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サイドストーリー
最後の嘘8
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私の嘘が誠に置き換えられた事象について、何が起きたのかわからぬまま、狐に摘まれたような思いで帰路につくと、義兄夫婦が出迎えてくれた。義兄の横で笑顔を振り撒く義兄嫁の姿を見るに、体調不良は私を神職会議に出席させるための嘘だったとわかった。
「ついて許される嘘っていうのもあるわよね」と微笑む義兄嫁に、神学校の奨学金制度のことを尋ねると、養父バルト伯爵の発案事業を引き継いだのだと言う。
「お義父様の話では、志が高く優秀な子どもたちを育てて、バルト領の発展に尽くしてほしいということらしいわ。神学校だけでなく領都の学校にも進学できるのよ。きっとカイエンさんのような子どもたちを救いたいんだと思うわ」
私の出自についても承知の義兄嫁は、奨学金の新設についてそう説明してくれた。さすがにそれは言い過ぎだろうと返答しておく。
「君の存在が奨学金制度を作るきっかけになったのは本当だよ」
義兄嫁が席を立った後、眼鏡の曇りを拭きながら義兄がそう言った。
「父は君という存在に出会えたことが相当嬉しかったようでね。後継が見つかったと長い手紙を寄越したんだ。私という後継がいるのにどういうことだと、頭が疑問符でいっぱいになったよ」
くつくつと笑いながら、まだ学生時代に受け取ったという手紙の内容を教えてくれた。
「頭の回転が早くて物覚えが抜群にいい。状況に合わせて何が最善かを瞬時に判断できる。何より野心と上昇志向が強い。それを隠し切る能力は今ひとつだが、経験を積めばどうにかなるレベル、非常に将来が期待できる子だ、とね。父が王宮の仕事を継いでくれる人材を探していたことは知っていたし、私にその才がないことも十分にわかっていた。あ、これ、僻みではないからね。私は謀はかりごとには向かないし、興味もないし。私としても君が王宮の面倒なあれやこれやを引き受けてくれれば、領地で愛する妻と子どもたちとのんびり過ごせるから願ったり叶ったりだったんだよ」
後半部分はよく聞かされた話だった。確かにこの義兄の性格は王宮の足の引っ張り合いには向かない。だが前半の話は初耳だった。そもそも褒めているのだろうか。ところどころおかしい文言があった気がする。
義兄は私の疑問など気にすることなく、「そんな面倒ごとを今度は義理の妹が引き継いでくれるわけで。義兄思いの兄弟を持って頼もしい限り……って、話が逸れたな」と磨いた眼鏡をチェックし出した。
「まぁ話は戻るけど、そんな稀有な存在がまさか神職会議で見つかるなんて思いもしないよね。確かに学校の整備も整っていない田舎だと、教会で読み書きを教えることが多いから、そこに子どもたちが集まるわけで、その中に優秀な子がいれば青田買いにぴったりだ。父が急いで奨学金制度を整備して今に至るわけなんだけど、さすがに君を凌ぐ人材はなかなか出てこないね。君、父から“もし願いがひとつ叶うとしたら、何を願うか”って聞かれて、“バルト本家で働きたい、自分は必ず役に立って見せる”ってアピールしたんだって?」
「は!?」
なんだそれは。そんな不遜なこと口にしてはいない。心の中で思っただけだ。
だが義兄の説明に、別れ際の神父の言葉が重なる。
『幼き頃に望んだ通り、今バルト伯爵様の元で立派に勤めていることを、誇りに思う。そなたはただ一途に、その夢を叶えただけだ』
養父となったバルト伯爵は、権謀渦巻く王宮で、国王の次に権力を持つ王妃陛下の、筆頭事務官を務めるお人だ。一文官からスタートしその位置に至るまで、どれだけの荒波を乗り越えてきたか想像に難くない。
そんな百戦錬磨の存在の前で、たかだか十歳の子どもが巡らせた底の浅い嘘が果たして通じるのか。ここに来て私はようやくその事実に思い至る。「野心と上昇志向が強い。それを隠し切る能力は今ひとつ」と、今しがた義兄から聞かされた言葉を反芻しながら。
(あの嘘は、もしや誠になっていたのか?)
それならば自分はあのとき、真実を口にしたことになる。その夢は叶い、今、バルト本家で領政を手伝っている。
それが何かの贖罪になるわけではない。私がついた嘘はほかにもたくさんある。それが元で王宮を揺るがす事件を引き起こしもした。消えない罪を抱えての、自領で蟄居の身だ。
だが、嘘にまみれた身体の一部からぽろりと剥がれ落ちたその鱗は、神父の言葉を借りれば、「希望」と言うらしい。何もかも気づいていた神父と養父が、私の嘘を希望に変換してくれた。
その事実に気づいたとき、今日二度目となる涙が頬を伝った。
(……希望か)
次々と溢れる涙を拭うことも止めることもできず、私は立ち尽くした。真っ黒な自分の身体が涙で洗い流されていくかのようだった。私のついた嘘が、あの人の、あの人たちの希望となるだろうか。どうか幸せになってほしい。それはとっくに自分の希望でもあった。彼らに向けた最後の嘘が、胸の中でふわりと匂い立つ。
眼鏡の調子が悪いとなぜか楽しげに嘯く義兄に、私はごまかしたい気持ちも相まって、いつものごとく決済を必要とする書類を読み上げようと手にとった。バルト本家での私の仕事は、義兄の耳目となり彼を補佐することだ。
沈みかけた夕日が差す執務室で、私は朗々と書類を読み上げる。幼い頃の夢を叶えた自分が、少しだけ誇らしく思えた。
__________________________
カイエンストーリー完結です。別題「嘘から出た誠」
次回はメラニアの話です。
「ついて許される嘘っていうのもあるわよね」と微笑む義兄嫁に、神学校の奨学金制度のことを尋ねると、養父バルト伯爵の発案事業を引き継いだのだと言う。
「お義父様の話では、志が高く優秀な子どもたちを育てて、バルト領の発展に尽くしてほしいということらしいわ。神学校だけでなく領都の学校にも進学できるのよ。きっとカイエンさんのような子どもたちを救いたいんだと思うわ」
私の出自についても承知の義兄嫁は、奨学金の新設についてそう説明してくれた。さすがにそれは言い過ぎだろうと返答しておく。
「君の存在が奨学金制度を作るきっかけになったのは本当だよ」
義兄嫁が席を立った後、眼鏡の曇りを拭きながら義兄がそう言った。
「父は君という存在に出会えたことが相当嬉しかったようでね。後継が見つかったと長い手紙を寄越したんだ。私という後継がいるのにどういうことだと、頭が疑問符でいっぱいになったよ」
くつくつと笑いながら、まだ学生時代に受け取ったという手紙の内容を教えてくれた。
「頭の回転が早くて物覚えが抜群にいい。状況に合わせて何が最善かを瞬時に判断できる。何より野心と上昇志向が強い。それを隠し切る能力は今ひとつだが、経験を積めばどうにかなるレベル、非常に将来が期待できる子だ、とね。父が王宮の仕事を継いでくれる人材を探していたことは知っていたし、私にその才がないことも十分にわかっていた。あ、これ、僻みではないからね。私は謀はかりごとには向かないし、興味もないし。私としても君が王宮の面倒なあれやこれやを引き受けてくれれば、領地で愛する妻と子どもたちとのんびり過ごせるから願ったり叶ったりだったんだよ」
後半部分はよく聞かされた話だった。確かにこの義兄の性格は王宮の足の引っ張り合いには向かない。だが前半の話は初耳だった。そもそも褒めているのだろうか。ところどころおかしい文言があった気がする。
義兄は私の疑問など気にすることなく、「そんな面倒ごとを今度は義理の妹が引き継いでくれるわけで。義兄思いの兄弟を持って頼もしい限り……って、話が逸れたな」と磨いた眼鏡をチェックし出した。
「まぁ話は戻るけど、そんな稀有な存在がまさか神職会議で見つかるなんて思いもしないよね。確かに学校の整備も整っていない田舎だと、教会で読み書きを教えることが多いから、そこに子どもたちが集まるわけで、その中に優秀な子がいれば青田買いにぴったりだ。父が急いで奨学金制度を整備して今に至るわけなんだけど、さすがに君を凌ぐ人材はなかなか出てこないね。君、父から“もし願いがひとつ叶うとしたら、何を願うか”って聞かれて、“バルト本家で働きたい、自分は必ず役に立って見せる”ってアピールしたんだって?」
「は!?」
なんだそれは。そんな不遜なこと口にしてはいない。心の中で思っただけだ。
だが義兄の説明に、別れ際の神父の言葉が重なる。
『幼き頃に望んだ通り、今バルト伯爵様の元で立派に勤めていることを、誇りに思う。そなたはただ一途に、その夢を叶えただけだ』
養父となったバルト伯爵は、権謀渦巻く王宮で、国王の次に権力を持つ王妃陛下の、筆頭事務官を務めるお人だ。一文官からスタートしその位置に至るまで、どれだけの荒波を乗り越えてきたか想像に難くない。
そんな百戦錬磨の存在の前で、たかだか十歳の子どもが巡らせた底の浅い嘘が果たして通じるのか。ここに来て私はようやくその事実に思い至る。「野心と上昇志向が強い。それを隠し切る能力は今ひとつ」と、今しがた義兄から聞かされた言葉を反芻しながら。
(あの嘘は、もしや誠になっていたのか?)
それならば自分はあのとき、真実を口にしたことになる。その夢は叶い、今、バルト本家で領政を手伝っている。
それが何かの贖罪になるわけではない。私がついた嘘はほかにもたくさんある。それが元で王宮を揺るがす事件を引き起こしもした。消えない罪を抱えての、自領で蟄居の身だ。
だが、嘘にまみれた身体の一部からぽろりと剥がれ落ちたその鱗は、神父の言葉を借りれば、「希望」と言うらしい。何もかも気づいていた神父と養父が、私の嘘を希望に変換してくれた。
その事実に気づいたとき、今日二度目となる涙が頬を伝った。
(……希望か)
次々と溢れる涙を拭うことも止めることもできず、私は立ち尽くした。真っ黒な自分の身体が涙で洗い流されていくかのようだった。私のついた嘘が、あの人の、あの人たちの希望となるだろうか。どうか幸せになってほしい。それはとっくに自分の希望でもあった。彼らに向けた最後の嘘が、胸の中でふわりと匂い立つ。
眼鏡の調子が悪いとなぜか楽しげに嘯く義兄に、私はごまかしたい気持ちも相まって、いつものごとく決済を必要とする書類を読み上げようと手にとった。バルト本家での私の仕事は、義兄の耳目となり彼を補佐することだ。
沈みかけた夕日が差す執務室で、私は朗々と書類を読み上げる。幼い頃の夢を叶えた自分が、少しだけ誇らしく思えた。
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カイエンストーリー完結です。別題「嘘から出た誠」
次回はメラニアの話です。
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