81 / 106
サイドストーリー
最後の嘘5
しおりを挟む
夜半の王宮から私と養父であるバルト伯爵に登城命令の急使が遣わされた。その内容に驚愕した私は王宮に馳せ参じ、そして立太子したばかりの殿下の命で拘束された。
我々の企みは白日の元に晒されることになった。ユーファミア嬢の殺害未遂という、最悪の事態を伴って。
メラニア嬢に騙されていたことが発覚した私は、すべてを白状した。何故、という養父からの問いに、愛する人を死地へと送る謀たばかりに手を貸してしまった絶望から、私は素直に答えてしまった。
長くつき続けてきた嘘の果ての、真実の言葉。決して口にすることができず幾重にも頑丈な鍵をかけて閉じ込めた短い想い。口にしてしまえばあまりに呆気なく、簡単にこぼれ落ちたその言葉は、けれど想いを寄せた彼女に直接届くことはなかった。
私と同じく留め置かれていたはずのメラニア嬢が王宮から姿を消したという報を受けて、私は彼女の行動を想像した。底意地は悪いが、謀事はそれほど得意ではない人だ。とはいえ無策で動くほど無能でもない。仕掛けるとすれば何か。その浅い考えは手に取るようにわかる。
王太子妃選定会議でユーファミア嬢に敗れた彼女が、起死回生の一打を狙うとしたら卒業式かその後のパーティ。優秀なユーファミア嬢が表彰されるであろう式よりも、自分がより目立つパーティの方が確実。そしてユーファミア嬢を貶め自分が復権するためのネタはひとつしか思いつかない。誘拐した先でユーファミア嬢の身に起きた痛ましい処遇を公にし、彼女の純潔に疑いを持たせること。
そこまで考えた私は、王宮から自宅に移送された後、実におとなしく振る舞った。今回の事件でショックを受け、反抗したり行動したりする気力も失せた体を装って、周囲の警戒が緩まるよう誘導した。
殿下の密命を受けてつい今ほどまで動いていたと見せかけるために、パーティの場でありながら正装でなく敢えて制服を着込み、絶好のタイミングで乗り込んだその先で。
たったひとつ懸念したのは、殿下が私の思惑に再び乗ってくれるかどうかだった。私は彼をこれ以上ないくらいの不敬で裏切っている。
だが殿下は一拍の後、私の言動に合わせてくれた。
「カイエン、ご苦労だった。本来ならそなたは次席の卒業者として表彰されてしかるべきであったが、体調不良と偽り、影で働いてくれていたことを感謝する」
「……もったいなきお言葉」
自分が殿下の密命を受けて働いていたことが、事実としてさざ波のように周囲へと広がっていく。だが、これですべてがうまくいったと思えるほど敵も私も単純ではない。
「……カイエン様、どういうことですの」
案の定、かつての同志だったメラニア嬢が口を挟んだ。これもまた想定内だ。メラニア嬢は私がユーファミア嬢を好きだと、彼女と添い遂げたいと告げたはずだと捲し立てる。私は即座に否定した。嘘をつくなどお手のものだ。そうやって生きてきた。今更ひとつふたつ増えたところで、これ以上失うものはない。
学院でも一切の隙を見せてこなかった私の、ユーファミア嬢への想いを看破できる者はいないはず。だが念には念を入れる必要があるだろう。私はその実力を見込まれ、未来の国王の片腕となる予定だった人間だ。
まっすぐなカーティス殿下の影で、その清も濁も引き受ける。その覚悟なしで、この人を主君と仰いだわけではない。あの日、養父に連れられてこの人に謁見したそのときから、自分の栄達はこの人とともにあることだと、それだけは真に誓ったのだ。もっと言えば、バルト家に迎え入れられたとき、神職会議の場でバルト伯爵に問いかけられらとき、教区の神父に小細工を仕掛けることを思いついたとき、家から抜け出し教会に入り浸るようになったとき、貧しい官吏の家計に生まれたそのときから、私はこの場所を追い求めていた。
その砂上の城が今、足元から崩れていく。せめて終わりのその瞬間は、自分の手で飾りたい。
「殿下、ユーファミア様。つまらぬ疑いを晴らすために、ここに宣誓させてください」
殿下の許可の言葉を得て、私は軽く目を伏せた。殿下と、今は義理の妹となった彼女がお互いの色をまとって寄り添う姿を、間違っても目に焼き付けぬように――。
「……私がユーファミア様に恋情を抱いていたことは間違ってもありません。ただ、私の心は常に、殿下とユーファミア様に捧げています。私は慣例によりお側を離れますが、お二人の御世が輝かしいものでありますよう、遠くから祈念しております」
これが、あなたに贈る最後の嘘――。
どうか受け取って欲しい。あなたと出会ったこの6年で、私からあなたに何かを贈ることなど許されなかった。ひどい嘘ばかりを重ねて、あなたを傷つけた。だから最後くらいは、あなたの幸せを祈る嘘で飾らせてほしい。
臣下の礼をとる私の胸の内を、走馬灯のように過ぎるものがあった。嘘ばかり重ねる私の傍で、何かに迎合することなく、いつでも凛と真実だけを胸に秘めて、一途にその想いを抱き続けた可憐な姿。決して高いとは言えぬ身分でありながら、その切なる気持ちだけで引き寄せた運命は、身分を得るためにこの身を黒く染めた私には眩しすぎた。
あなたが羨ましかった。あなたたちが羨ましかった。互いに嘘をつく必要すらなく、生まれたままの姿でいられるその関係が、揺るがない絆が。持つだとか、持たざるだとか、そんな次元でない世界にいる2人が、ただ羨ましかったのだ。
我々の企みは白日の元に晒されることになった。ユーファミア嬢の殺害未遂という、最悪の事態を伴って。
メラニア嬢に騙されていたことが発覚した私は、すべてを白状した。何故、という養父からの問いに、愛する人を死地へと送る謀たばかりに手を貸してしまった絶望から、私は素直に答えてしまった。
長くつき続けてきた嘘の果ての、真実の言葉。決して口にすることができず幾重にも頑丈な鍵をかけて閉じ込めた短い想い。口にしてしまえばあまりに呆気なく、簡単にこぼれ落ちたその言葉は、けれど想いを寄せた彼女に直接届くことはなかった。
私と同じく留め置かれていたはずのメラニア嬢が王宮から姿を消したという報を受けて、私は彼女の行動を想像した。底意地は悪いが、謀事はそれほど得意ではない人だ。とはいえ無策で動くほど無能でもない。仕掛けるとすれば何か。その浅い考えは手に取るようにわかる。
王太子妃選定会議でユーファミア嬢に敗れた彼女が、起死回生の一打を狙うとしたら卒業式かその後のパーティ。優秀なユーファミア嬢が表彰されるであろう式よりも、自分がより目立つパーティの方が確実。そしてユーファミア嬢を貶め自分が復権するためのネタはひとつしか思いつかない。誘拐した先でユーファミア嬢の身に起きた痛ましい処遇を公にし、彼女の純潔に疑いを持たせること。
そこまで考えた私は、王宮から自宅に移送された後、実におとなしく振る舞った。今回の事件でショックを受け、反抗したり行動したりする気力も失せた体を装って、周囲の警戒が緩まるよう誘導した。
殿下の密命を受けてつい今ほどまで動いていたと見せかけるために、パーティの場でありながら正装でなく敢えて制服を着込み、絶好のタイミングで乗り込んだその先で。
たったひとつ懸念したのは、殿下が私の思惑に再び乗ってくれるかどうかだった。私は彼をこれ以上ないくらいの不敬で裏切っている。
だが殿下は一拍の後、私の言動に合わせてくれた。
「カイエン、ご苦労だった。本来ならそなたは次席の卒業者として表彰されてしかるべきであったが、体調不良と偽り、影で働いてくれていたことを感謝する」
「……もったいなきお言葉」
自分が殿下の密命を受けて働いていたことが、事実としてさざ波のように周囲へと広がっていく。だが、これですべてがうまくいったと思えるほど敵も私も単純ではない。
「……カイエン様、どういうことですの」
案の定、かつての同志だったメラニア嬢が口を挟んだ。これもまた想定内だ。メラニア嬢は私がユーファミア嬢を好きだと、彼女と添い遂げたいと告げたはずだと捲し立てる。私は即座に否定した。嘘をつくなどお手のものだ。そうやって生きてきた。今更ひとつふたつ増えたところで、これ以上失うものはない。
学院でも一切の隙を見せてこなかった私の、ユーファミア嬢への想いを看破できる者はいないはず。だが念には念を入れる必要があるだろう。私はその実力を見込まれ、未来の国王の片腕となる予定だった人間だ。
まっすぐなカーティス殿下の影で、その清も濁も引き受ける。その覚悟なしで、この人を主君と仰いだわけではない。あの日、養父に連れられてこの人に謁見したそのときから、自分の栄達はこの人とともにあることだと、それだけは真に誓ったのだ。もっと言えば、バルト家に迎え入れられたとき、神職会議の場でバルト伯爵に問いかけられらとき、教区の神父に小細工を仕掛けることを思いついたとき、家から抜け出し教会に入り浸るようになったとき、貧しい官吏の家計に生まれたそのときから、私はこの場所を追い求めていた。
その砂上の城が今、足元から崩れていく。せめて終わりのその瞬間は、自分の手で飾りたい。
「殿下、ユーファミア様。つまらぬ疑いを晴らすために、ここに宣誓させてください」
殿下の許可の言葉を得て、私は軽く目を伏せた。殿下と、今は義理の妹となった彼女がお互いの色をまとって寄り添う姿を、間違っても目に焼き付けぬように――。
「……私がユーファミア様に恋情を抱いていたことは間違ってもありません。ただ、私の心は常に、殿下とユーファミア様に捧げています。私は慣例によりお側を離れますが、お二人の御世が輝かしいものでありますよう、遠くから祈念しております」
これが、あなたに贈る最後の嘘――。
どうか受け取って欲しい。あなたと出会ったこの6年で、私からあなたに何かを贈ることなど許されなかった。ひどい嘘ばかりを重ねて、あなたを傷つけた。だから最後くらいは、あなたの幸せを祈る嘘で飾らせてほしい。
臣下の礼をとる私の胸の内を、走馬灯のように過ぎるものがあった。嘘ばかり重ねる私の傍で、何かに迎合することなく、いつでも凛と真実だけを胸に秘めて、一途にその想いを抱き続けた可憐な姿。決して高いとは言えぬ身分でありながら、その切なる気持ちだけで引き寄せた運命は、身分を得るためにこの身を黒く染めた私には眩しすぎた。
あなたが羨ましかった。あなたたちが羨ましかった。互いに嘘をつく必要すらなく、生まれたままの姿でいられるその関係が、揺るがない絆が。持つだとか、持たざるだとか、そんな次元でない世界にいる2人が、ただ羨ましかったのだ。
8
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
幸せな政略結婚のススメ【本編完結】
ましろ
恋愛
「爵位と外見に群がってくる女になぞ興味は無い」
「え?だって初対面です。爵位と外見以外に貴方様を判断できるものなどございませんよ?」
家柄と顔が良過ぎて群がる女性に辟易していたユリシーズはとうとう父には勝てず、政略結婚させられることになった。
お相手は6歳年下のご令嬢。初対面でいっそのこと嫌われようと牽制したが?
スペック高めの拗らせ男とマイペースな令嬢の政略結婚までの道程はいかに?
✻基本ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
・11/21ヒーローのタグを変更しました。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
噂の悪女が妻になりました
はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。
国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。
その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。
はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」
「……あぁ、君がアグリア、か」
「それで……、離縁はいつになさいます?」
領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。
両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。
帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。
形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。
★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます!
※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる