ【本編完結】

ましろ
恋愛
「爵位と外見に群がってくる女になぞ興味は無い」 「え?だって初対面です。爵位と外見以外に貴方様を判断できるものなどございませんよ?」 家柄と顔が良過ぎて群がる女性に辟易していたユリシーズはとうとう父には勝てず、政略結婚させられることになった。 お相手は6歳年下のご令嬢。初対面でいっそのこと嫌われようと牽制したが? スペック高めの拗らせ男とマイペースな令嬢の政略結婚までの道程はいかに? ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ・11/21ヒーローのタグを変更しました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

噂の悪女が妻になりました

はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。 国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。 その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。

処理中です...